ポルトガルの海―フェルナンド・ペソア詩選 (ポルトガル文学叢書 (2))

制作 : Fernando Pessoa  池上 ミネ夫 
  • 彩流社
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レビュー : 25
  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784882024354

作品紹介・あらすじ

「ピカソ、ジョイスら芸術家の特徴が同時代の詩人に凝縮されている」とR・ヤーコブソンによって激賞されたポルトガルの生んだ代表的詩人ペソアの65篇の詩を編む。現代人の「無力」をその根源まで見抜き、詩に定着させた作品。

感想・レビュー・書評

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  • 詩歌

  • 初めてのフェルナンドペソア。

    時に朝日のような光を放つ詩がある一方、
    真っ暗な闇を直視する詩もここにはある。

    「ぼくの感性は」「愛こそ」「事物の驚嘆すべき」
    「わたしが死んでから」「偉大であるためには」
    「直線の詩」・・・。


    闇と光とそれらの間での迷いの間に詩人は立つ。

  • フェルナンド・ペソア(1888-1935年)はポルトガルの詩人・作家。ポルトガルに旅行に行ったときに知りました。リスボンの老舗カフェ前に銅像があったり、お店の壁にペソアの詩が書いてあったりと、ポルトガルではかなり有名な詩人のようです。

    フェルナンド・ペソアは本名の他に3つの異名を使い分けて詩を書いていたそうです。自然を愛する アルベルト・カエイロ、異教的・古典的なリカルド・レイス、ホイットマン流の大胆な詩を書いたアルヴェロ・デ・カンポス。

    花や水、石や木などがよく出てくるので、美しい自然を描写しているのかと期待して読み進めていくのですが、どこまで行っても花は花でしかなく、石は石でしかなく、木もただの木でしかない。ペソアの描く花には名前も香りもありません。

    その場の情景を思い浮かべられるような美しい詩というより、人間の視点に焦点が当たっていて哲学的な要素を感じました。本書ではペソア、とペソアが作り出した他3人の作品を比べながら読むことができるのでおもしろかったです。

  • この夏のミント色①

  • 『母さんがこわれた夏』P14 ポルトガルの有名な詩人 父さんのお気に入りは、『不安の書』

  • フェルナンド・ペソアの詩選集。詩って日本人の書いたものですら、なかなか素直に面白いと思えない。詩という文章形式を理解できるだけのバックグラウンドを持ち合わせていないのだ。それでもまれにそんな障壁を軽々と飛び越えて、何かを伝えてくる詩人がいる。ペソアもまさにその一人。日本ではそれほど有名ではないペソアという詩人にたどり着くまでのルートは、大抵の人がタブッキ経由だと思う。このタブッキというイタリア人の作家は、ペソア研究家という大学教授の顔を持っていて作品にもたびたびペソアという名前を出している。タブッキの流れるように繊細な文章が描き出すリスボンはとても魅力的で、一文一文にいちいちまいってしまう程。そんな文章の書き手であるタブッキが魅了される詩人、どうしたって興味をひかれてしまう。そんなふうにしてペソアを手に取る人が多いのではないだろうか。私にいたっては、タブッキの描き出すあまりに魅力的なリスボンに惹かれて、ついにポルトガル旅行を決めてしまった。それで、この機会にペソアを読むことにしたのだけれど、すっかりペソアに魅了されてしまった。

     ペソアの書く詩は、どことなく宮沢賢治の書く詩に似ている。こう書くと誤解をまねくかもしれない。ペソアが書いているのは、常に自分の心であって魂なのだから、宮沢賢治みたいに対象そのものに入れ込んでしまうようなところはない。石はどこまで行っても石であり、森や木や川、自然はどこまで行っても単なる石であり、単なる森、単なる木、単なる川である。華美な修飾語を排したシンプルな語彙の中で驚くほどしっかりと"なにものか"を伝えてくる。私なら百万言を費やしても伝えられそうにない感情を。時にまっすぐに、時には情緒的に。一見、全然違うスタイルの二人の間に似たものを感じてしまうのは、二人が持つ揺れの大きさに重なるところがあるからだろう。宮沢賢治は自然を愛し、動物を擬人化した物語も多く残している。その一方で科学技術にも大いに希望を見出していた。「紺いろした山地の稜をも砕け 銀河をつかって発電所もつくれ」そんな詩を残している。人類の幸福を願いながら、銀河鉄道の夜のようにどこか物悲しい物語を書いてしまう様子からは、生きることへの不安が垣間見える。そういう様々な揺れを飲み込みながら吐き出される宮沢賢治の言葉が私は好きだ。

     ペソアは宮沢賢治とは少し違う揺れの見せ方をする。彼は複数の人格を持った異名を使い分けながら詩を書いた。様々な揺らぎを見せる自分の心に別名を付けて、ペソアという共同体を持つ別人を仕立て上げてしまったのだ。自然を愛すアルベルト・カエイロ、機械技師のアルヴァロ・デ・カンポス、神への信仰を謳う異教徒リカルド・レイス。その他にも大勢の異名を作り上げたペソアは、確信的に揺らぎ続ける。
    「魂は僕を探し索める
    しかし僕はあてもなく彷徨う
    ああ 僕は願う
    魂が探しあてることのないことを」
    他の異名たちが確信ある言葉を紡ぎつつも、ペソア自身の名前で吐き出される言葉には、どこかアイデンティティの不在を感じさせる。それは周り回って他の異名たちが吐き出す言葉にも影響を与えているように思える。自然も信仰もそれを語る言葉が、自分を探し、作り上げるための言葉に思えてくる。自分という固定概念に縛られず、揺らぎ続けることで新しい可能性と新しい言葉を紡ぎ続けたペソアの詩は、書き手が揺らぎ続けるからこそ、揺らぎ続ける読み手にまっすぐに届いていく。シンプルな言葉をまっすぐに投げかける、ただそれだけで。

