火を熾す (柴田元幸翻訳叢書―ジャック・ロンドン)

制作 : 新井 敏記 
  • スイッチ・パブリッシング
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感想 : 85
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  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784884182830

作品紹介・あらすじ

本書では、一本一本の質を最優先するとともに、作風の多様性も伝わるよう、ロンドンの短篇小説群のなかから9本を選んで訳した。『白い牙』『野生の呼び声』の作家珠玉の短篇集。

感想・レビュー・書評

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  • 『野生の呼び声』で有名なアメリカの作家ジャック・ロンドン(1876~1916)。40歳の若さで他界したのですが、50冊以上、200以上の短編と多くの作品をのこした作家です。そんなロンドンの作品群から、翻訳者の柴田元幸さんが選んで編集・翻訳したのがこの本。その多彩なチョイスにも嬉しくなります。

    ***
    「火を熾す」「メキシコ人」「水の子」「生の掟」「影と光」「戦争」「一枚のステーキ」「世界が若かったとき」「生への執着」

    波乱万丈な生涯をおくったロンドンの作品はバラエティに富むもので、体験に基づいたリアルな描写が力強く魅力的。あるときは壮絶な極北の自然であり、あるときは命がけで死闘を繰り広げるボクシング、そうかと思えば、ボルヘスも惚れ込むような幻想譚やら、一攫千金を夢見た者たちの栄枯盛衰、はたまた「ジキルとハイド」のような奇譚まで……。

    中でも印象深いのは「火を熾す」。シンプルでよく練られたタイトルですね。零下50℃の極北で繰り広げられる一人の男と犬の話。筋もシンプルですが、それだけに読ませるのは難しい。そもそも零下50℃とはどんな世界なん? 男にふりかかる厄災をロンドンお得意の心理描写と独白体でじわじわ詰めていくちょっと恐い話。

    「メキシコ人」は革命のために黙々と命をかけるボクシング青年の話。当時の時代背景(メキシコ革命)も垣間見え、ロンドンには珍しい結末にも感激です。

    「一枚のステーキ」は、それを食べることのできなかった老ボクサーの栄枯盛衰が泣けちゃいます。

    また「生の掟」は閉じられた世界で展開する心理描写が見事で、ベケットのようにぐだぐだせず(笑)走馬灯のように美しく流れていきます。老コスク―シュの意識は毅然としながら悲哀に満ちています。

    「……自然は生き物には優しくはない。個人と呼ばれる具体物など自然にはどうでもよい。自然の関心は種(しゅ)に、人類にしかない……」(「生の掟」)

    ロンドンは一日1000語(日本語でおよそ2500字、原稿用紙6枚強)の執筆ノルマを課していたそう。私なんて、レビューを書くだけでもふーふー言っているというのに、日々の創作原稿が6枚強、それも毎日、おおむね午前中の2時間ほどでぺろりと書いて、ほとんど手直しなしという鬼才ぶりだったそうな。いやすごいな~~~。

    ロンドンの文体は質実剛健で読みやすく、マーク・トゥエインやオーウェルのような雰囲気も漂っています。彼の代表作『野生の呼び声』は、バックという犬を主人公としたある種の英雄譚なので、中学生でも読めるくらいです。同じく短編もぐいぐい読ませて野性味溢れていますが、「生」を見つめる独特の繊細さや哀愁がそこかしこに漂っています。その渋さは大人のテイストですね♪

  • 『一目見たときは、ぱっとしない若僧だと誰もが思った。せいぜい十八歳、年齢の割に大柄ということもなく、まさに若僧でしかない。フェリペ・リベラと名乗り、革命のために働きたいと言った。それだけだった。無駄な言葉はひとつもなく、それ以上の説明もなし。ただそこに立って待っていた。唇に笑みはなく、目には少しの愛想もなかった』―『メキシコ人』

    『彼はまだ若い、せいぜい二十四か五の男で、もしこれほど猫みたいにピリピリしていなかったら、その若さにふさわしい、屈託のない優雅さで馬に乗っていたことだろう。だがその黒い目はあらゆる方向を見てうろつき回り、小鳥が跳ねる木の枝の動きまでも捉え、刻々変わる木々や藪の眺めを前へ前へと追っては、つねにまた左右の下生えに戻ってくるのだった』―『戦争』

