日本 米国 中国 団塊の世代

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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784883383894

感想・レビュー・書評

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  • 団塊の世代とは堺屋氏の造語で、もう30年は経過しているでしょうか。この本は、各国(米中日)の識者がそれぞれの国の団塊の世代の世代について解説しています。

    日本は「プロベーション(保護観察)世代:豊かさの夢を信じて破られた世代」、米国は「ベビーブーマー:客体であり続けた時代」、中国は「文化大革命世代:利用されて捨てられた世代」と位置づけられていて、私が読んだ限りでは中国の人達が一番苦労して不遇な目に遭ってきたなと感じました。

    その分、国としてのエネルギーや活力は昔の日本のように溢れています。今日(2010年5月1日)から中国では上海万博が始まり、10年以上前から言われてきた中国最後のイベントで、私が小学生の頃にあった大阪万博を思い出します。

    あれから日本が経済発展を続けたことを思い出して、今後の中国発展について目が離せないと思いました。

    以下は気になったポイントです。

    ・1955年に既に出来ていた日本の戦後コンセプトは、1)日米同盟を基軸として、経済大国軍事小国を目指すという外交コンセプト、2)官僚主導で規格大量生産型の近代工業を築くという経済コンセプト、である(p17)

    ・第二次世界大戦後の4半世紀、米国は自らの体制と文明を世界に広げるために膨大な資金と人材を投入した(p28)

    ・サブプライムローン拡大の魔法の杖は、1)証券化、2)90年代から流行したデリバティブ、3)格付機関が投資適格のAマークを与えたこと、である(p37)

    ・毛沢東が唱えたキャッチフレーズは、「知識のある者ほど思想は古い」であり、紅衛兵の乱暴を唆した(p45)

    ・社会主義の先輩国家であるソ連の現実は、公有化した土地や企業を管理する高位者が権限を「私有化」、怠惰で豊かな生活を貪る「権力格差の社会」であった(p49)

    ・貯蓄は国際収支の余剰と投資の合計に等しいので、貯蓄率の高い中国では猛烈な投資が始まった(p52)

    ・日本経済の重荷として、円高と高齢化である、日本の市場は閉鎖的であり国内の製品価格が円高分だけ下がらないので、不況から回復する2010年には企業に利益が生じる(p58)

    ・アメリカでは1966年に高校卒業した18歳の若者に徴兵のくじ引きが義務付けられていて、3分の1が徴兵された(p70)

    ・海軍は陸軍よりも訓練期間はずっと長く、この期間を利用して、良心的徴兵忌避の申請手続き(宗教、信条により戦争参加できないことを申立る制度、クリントン元大統領も利用)をする奥の手があった(p72、84)

    ・米国において反体制運動に参加していた学生は、必ずしも社会主義者ではなく、資本主義の信奉者もいて、日本の学生運動との違い(p74)

    ・米国では、今や完全な福祉厚生を提供しているのは、市、郡、州などのパブリックセンター及び学校のみになり、その他の企業では過去20年間でなくなってしまった(p92)

    ・1959年に毛沢東は一時的に第一線を退いて、劉少奇が国家主席、鄧小平:中国共産党総書記、周恩来:国務院総理、による指導で中国経済は好転した(p121)

    ・文化大革命によって1966~68年に卒業した中高生:400万人は進学も就職もできずに都市部に残された(p128)

    ・1976年1月には周恩来死去、そして鄧小平の再失脚、7月には唐山大地震(死傷者40万人)、9月には毛沢東死去、10月には毛沢東の妻等が逮捕されて、文化大革命が完全に収束した(p142)

    ・1977年には大学入学試験が再開、出身や政治思想、社会的地位によるものから、学力により評価されるようになった(p145)

    ・明治以降の80年間は常に日本は戦争をしていた、1894年:日清戦争、日露戦争:1904年、第一次世界大戦:1914年、シベリア出兵:1917、第一次山東出兵:1927、満州事変:1931、日中戦争:1937、対米会戦:1941年である(p185)

