- Amazon.co.jp ・本 (92ページ)
- / ISBN・EAN: 9784879842039
作品紹介・あらすじ
『僕の命を救ってくれなかった友へ』で著名なギベールの、エイズによる死の直前までの壮絶なまでの闘病(=闘・病院)日記。「闇の中で書けるか?最後まで書けるか?」
感想・レビュー・書評
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他の人が本著についてこう書き出している。
【エルヴェ・ギベールについてはどう語ればいいのかわからない、いつもそう思っている。】
この一文を見たときに私はながらくこの人の著書について自分が書き記すことがなかった理由をようやく理解した気がした。
同じように感じてる人がいるのだなっと思ったのだ。
ギベールは私にとって好きな作家として間違いなく名前が上がる存在だ。
しかし、その理由を説明することが非常に難しい作家でもあるのだ。
なんにつけても話題性の高い人だ。
ここではあえて書かないが、ちょっと考えただけでもわんさかと彼にまつわる言葉はあげられる。
そういった諸情報がこの人について語ることを難しくさせているのだと思う。
そして私はこの人のことをどういう作家かという面であまり見たことがないのだ。
ギベールとは沈んでいた学生時代に強烈なセクシャリティーにより私を圧倒した存在だった。
トラウマと表現してもさしつかえのない性表現と厭世的な諧謔。
くだらん、と言わんばかりに私の後頭部をぶん殴ってきたのだ。
言うなればそのときの後遺症で未だ直視ができず、私はこの人を表現することができずにいるのかもしれない。
ただ、断言できるのは、ミシマを敬愛してやまず、その良さを説明するのに原稿用紙何十枚と書き連ねる自信がある私だが、ギベールはそのミシマと唯一好きさで甲乙がつけられない作家だと思っている。
そうなのだ、表現するとしたらそんな遠回しになってしまうが、特別な存在なのだ。
本著はそのギベールの作品の中でも私が一番好きな作品だ。
いや、好きと言うのには語弊があるかもしれない。
もっともギベールがどういう人であったかということがわかる本だ。
この本の代表的な一節はこれだ。
【遺言、一刻も早い火葬。火葬の際には宗教的な儀式も、友人家族の寄り合いも、音楽も一切なし。灰は朝一番のゴミに出すべし。】
本作はエイズの末期に入れられた病院での彼の日々、いわば日記のようなものなのだ。
克明に日々を綴っているのではなく、ぽつぽつと日を空けたり空けなかったりとして言葉が綴られている。
正直、読むに絶えないような悲惨な環境での日々であり、死を己の現実として見つめるギベールの言葉は重い。
しかし、そうした究極めいたところというのはギベールらしいと言えばとてもらしい。
あきらめとも、受入とも付かない冷静さと思わず漏れる嘆きにも近い言葉たち。
【僕は今日、自分が死ぬのはおそらくここだという部屋にお目にかかった。まだ好きになれない。】
【病院、それは地獄だ。】
【ダラダラと過ぎる午後。 夜よ来い、忘れたい。】
最後の著作だ。
彼は恐怖かもしくは痛みか故にこの後自ら命を絶っている。
遺言ではないが、彼は本著でこう最期に記している。
【闇の中で書けるか?
最期まで書けるか?
死の恐怖を味わうより前にかたをつけようか?】
作家にとって書くことは宿命的な行為であり、それを手放すことはけしてできないものだ。
失明を前にして、死を前にしてのギベールをこう最期に呟いている。
私などはこの人に思い入れが深いだけに
この言葉は特別に重さをもつ。
しかし、どうだろうたしかに悲しい一冊だが彼の死をこうして彼の言葉を通して私も見つめられるのは、ある種甘美でもあるのだ。
そう考えると彼はたしかに書いた作家だったのだ。
己のうちと外を繋がる人間を、攻撃的に、そしてときには優しく。
でも、物足りないとも思う。もっと彼の言葉が私は欲しかったのだ。
【この生涯、十分本を読んだかな、十分書いただろうか?】
もっと評価されるべき作家だとは思わない。
本著も正直、人に勧めるような著作ではないし、勧めることはしない。
でも、私にとって生涯手放す事のできない、おそらく何度となく読み返す特別な一冊なのだと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
エルヴェ・ギベールについてはどう語ればいいのかわからない、いつもそう思っている。好きだけれど人にはオススメできない本、人には薦めずに自分のものにしておきたい本、とかあるけれど、エルヴェ・ギベールは人に薦めるべき本だと思っている。ただ、なんといえばいいのかわからない。一度、二十分くらいかけてギベールの代表作「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」の紹介というのをしたことがあるのだけれど、怖い本だ、と思われてしまった。それは違うのだけれど、どう説明していいのかわからない。本作はエイズに感染したギベールが、感染症治療のために入院していた日々をつづった日記の形式を取っている。ホモセクシュアリティを持つギベール、成功したスマートな作家であるギベール、アイドルスターもかくやという容姿の美青年であるギベール、そしてミシェル・フーコーの友人であるギベール。ギベールは赤裸々に私生活を作品にあらわしていて、それを聞くといくらか俗っぽい感じがする。けれど彼の書くものからすれば彼の思考はこの上もなく透き通って見える。この本の中でギベールが書いている一文は、その思考を言葉にしなければ生きていけない人間の悲哀が滲んでいて、私の座右の銘でもある。「この人生、僕は十分書いたかな、僕は十分読んだかな?」
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全体的に冷めた滑稽感が漂う。<i>ここでいやというほど聞かされるのは「よく召し上がれ」「よき一日を」「よき週末を」「よくお休み」「よきバカンスを」だが、「よき臨終を」というのは聞いたことがない。</i>この著作の完成の二ヵ月後、彼は自殺を図り、年内に亡くなっている。