    柴田さんのあとがきにはジャック・ロンドンの幅広いテーマの短篇の中から編んだとあるけれど、どの作品でも聞こえてくる声はどこか社会に対する漫然とした不信感に満ちているような気がする。例えば引用した二篇に加えて「一枚のステーキ」など、構成はほとんど同じと言ってもいい。群れから外れた一人の男が彼なりの正義感で世界に対峙する物語。エピローグに違いはあるけれど、そこに「火を熾す」の初稿と改定稿のような違いがある訳でもない。それは勝っても負けても結局は同じなのだと主人公たちが(すなわち作家が)悟っているかのように読めてしまうからなのかも知れないが、そう整理して今一度作品群を眺めてみると「生の掟」も「生への執着」も同じ物語の繰り返しだと判る。どれも一人の男が生と死の間[あわい]を彷徨する物語なのだ。そしてもちろん、それは表題作の「火を熾す」にも当てはまる。そこに通底するある種諦観とでもいったようなものについて、柴田さんがあとがきで上手く言い表している。

    『同じテーマを扱っていても、人間が敗北する場合と勝利する場合のなるべく両方が示せるように作品を選んだ。まあ勝利とは言っても、いずれは誰もが自然の力に屈する生にあっては、一時的なものにすぎないのだが……ロンドンの短篇の終わり方は、個人的に非常に面白いと思っていて、時にはほとんど冗談のように、それまでの展開をふっと裏切って、ご都合主義みたいなハッピーエンドが訪れたりする。そうした勝利の「とりあえず」感が、逆に、人生において我々が遂げるさまざまな勝利の「とりあえず」さを暗示しているようでもいて、厳かな悲劇的結末とはまた違うリアリティをたたえている気がする』―『訳者あとがき』

    作風は全く違うけれど、何故かジャック・ロンドンの人生を思い浮かべながら彼の短篇を読んでいたら、芥川龍之介のことなどが思い浮かんだ。ところで「一枚のステーキ」の原題は"A Piece of Steak"。つまり、a piece of cake(簡単なこと)の逆ってことかな。

  • ジャックロンドンの作品は、自然と対峙する作品というイメージを持っていた。
    この短編集ではそれが見事に覆される。
    バラエティー豊かな9篇。
    どれも素晴らしい。

  • 「火を熾す」の冷気、「生への執着」の一歩一歩の歩み、でも結末は反対。この二つが強い力で入ってきた。

    「火を熾す」1908年発表
    これはガツーンとやられる。何にって極北の冷気か。

    今まで、山登りで凍死しました、などというニュースを聞いても、眠ったらだめだ、というようなことは耳にしても、体が具体的にどういうふうに変化していくのか、というのはよくわからなかったし考えようともしなかった。が、これはどうだ。華氏零下50度とかそれ以下で森の中や凍った川沿いを1人であるく男。吐く息は氷るが、歩いている限り血は体を巡っている。その血が体に送られている、ああ、そうだった、血は体中を流れているんだったと改めて認識する。

    そして薄氷に足をすべらせ、足の感覚が無くなってくる様子、これが恐ろしい恐怖として入ってくる。そして暖をとるために焚火を熾す。頭上高く積もった樹木の雪・・
     そして男についてくる犬。危険を感じながらも暖をとれば尻尾を前脚にのせ焚火のそばで男とうずくまる、その様子が映像の一場面のように頭にうかんだ。窮めつけは最後の犬、ウォーンと吠えて身を翻す。

    「生への執着」
    まさしく生へのあくなき渇望。男二人が川を渡っている。後に続く男は足をくじいたが前の男は振り向きもせず行ってしまう。・が、残された男はコケを食べ小魚を食べオオカミの食い残したカリブーの骨をしゃぶり、体を引きずりながら執拗に歩み続け、北極海へと達した。そこに見えたものは・・  男の生命力に引き込まれる。

