学校の先生には視えないこと

著者 :
  • ジャパンマシニスト社
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本棚登録 : 13
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (231ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784880491196

作品紹介・あらすじ

アシスタント・イングリッシュ・ティーチャー/図書館司書/養護教員/栄養職員/現業職員/事務職員/在日コリアン講師/スクールソーシャルワーカー…。14人の人々が語る、こども、学校、教育。そこから視えてくるものは……。

感想・レビュー・書評

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  • 最近は、藤井誠二さん縛りで、読んでいます。ノンフィクションが好きだと思えてきたんです。第二章の教師たちの「想像力」がやはり目を引いた。高校時代まで通名で隠し通していた在日コリアンの先生が、教育実習で本名を名乗り、差別についての授業をする。ベタですが、痺れました。まだまだ本名を名乗れず、隠してある在日コリアンもいるんだね。

    「寝た子を起こすなという発想は、自分が逃げるその口実にしかすぎない。」

    「生徒も『差別はいけない』とか言うだけで、自分の生き方としてどうなのかというと何も変わらない。」

    用務員さんのお話も、第一章も大変素晴らしかった。子供は座って先生を待っている上に、先生が来たら立たなくてはならない。そんなのおかしいとアメリカ人の先生は言う。あの場では、立場は同じはずだ、と。

    2016.10.21.

  • (メモ:高等部2年のときに読了。)

  • ページ数の関係で裏付けの無い意見だけだったので読むのを中止。
    でも中で在日朝鮮人の人が理解ない先生たちを批判していたけどそれって特殊なケースだから最初から適切な対応してくれないの当然じゃないかな?
    一度談判しないと‥
    でも“授業で在日問題についての話があったとき私はバレないかと背筋の凍る思いだった”“ずっとずっと日本人として生きてきたのに外国人登録をさせられたり選挙権がなかったり‥”

  • 学校にいるのは「先生」と「生徒」。
    だけじゃなくて、実は「先生」じゃない大人もいる。
    先生とも生徒ともちょっと違う立場だから見えてくることがある。
    教員や親は読んでおくべし。ついでに生徒も読むといい。

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プロフィール

1965 年生まれ。ノンフィクションライター。愛知淑徳大学講師として「ノンフィクション論」等を担当。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめる。
「光市母子殺人事件」「少年A被害者遺族の慟哭」「人を殺してみたかった」など著書は50 冊以上。

藤井誠二の作品

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