    ・今の人口は、多すぎるといって教科書をはじめ、日本中が問題視していた1960年ころよりも3割も多い(p192)

    ・1964年の外貨持ち出し制限は500ドル:18万円、大卒月給が2~3万円であり、半年以上の収入分である(p196)

    ・1946年に0.47兆円であったGDPは、28年間で90倍、1968年から40年かけて13倍になった(p197)

  • 日本・米国・中国の団塊の世代を比較検討する。
     「団塊の世代」は日本特殊のことと思っていたが、第2次大戦後の人口増は世界共通であり、その世代の環境はさまざま、ベトナム戦争も文化大革命も荒波となって押し寄せていた。特別と思っていた大学紛争もコップの中のさざ波程度だったのかもしれない。

    米国
     きわめて平均的な中西部の白人家庭である、わが家にテレビがやってきたのは54年、テレビのある家庭には隣近所から人々が集まり、一種の社交場と化していた。
    (日本の平均的な、わが家にテレビがやってきたのは小学6年、1960年・・・米国と6年しか違わなかったのか!!
     そのテレビで見るアメリカ家庭は、広い芝生の庭でバーベキューパーティが開かれ、大型車が3台ぐらい並んでいた、家の中には大型冷蔵庫・大型テレビ・大きな暖炉があり、ゆったりとしたソファでくつろぐ様子・・・日本とアメリカとの差は50年、いや全然別世界・夢のような世界と思っていた)
    1970年代、企業と従業員の間に信頼感。忠誠心が存在した。終身雇用の機会を提供していた。過去二十年で一変、人生のうちで何度か転職するというライフスタイルがすっかり定着してしまった。
    (えっ!!アメリカはキャリアアップを目指してドンドン転職を重ねる、終身雇用とは無縁の社会ではなかったの?終身雇用・年功序列の日本ではダメだ、アメリカ式が素晴らしいのだという意見が多かったのに・・・GMのニュースの中で解雇された労働者が終身雇用で年々昇給するように生活設計をしてきたのに・・・と嘆いている様子もあった)

    エリック・エリクソン(心理学者)
     人は仕事に就いたときは他者との競争に自分の存在意義を見出し、家族を持ったとき家庭を守ることに生きがいを感じる、第一線を退いた人々が求めるものは、世界への貢献の希求、人生を真に意義深いものにする。

    中国
    日本の「団塊の世代」、「老三届」(1966〜68年に高校・中学を卒業した世代の総称。この3年間文革により、大学は授業・新入生募集を停止、工場と企業も労働者募集を停止したため、400万余りの卒業生は進学も卒業も出来なかった)
     「乱折騰」 毛沢東時代に行なった一連の誤った政治キャンペーン

    司馬遼太郎「坂の上の雲」 明治という坂を一所懸命登った日本が見た雲は何だったのかという大きなテーマをあつかった作品
    団塊の親世代が戦後の厳しい時代を一生懸命に登り続けてたどり着いたのが、1968年という坂の上だったのではないか。この年の経済成長率は名目18.4%、実質11.9%、今の中国以上、世界第二の経済規模になっていた。

    日本は、おそらく世界にあまり例のない「心配文化の国」

     アメリカは人道的な見地から、多くの国を保護し観察し続けなくてはならないと自己規定している。
    アメリカには保護観察者として世界中をコントロールする力はない、そのことをついに認めるに至ったのが、バラク・オバマという異質への投票行動になった。

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著者プロフィール

1935年,大阪生まれ。東京大学経済学部卒業後,通産省に勤務。日本万国博,沖縄海洋博などを手がける。1978年退官,執筆評論活動に入る。著書に『油断!』『団塊の世代』『知価革命』『組織の盛衰』『平成三十年』『東大講義録』などのほか,『峠の群像』『豊臣秀長』『俯き加減の男の肖像』『秀吉』などの歴史小説がある。経済企画庁長官,内閣特別顧問などを歴任,現在東京大学先端科学技術研究センター客員教授,早稲田大学大学院客員教授。

「2018年 『東大講義録――文明を解く』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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