消えるヒッチハイカ-: 都市の想像力のアメリカ

  • 新宿書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (325ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784880081168

作品紹介・あらすじ

『消えるヒッチハイカー』は、現代のアメリカ社会で、広く語られ、流布されているさまざまな話について書かれたものだ。多くの人はこれらの話を「実際にあったこと」として聞いている。だが、専門の研究者以外は、まずこれらをわたしたちの同時代のフォークロアの代表的なものであるとみなすことはない。民俗学者-つまりこうしたフォークロアの収集や分析についての専門家は、消えるヒッチハイカーの話や、ねずみのフライの話、おばあさんの遺体がなくなる話など、これら誰もがいかにもありそうだと思える話を「都市で信じられる話」、あるいはより簡潔に「都市伝説」と呼んでいる。

感想・レビュー・書評

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  • 現代アメリカの民俗学者ジャン・ハロルド・ブルンヴァン(1933-)は、アメリカの都市生活者のあいだで広く流布している真偽不明の口述伝承(oral traditions)を多数収録した一連の著作を通して、「都市伝説」(urban legends)の概念を普及させたことで知られる。本書の原著は1981年。ある歴史上の共同体において、そこで正統とされる政治権力や有力な宗教権力が作成した公的文書だけからは浮かび上がってこない、その時代その地域の一般民衆が営む生活の実相を、民衆自身によって口述伝承された物語の中に探ろうとする民俗学(folklore studies)にとって、「都市伝説」は現代の都市生活者の実相を解明する上で非常に興味深い資料となるだろう。さらに最近では、匿名掲示板の書込み、SNSに投稿される「つぶやき」、画像、動画なども、同様の価値をもつ資料となるに違いない。

    本書で紹介されている「都市伝説」は、恐怖譚(殺人鬼、狂人、幽霊などがいつの間にか自分のすぐ近くに迫ってくる)、グロテスク譚(虫、害獣、爬虫類などのナマモノやその死骸、汚穢が不気味かつ不衛生で不快感を惹き起こす)、さらに艶笑譚、裸体譚、滑稽譚、ナンセンス譚など、多岐にわたる。話の中には、自動車、通信技術、家電、ファッションなど、現代的なアイコンが登場しており、物語にリアリティを与えている。こうした事例を拾い読みするだけでも、本書は十分に楽しめる(「裸にヘルメット」(p203)の話は、滑稽味のあるショートショートとしても面白い)。

    そもそも人間の文化は、自らを文化として外的自然に対して自律化し秩序化するべく、非文化的なものとしての自然や無秩序を、文化自身の外部に排除したり或いは文化自身の内部に囲い込んだりすることを企てる。そのようにして文化が自らの無意識の下に抑圧した非文化的なものが、「都市伝説」を通して、死、グロテスク、性的なもの、身体性、ナンセンスなどの表象を与えられて、突如として日常の意識に闖入してくる。外に隔離されているべきものが内に侵入し、内に閉じ込められているべきものが外へ漏れ出てしまう。つまり、「都市伝説」によって、文化はその領域の内外から不安定化させられる(しかし、こうした不安定化の危機を通して当の文化のアイデンティティが強化されることを思えば、この不安定化の作用それ自体が文化に内属するものであるともいえる)。

    こうして「都市伝説」は、人びとが日常生活において目を背けている自らの内なる動物的な欲望や悪意を、露呈させてしまう。しかも、口述伝承という形式をとることで、そうした欲望や悪意が、あたかも自分の外部にある他人事であるかのように自分自身を欺くことができてしまう。迷信に関するフロイトの以下の記述は、「都市伝説」という現象についても示唆を与えてくれるような気がする。

    「かつてあった敬虔で迷信めいた数々の習慣は、不信心になった理性が目くじらを立てるゆえ、意識の光におびえ人目を忍ばざるをえない。私たちが、ふとしてしまう各種の失錯行為は、こういった迷信じみた習慣に、それが執り行なわれる機会を与えている」(フロイト『日常生活の精神病理』岩波文庫p307)。

    「迷信は、その大部分が不吉なことの予期である。他人に何か悪いことが起こるのを願いながら、善への教育の結果として、このような願望を無意識の中へと抑圧してしまった人は、そのような無意識の内にある悪に対する処罰を、外から自分に迫ってくる不幸としてつい予期することになるのである」(同上p448)。