  • 私は無価値(リヤン)だ

  • 吉田修一「7月24日通り」の中で登場した詩集。
    少し気にかかったので早速図書館で借りてみた。

    普段詩集などは読まないので読み方とかペースとかはあまりよく分からず。。。

    読んでいると、「自分」とか「存在」とか「世界」とか「心」とかそういう哲学的なものに思いを馳せたくなる。
    よくはわからないけれどこのペソアは結局あるがままにいることの大変さとか、結局自分の内にはなにもないのではないかという虚無感とか少しくらい感じがくるかも。

    そして吉田さんの作品中にあった引用文は見付かりませんでした;;版が違ったのかなぁ。。。

  • 普段、あまり手にとることがない「詩集」という分野。
    手元にあるのも「ルバイヤート」という、中世ペルシャの四行詩集くらいだったりします。

    文章に対しての多少のとっつきにくさを感じても、ストーリーが好みであれば気にしない小説とは異なり、
    文体から感性から何もかもが真っ直ぐに合致しないとどうにものめり込めない、ってのもあるかもしれません。

    そんな中、何故か書店を探し回り、結局はamazonで注文してしまったのが、こちら。

    きっかけは「7月24日通り」という小説で紹介されていた次のフレーズ。

     - わたしたちはどんなことでも想像できる、なにも知らないことについては。

    逆説的にも感じましたがなんとなく共感してしまい、興味を持ちました。
    で、実際にその「言葉」を追っていったのですが、なかなかにシンクロできるフレーズも多く。

     - ぼくは思考から逃れられない 風が大気から逃れられないように
     - 感じること? 読む人が感じればそれでいいのだ
     - 意味があるのは学ぶことだ

    久々にスルっと入ってくるような、言の葉の繁り様でした。
    ちなみに複数の作者による詩集となっていますが、その実体は全てがペソア氏に帰結します。

    そんな彼らはペソア氏本人の「異名者」との位置付けとのことですが、、確かに色合いは異なっているような。
    個人的には「フェルナンド・ペソア」の名で綴られたものが一番しっくりときましたけども。

    余談ですが、「7月24日通り」は「7月24日通りのクリスマス」との題名で映画化もされているようです。
    主演が大沢たかおさんとのことでちょっと興味があったりも、、DVDを借りてみようかな(買うと怒られるので)。

    ちなみにその小説の方は特に目新しいものでもなく、主人公が自己の殻を突き破るまでのお話でした、ありがちですね。
    ただ、リスボンというヴェールを被せた事で、ほのかにやさしい異国情緒に包まれている、そんな感じでした。

    リスボンを知らないが故に、遠く蒼み渡る空と輝かしい白亜の壁、そして柔らかな南風に包まれる、そんな一冊。

  • 本人も言っていたと思うけど、詩人っぽくない。
    感覚的というより、哲学的。

    一度見てもなんとも思わない言葉だが、ふとした時に激しくその意味を理解する、という性質の詩だろう。

    これに限らず海外文学全てに当てはまることだが、母国語のポルトガル語で読むと、もっと好さがわかるんだろうな。

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著者プロフィール

Fernando António Nogueira de Seabra Pessoa 1888年ポルトガルのリスボンに生まれる。1935年リスボンで没。幼少期を南アフリカのダーバンで過ごし、英語による教育をうける。リスボン大学中退。詩誌「オルフェウ」を創刊するなど、当時の前衛芸術運動の中心として活躍するが、生前はほとんど無名であった。死後、トランク一杯の草稿が発見され、脚光を浴びる。生前刊行された詩集『メンサージェン』(1934年)にくわえ、現在では作品集が多数刊行されている。訳書に『新編 不穏の書、断章 平凡社ライブラリー』(フェルナンド・ペソア、著、澤田直訳、2013年(思潮社版を大幅に増補改訂))、『ペソア詩集 海外詩文庫 16』(ペソア著、澤田 直編訳、思潮社、2008年)、『不安の書』(高橋都彦訳、新思索社、2007年)、『不穏の書,断章』(澤田直編訳、思潮社、2000年)、『ペソアと歩くリスボン』(近藤 紀子訳、彩流社、1999年)、『世界文学のフロンティア 5 私の謎』(共著、今福 龍太 他編、岩波書店、1997年)、『ポルトガルの海 増補版』(本訳書、池上岑夫編訳、彩流社、1997年)などがある。関連書に『リカルド・レイスの死の年』(ジョゼ・サラマーゴ著、岡村多希子訳、彩流社、2002)、『フェルナンド・ペソア最後の三日間』(アントニオ・タブッキ著、和田忠彦訳、青土社、1997年)、『レクイエム』(アントニオ・タブッキ 著、鈴木昭裕訳、白水社(白水社Uブックス)、1999年)、『現代詩手帖・特集フェルナンド・ペソア』(思潮社、1996年6月)ほかがある。

「1999年 『ペソアと歩くリスボン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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