    「メキシコ人」
    メキシコ革命のために、寡黙なその若者はボクシング試合に賭けた。

    「水の子」
    ポリネシアの島の老人の語る精神世界

    「生の掟」
    先住民の一族、彼らの掟で薪一抱えを残し老人を残して去る。その残された老人に去来する思い出。

    「影と閃光」
    透明になる物質を発見した若者二人。絶対黒と透明。SF的な作品。

    「戦争」
    戦争に情けは禁物か。ちょっと最後が悲しい。別な結末のも書いてないかなあ。ロンドンは短編で結末を違えたものをけっこう書いたという。

    「1枚のステーキ」
    中年になり力の落ちたボクサー。若い頃は勝ちではでに生活していたが今はお金が無い。練習もできていないが今最後の試合に出かける。

    「世界が若かったとき」
    人間版野生の呼び声とでも言いたいが、ちょっと最後が違うか。荒唐無稽な気も。マンガにしたらおもしろいだろう。


    「火を熾す To build a Fire」(センチュリー・マガジン76:1908.8月)
    「メキシコ人 The Mexican」(ザ・サタデイ・イヴニング・ポスト184:1911.8.19日)
    「水の子 The Water Baby」(コスモポリタン65:1918.9月)
    「生の掟 The Law of lLife」(McClure's Magazine16:1901.3月)
    「影と閃光 The Shadow and the Flash」(ザ・ブックマン17:1903.6月)
    「戦争 War」(ザ・ネイション9:1911.7.29日)
    「1枚のステーキ A Price of Stek」(ザ・サタデイ・イヴニング・ポスト182:1909.2.20日)
    「世界が若かったとき When the Word Was Young」(ザ・サタデイ・イヴニング・ポスト183:1910.9.10日)
    「生への執着 Love of Life」(McClure's Magazine26:1905.12月)

    2008.10.2第1刷 図書館

  •  死と直面した生を書きっている。
     作者は死を書いているのか、生を書こうとしているのか、僕は死を読んでいるのか生を読み解こうとしているのか、よくわからない。ただ、死に直面した生の緊迫感は伝わってくる。ゴールドラッシュの時代の男たちの命の感覚も伝わってくる。ストーリーに余計な寄り道がなく、短編でしか味わえない疾走感を楽しめる。

  • 「白い牙」「野性の呼び声」で知られるジャックロンドンの短編集。
    編纂、訳は柴田さん。

    著者のさまざまな経験、興味が活きているであろう各短編はボクシングにしろ、原野にしろ生々しく鮮やかです。

    表題作の「火を熾す」、「メキシコ人」、そして「生への執着」が特にお気に入り。

  • 火を熾すが◎

    死ぬときはこういう死に方がいい。

  • 19世紀~20世紀初頭のアメリカ人作家、ジャック・ロンドンの短編をあつめた本。
    巻頭の表題作「火を熾す」のインパクトが大きかった。
    人生の厳しさ、といっても、教訓めいたものがあるわけでもなく。

    現実を直視していて、まっすぐで、生々しい。
    なぜか、そらにまっすぐ伸びた巨木を連想してしまった。

  • 「火を熾す」はアイロンのある風景に登場した小説なのでいつか読もうと思ってた。

  • 9篇の短篇集。
    どれも違うタイプの物語のように感じるのだが、全体的に獣臭く生きる男の臭いが漂っていて、個人的に苦手。
    そんな中でも「火を熾す」「水の子」「生の掟」は好き。
    解説で柴田元幸が「透明性」を意識したと言っていたが、この3篇はより透明性を感じることが出来た、と僕は思う。

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著者プロフィール

ジャック・ロンドン(Jack London):1876年、サンフランシスコ生まれ。1916年没。工場労働者、船員、ホーボーなどを経て、1903年に『野生の呼び声』で一躍人気作家に。「短篇の名手」として知られ、小説やルポルタージュなど多くの作品を残した。邦訳に『白い牙』『どん底の人びと』『マーティン・イーデン』『火を熾す』『犬物語』などがある。

「2024年 『ザ・ロード アメリカ放浪記』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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