    ところで、「都市伝説」に関して最も興味を惹くのは、「そもそもそれは実話なのか。実話だとすると、どこで誰がそれを経験したのか。実話でないとするならば、どこで誰がそれを言い始めたのか」という実在性と起源についての問いであろう。しかし「都市伝説」は、これらの問いに対して、決して明示的な回答を返さない。「私の義理の姉の友人の同僚のご近所さんの得意先の……」といった具合に、それは決して実在する人称とは結びつかない。旧来の民話がその実在性や起源を時空の彼方に抹消してしまったように、「都市伝説」は都市の匿名性のうちにそれらの問いを曖昧化させてしまう。こうして「都市伝説」は、その真偽や出所を確かめようとしても、常にその追及の手を逃れてしまう(p242「ヘビがいたんだ、ほら……」、p250「安上がりな車についての特ダネは、しぼんでしまいました」)。「都市伝説」とは、科学的な手法だけでは捕捉しきれない、人間の非合理的な側面に関わる実に奇妙な現象であると思う。

    □ 「レッドヴェルヴェット・ケーキ」

    本書に収録されているさまざまな「都市伝説」の中で、「レッドヴェルヴェット・ケーキ」の話は妙な存在感を醸す出色の面白さがある。

    ①ある女性が、ニューヨークのウォルドーフ・アストリア・ホテル(実在する有名高級ホテル)で「レッドヴェルヴェット・ケーキ」を食べた。②後日、そのケーキを考案したシェフの名前とそのレシピを教えてほしい、とホテルへ手紙を出した。③その返事として、ケーキのレシピと高額の請求書が女性のもとへ送られてきた。④そのシェフへの復讐として、女性はケーキのレシピを複製して不特定多数に配ることにした。⑤当のレシピがこの物語とともに出回っており、レシピ通りに作られたケーキは実際に美味しいらしい。

    この「都市伝説」の面白さは⑤にある。まず、当該ホテルは、この話はまったくのデタラメでありそもそも「レッドヴェルヴェット・ケーキ」なるものを提供したことすらない、と主張している。則ち、この話はフィクションであるということになる。しかし、当のレシピは現にこうして存在して、いまなお拡散されてケーキが作られ続けており、しかもそれは美味しいと評判になっている。つまり、このレシピは、虚構と現実との両方にまたがっている。一方の端はレシピの実在性を曖昧化する靄の中にあり、他方の端はレシピの実在性を身体感覚の上に直接訴えかけてくる。レシピのこのような捉えどころのなさ、そのアイデンティティの二重性が、何とも面白い。

    ブルンヴァンも言及しているいくつかの点に関して。第一。この「都市伝説」に実在のホテルが便乗しようとすることに対しては、これはもうただただ興醒めとしか言いようがない。がしかし、人はここで何に興醒めしているのだろうか。第二。無数に出回っている「レッドヴェルヴェット・ケーキ」のヴァリアントおよびそのレシピを完全に収蔵した博物館なるものがあったとして、そこに収められているのはいったい何物であるといえるのか。



    たとえば実際には存在しない秘密結社を、仮想空間内の遣り取りや噂話の中だけで、存在していることにしてしまう。ナンセンスを、仮想空間内の遣り取りの中でのみ、存在させてしまう。それは、仮想空間をカンヴァスとする、芸術作品、パフォーマンスアートのようなものだ。

    クトゥルフ神話はを考えてみれば、それはもちろん完全なる虚構であると作者ラヴクラフトも読者も了解済みのものではあるが、その虚構世界はラヴクラフトの後継者による続編や読者による二次創作などによって、いまも拡大増殖を続けている。ところが「都市伝説」に関しては、ひょっとしたらそれが実話ではないかと思っている人たちによって、日々再生産されているのかもしれない。そう思うとなおさら滑稽味を帯びてきて面白い。

  • アメリカでの都市伝説の…広がり方?パターンを説明している、本?
    ゴメン、都市伝説に興味あってもぶっちゃけ門外漢だから専門的にどうだー…って話はわからんです。
    でもそういう自分でも各種の話を面白く読めました。

    都市伝説はその時代を映し出し、時代の変化への恐れ(無知とか不理解とか)が生み、生まれた当初から内容を変化する宿命を負っているんだなー…て。
    本書に集められている内容って、やぱし今の時代からすると古いなぁって感じずにはいられないモノばかりだもん。
    もちろん、古いと感じたそうした話も、形を変えて今の世のどこかに伝わっているんだろうなー。

  • 2017年5月14日

    <THE VANISHING HITCHHIKER: American Urban Legends and Their Meanings>
      
    造本者/中垣信夫

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