- 本 ・本 (169ページ)
- / ISBN・EAN: 9784883440856
感想・レビュー・書評
-
石牟礼道子さんの詩集ですね。
石牟礼道子さん(1927ー2018、熊本県生まれ)
小説家、詩人、環境運動家。
『はにかみの国』は、2002年、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞されています。
「春」
乳頭にちらつくのは
雪の気配のようでもあるが
わたしはもう
ねむくてたまらない
たった ひとつだけど
いま ようよう
じぶんのものらしい繭をつくりあげ
こんどこそ出口もぴったりふさいだ
ちいさな卵形(らんぎょう)の雪洞のなかを
手さぐりでいざり寄り
み明かりを灯そうとして
ふり仰ぐと
無料無辺
百千万億那由陀劫の
静寂のかなた
いんいんたる声明がきこえていて
鬱金色の曇天の
春が
やって来つつある
「点滅」
いちずな雪片の合間を
オーロラのように降りてくる
おんなたちの足音
にんげんの棲む家の灯の
またたきの中を這ってきて
みずからを惑わすすべも
体温もろとも裸木にかけてやり
こんやも螢ほどの正気です
そのわたしを起点にのこして
のびてゆく雪の原は
不変の距離を
みごとに設置していった
幼い恋人をのせ
地表をえぐって巻きあがる挽歌のなかを
きりもみの草履が消える
くらい紫いろの足音が
阿蘇連峰の夜空をこえて
ふりしきる雪片が閉じてゆく
無の時刻
熊本弁を使われた詩や、水俣病を主題にした詩もあり、熊本を愛する詩情があふれています。
「緑亜紀の蝶」という、民話風のお話も掲載されています。
全詩集ということですが、一冊になりますから、数は余りありません。長篇詩が幾つかあります。
あとがきに「詩を書いているなどといえばなにやら気恥かしい。心の生理が露になるからだろうか。散文ではそうも思わないが不思議である。」と、綴られています。表題の『はにかみ』は、ここから窺えます。
詩編に、心を託された想いが滲み出ている詩集に、深く心を寄せながら読みました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
『ころんびな
にがびな
ほぜびな
さざえびな
ぐっちょびな
猫貝
ぶう貝
さくら貝
ひとでの子
鬼の爪(おんのつめ)
田うち蟹(たうちがね)
せっせっせ
とんぱはぜ
ぴっぴっぴ
海ほうずきの
帆立て舟
潮ん満ちてくればな
貝たちがな
口あけていうとばい
みし みし みし
みし みしみし
こっちべたの浜ん甲羅(こら)から
あっちべたの
天のつけ根まで
潮の
まんまん
満ちてきたとき
お月さまの高さよ
ざぶん ち
波の来ればな
びなどんがな
ころんち
落えてな(あえてな)
ころん
ころん
ころん ち
岩んうえから
海の中さね
浜ん甲羅(はまんこら) 石牟礼道子』
石牟礼さんの言葉に、どんなにか私の心は浄められたろうか。
「浜ん甲羅(はまんこら)」の調べの美しさは、
そのまま、今は失われた水俣の浜の、あの命の輝きの愛しさ。 -
985夜
著者プロフィール
石牟礼道子の作品





