朝鮮の土となった日本人―浅川巧の生涯

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  • 草風館
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レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (314ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784883231263

作品紹介・あらすじ

韓国の山(植林)と民藝に身を捧げた希有の日本人。韓国より半世紀
ぶりに故郷に戻った「日記」を読み込み、最近数年にわたる浅川巧を
めぐる動きを追って、全面的に書き改めた増補三版。日本各地から韓
国ソウルに眠る浅川巧の墓地(忘憂里)を訪ねるツアーが増加。

感想・レビュー・書評

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  •  浅川巧という人がこれほどいろいろな形で取り上げられていることを知らなかった。本書は言うに及ばず、その他にもいくつか本が出ているし、テレビ番組も日韓で何本かつくられている。出生地の山梨県には伯教(のりたか)・巧兄弟の資料館や記念碑がある。韓国には墓や記念碑があり、韓国人の「墓守」によって手厚く守られている。
     私はこの本を読んで、二つのことに目を開かされた。一つは朝鮮の文化、そしてその美の土台にあるもの、その一つが「恨」にあると思い込んでいたが、それがある種のすり込みであることに気付かされたことだ。柳宗悦の「悲哀の歴史」「悲哀の美」という形容は、滅び行くものに対する哀愁をかき立てて、思わず頷いてしまう。巧は違った。朝鮮のやきものや木工品に健康的な美を見出した。巧が朝鮮人中で生き、朝鮮人とともに生きたからこそ獲得できた視点だろう。
     二つ目は民芸品という世界に目を開かせてくれたことである。この本で初めて、柳宗悦が日本の民芸運動に踏み込んでいくきっかけをつくったのが巧であることを教えられた。
     それにしても浅川巧は誠信の人であった。苛烈な植民地支配に抗して立ち上がったわけでもない。しかし、巧に出会った朝鮮の人々はみなかけがいのない友と思うようになった。普段の暮らしぶりそのものが植民地主義に静かに抗うものであった。
     本書には、こんなエピソード紹介されている。「電車の中で座っている朝鮮人に対して、日本人が席を空けさせるというようなことは、当時は日常茶飯のことであった。そうした中で巧は、朝鮮人と間違われ、『ヨボ、どけ』と言われたときに、『わたしは日本人だ』と抗弁しないで、黙って立ったのである」。このエピソードを紹介したあと、著者はこう結んでいる。「それが巧の思想と言うべきものであった」。巧は、柳宗悦の言う妙好人だった。
     この本を読んで、もう一つ嬉しかったこと——1955年、祖国解放10周年を記念して在日日本韓国基督教青年会が主催した「愛と誠実を朝鮮の人々に捧げた日本人に感謝するつどい」で、その内の1人であった浅川巧の略歴を紹介したのが、戦前に朝鮮民謡集・朝鮮詩集を著した金素雲だったことだ。「朝鮮詩集」は岩波文庫の一冊として、いまも読むことができる。この人もまた、植民地主義に静かに抗った人だった。

  • 在朝日本人でありながら、朝鮮の人々に愛された文化人・浅川巧についての書。生い立ち・性格から、著書の内容まで非常に細かく書かれており、日本人と韓国人が友好的な関係を築くためのヒントが浅川巧の生涯を通して若干見えてきたような気がする。

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プロフィール

1944年茨城県生まれ、東京教育大学大学院文学研究科修士課程中退(1970年)、思想の科学社編集部員などを経て、現在は津田塾大学教授。
〈主な著書〉
『朝鮮の土となった日本人』(草風館)、『植民地朝鮮の日本人』(岩波新書)、『検証 日朝交渉』(平凡社新書)ほか。

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