タタール人の砂漠 (イタリア叢書)

制作 : Dino Buzzati  脇 功 
  • 松籟社
3.98
  • (22)
  • (7)
  • (14)
  • (3)
  • (1)
本棚登録 : 120
レビュー : 15
  • Amazon.co.jp ・本 (259ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784879841216

作品紹介・あらすじ

「勇気ある作家」ブッツァーティの代表作。「人生」という名の主人公が30年にわたる辺境でのドローゴの生活にいなにひとつ事件らしいものを起こさない……。20世紀幻想文学の古典。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 軍人がじりじりと待ち続ける話、ということで『シルトの岸辺』みたいだなと思って読み始めたけれど、全然別物だった。「シルト」は絵のように鑑賞する作品だったけれど、こちらは他人事にできる話ではなかった。そして自分のこととして読むと、大層怖い。

    誰もが当事者であるような寓話をここまで明確に書くって、ブッツァーティは一体何を思っていたのか。「わかってますわかってます、そんなことわざわざ言わないでください」というのが感想。この本はこれからの人と折り返した人で結構違うのではないか。切実さが。

    一章ずつきっちりと積み上げる無駄のなさが、自分の好みからするとちょっとまとまり過ぎなのだけれど、完成度が高いとも言える。ただ結末については、それまでと違ってずいぶん願望入ってますね、という気がした。

  • 読み始めてすぐに、ああ、これは人生そのものについて描かれた物語なのだ、と思う。

    これまで生きてきた年数より、これから生きる年数の方が確実に短いことがわかっている身にとっては、胸をえぐられるように感じられる作品である。
    きっと、読者の誰もが主人公ドローゴの人生に自分の人生を重ね合わせずにはいられなくなるのではなかろうか。

    変化を待ち望みながらも、変化を恐れ・・・・

    やがて来るべき栄光の時を待って、待って、待ち続ける。
    打ち捨てられたかのような城砦が時折見せる神秘的な佇まいに、未来を約束されたかのように幻惑され、待つ自分を肯定する。
    ここまで待ったのだからと、さらに待つ。
    そうこうするうちに、他の生き方をするには手遅れとなり・・・・・


    待つことに費やされ、何事をも成し得なかった人生には何の意味もないのだろうか。

    いや、まだ最期の闘いが残っている。
    進軍ラッパも、援軍も、約束された栄光も、結果を見届ける人もいない闘いが。
    ここにこそ、持てる勇気のすべてをと、ドローゴは高揚する。

    それもまた、幻影かもしれない、とブッツァーティは囁くのだけれど。

    最後のシーンでのドローゴのほほえみに救われる思いがする。

      Il Deserto dei Tartari by Dino Buzzati

  • 待つことーーー唯一私達に示されるのは「待つこと」だけだ。

    時代背景も、どこにあるのかもはっきりと分からない砦を舞台にドローゴは待ち続ける。
    目前に延々と広がる砂漠の向こうにはタタール人がいる。タタール人の襲来に備えて砦は存在する。
    ただそれは何百年も昔の話。本当にタタール人が存在するのかどうか、誰も知らない。
    それでも待っている。

    人間は傲慢で、自分に終わりがくるなんて本気で思っていない。自分には明るい未来が待っていて、これからだと信じることで生きられる。
    老いや死などまだまだ関係ない、先は長いと。
    待つことで結局人生を棒に振ってしまうなんて考えもせずに。

    特段のドラマも起こらない、ただただ待っているだけの話なのにすごく胸を打たれた。
    ラストは悲痛で、美しい。
    具体的な地名など一切ないのに、強い日差しに焼けた黄色っぽい砦がありありと目に浮かぶ。

    この名著を読む機会をくれた本から引用を。

    「全人類はただ存在することによって、延々と待ちぼうけを食らわせる主人公の役を演じている。」

  • イタリア文学の名作のひとつとされる小説。
    ※ネタばれを含む。

     19世紀頃と思われる時代、イタリア国とも明示されず、具体的な地名も国名も示されない。幻想的な趣の漂う作品である。
     なんとも哀しく、救われない物語である。だがしかし、すぎゆく時の流れの早さ、その歳月のなかで人は多くのことは成しえずに老いてゆくのが常であること、その虚しき常を伝える物語である。中年以上の男なら、この作品の描くわびしさを感じとれることと思う。
     
     以下、作品の概略。

     青年将校ジョバンニ・ドローゴは、士官学校を卒業し最初の任地に赴く。配属されたのは、北辺の国境にある古い砦を守備する部隊であった。世間からも司令部からも忘れ去られたような砦の任務。ただ国境の異変に備えて警備のシフトを繰り返すだけの単調で無為な日々。そんな日々、月を重ね、やがて、年月が砂のように流れ去ってゆく。青年時代の貴重な黄金時代を、流刑地のような砦の勤務で空費してゆくドローゴと将兵達。
     
     目的を喪失したかのような無為な人生を送る将兵達は誰もが共通の想念を抱く。国境の向こう側に広がる北の砂漠から、かつてタタール人の大軍勢が押し寄せたという言い伝えを手掛かりに、いつしか隣国の“北の王国”の軍勢が侵攻してくるに違い無い…という幻想である。その幻想はまた、虚しく砦で長い歳月を費やす将兵達の期待でもあった。“忘れ去られ虚しい人生を送る自分たちにもいつしか華々しい戦闘と、国境を守り国難を退ける栄光の機会が訪れるはずだ…。”という願いである。
     
     虚しい歳月が流れ去り、かつて青年だったジョバンニは老境にさしかかり、砦で病に身を横たえる。
     そしてある日、20年以上にわたって待ち続けた異国の大軍勢が、国境の砂漠の向こうに姿を現す。青春時代と人生の大半を費やしてドローゴが待ち続けてきた栄光の瞬間の到来。しかし、ドローゴは病故に邪魔者扱いされ、意に反して砦から後方に搬送される。
     
     ドローゴは、砦から遠ざかる街道で、都会の司令部から続々と移動してくる若々しい将兵達の姿と向き合う。栄光の戦闘、昇進の機会が他所から来た若き将兵達に横取りされてしまうのだ。
     ドローゴは搬送途中の旅籠屋で失意のうちに人生を終える。
     哀しすぎる物語である。      

  • 表現するのが難しいけど、砂の色と雪の色で書かれたような小説。
    おそらく現段階で今年のベスト。

  • 歴史的に戦闘があったことのない国境の砦の物語。語り継がれる”タタール人の襲撃”に備えて、無為に過ごす兵隊。空しく年齢を重ねることに恐怖を抱き、”タタール人の襲撃”を夢見るように待ち続ける。しかし国境の砂漠には何も起きない。ただひたすら待つだけのこの不条理劇が、それこそ条理だと説き伏せる力に、舌を巻いた。

  • まぐれ/ブラックスワン の著者、経済学者にして読書家ナシーム・ニコラス・タレブからのリファレンス。1940年のイタリア文学 本日本語版は1992年の初版。

    辺境の砦に配属されたジョバンニ・ドローゴ中尉という主人公の目を通じて、組織の文化に染まり、いつか個性や独自性を埋没させていくという甘美な堕落が非常に上手く描かれている。思わず、音の無い窒息に鳥肌すら立つこともあった。

    そういう押し付けがましい訳でもないが、ただただ残酷な運命に翻弄される主人公から、目が離せないのは、誰のなかにも居るドローゴとの葛藤だったのではないかと思います。テーマも内容も凄いマスターピースといえるでしょう。

  • 無常にも連連と粛粛と過ぎて行く時間。
    希望と失望の狭間で人生を送る青年将校の生涯を描いた幻想作品。

    主人公ジョヴァンニ・ドローゴは士官学校を出た後に
    ある砦への赴任を命ぜられる。

    期待と希望とを胸に秘めて出向いたものの、
    そこは、両側を谷間で挟まれ、前方には荒涼とした砂漠のみが展開し、
    町からは程遠く、戦では無用な、ある国境の要塞だった。

    失望から転任を企てるが空しくも報われず、
    その後、淡く微かな戦へのときめきと昇進への期待を抱きながら
    砦での生活を淡々と行っていく。

    そしてこれは我々の人生を描いた物語です。

    人生の主人公である自分は、
    何かしらの良い役回りを授かれることを、
    僅かばかりの名声や名誉に与れることを、
    未来が今日より進歩してることを、
    豊かな人生が待っていることを期待し、
    しかし、その期待と現実とのギャップに失望し、苦悩し、
    そして意欲と妥協との狭間を行きつ戻りつして生きている。

    その間に明日はあっという間に後ろに過ぎ去っていく。

    本著は、劇的な話ではありません。
    しかし、このような静穏な物語だからこそ、
    人生の儚さや侘しさを表現し得たのだと思います。
    とても良い物語です。

  • 味気ない士官学校の日々を終え、将校に任官したドローゴは、最初の任地、バスティアーニ砦に赴くことになった。

    誇らしい気分を胸に抱いて、颯爽と馬に跨り、若いドローゴは故郷をあとにする。

    バスティアーニ砦とは、その向こうに広がる北の砂漠からタタール人が責めて来ないかという監視と責めてきた場合の最初の攻防戦を交える場所である。

    しかし、タタール人が襲撃してくることなどなく、漠々とした景色を砦から眺める警備軍務のみをこなす平和な毎日がただ過ぎてゆく。

    ドローゴは、休暇に故郷に幾度か戻るが、町は変わり、母も亡くなり、友も新しい家族を増やし変わっていく。
    着任早々、任地転務を申し出たドローゴだったが、短期間の軍務で砦を去っていく軍人たちを多数見送り、いつしかこの辺境の砦を我が棲家のように思うようになるのだった。

    いつか、そう、いつか、タタール人が北から攻めてきた時には、ドローゴは軍旗をはためかせ、一番に敵陣に斬りこむ覚悟はできている。
    タタール人の襲来は幻想なのか。

    ドローゴは、三十余年にわたる砦勤務を続けていた。

    何度も何度も目を凝らした砂漠の彼方にタタール人が見えたような気がしたが、それは間違いで、自分の大切な人生の時、ただ、待つ という時間が虚しく過ぎていく。

    しかし、ついに、そのときがきた。タタール軍勢が、北から攻め入ってきたのだ。

    だが、今や年老いたドローゴは、肝臓の病に冒され、待ちに待った戦闘の時に、無用の将軍として砦を去り、旅籠で死を迎える。

    本書は、ディーノ・ブッツァーティの代表作とされている作品。

    いつかくるかもしれない襲来を一生をかけて、待ち続けるドローゴの期待と焦燥が、作品から湧き出すように溢れ、結末に極まる崇高な孤独感に読者はなすすべを失う。

    軍人として、男として、戦で華々しく命を散らす。それが軍務に就いた人間の本望なのかもしれないが、
    ドローゴのような軍人が砂漠のど真ん中の辺境の砦で、生きた人生をわたしたちは考えたことがあったのだろうか。

    本書の自国イタリアでの初版は1940年。イタリアは戦火に突入したこともあり、あまり脚光を浴びることはなかったようだ。
    しかし、フランスやドイツなどでブッツァーティ作品は、高い評価を得て、今では本国イタリアでも20世紀を代表する作家と見なされている。

    『タタール人の砂漠』は、映画化もされているらしいが、私は見る機会に恵まれていない。

    ブッツァーティの描く不条理は、ひとりの人間が貫く哲学とそれに覆い被さる孤独と虚しさを、迎合させることなのかもしれません。

  • [ 内容 ]
    「勇気ある作家」ブッツァーティの代表作。
    「人生」という名の主人公が30年にわたる辺境でのドローゴの生活にいなにひとつ事件らしいものを起こさない……。
    20世紀幻想文学の古典。

    [ 目次 ]


    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

全15件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1906年、北イタリアの小都市ベッルーノに生まれる。ミラノ大学卒業後、大手新聞社「コッリエーレ・デッラ・セーラ」に勤め、記者・編集者として活躍するかたわら小説や戯曲を書き、生の不条理な状況や現実世界の背後に潜む神秘や謎を幻想的・寓意的な手法で表現した。現代イタリア文学を代表する作家の一人であると同時に、画才にも恵まれ、絵画作品も数多く残している。長篇『タタール人の砂漠』、『ある愛』、短篇集『七人の使者』、『六十物語』などの小説作品のほか、絵とテクストから成る作品として、『シチリアを征服したクマ王国の物語』、『劇画詩』、『モレル谷の奇蹟』がある。1972年、ミラノで亡くなる。

「2017年 『魔法にかかった男』 で使われていた紹介文から引用しています。」

タタール人の砂漠 (イタリア叢書)のその他の作品

タタール人の砂漠 (岩波文庫) 文庫 タタール人の砂漠 (岩波文庫) ディーノ・ブッツァーティ

ディーノ・ブッツァーティの作品

ツイートする