イーティング・アニマル―アメリカ工場式畜産の難題(ジレンマ)

制作 : Jonathan Safran Foer  黒川 由美 
  • 東洋書林
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レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784887217898

作品紹介・あらすじ

食べ物にまつわる物語は、ヒトの歴史であり、価値観でもある。では、豚肉の消費量や牛の屠畜数といったデータを肉食というひとつの物語にあてはめた際、どのような「選択」が浮かび上がるのだろうか?機械化された食肉の大量生産、動物愛護、民族的な食習慣、そして菜食主義者でいること。これらが複雑に絡み合う「迷路」に生きる俊英作家が、綿密な取材のもと描く現代アメリカ社会のとある神話…。米国食肉産業のうんざりするような真実。

感想・レビュー・書評

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  • 機械化された食肉の大量生産、動物愛護、民族的な食習慣、そして菜食主義者でいること。これらが複雑に絡み合う「迷路」に生きる俊英作家が、綿密な取材のもと描く現代アメリカ社会のとある神話…。米国食肉産業のうんざりするような真実。

  • 「肉を食べる」ことについて調べたノンフィクション。
    ベジタリアンになったり、肉をたくさん食べる時期もあったりした筆者が、子供ができたことをきっかけに、今食べている肉はどうやって育てられ、加工されてきたのかを調べた。
    文字だけでない表現方法で小説を書いている筆者ならではで、普通のジャーナリストが書くものとは一味違う。

    特に豚の育てられている環境の粗悪さに衝撃を受けた。
    スーパーで売られているものがどうやって作られているのかどうして関心を持たなかったんだろう。
    あんな環境で作られたものを何の疑問も持たずに食べてきたことが怖いと思った。
    CO2以上に環境に悪い家畜の過剰生産。
    そんな肉を「あえて食べる」必要があるのか。今一度立ち止まって考えて欲しいと思った。

  • ユダヤ人青年のルーツ探索の旅を通してヨーロッパにおけるユダヤ人迫害の歴史を巧妙に浮かび上がらせたデビュー作『エブリシングイスイルミネイティッド』、トムハンクス主演で映画化され話題になった『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』の作者による、アメリカ工場式畜産の現状を描いたノンフィクションです。自身の子どもが生まれるにあたり、子どもを雑食で育てるべきか、菜食で育てるべきかを選択したいと考えた著者が様々なデータと畜産農家への取材によりアメリカの畜産業の現状を浮かび上がらせます。

    工場式畜産とは、家畜の健康よりも食肉生産の効率性に重きをおいた生産方法をとる畜産を指します。工場式畜産では身動きもとれない程の高密度かつずさんな方法で飼育され、粗雑な殺され方をしています。例えば「一羽の採卵鶏やブロイラーにあてがわれる面積は平均四百五十平方センチ(B5用紙くらい)ほど」とのこと。こうした畜産業の現状に異を唱え、昔ながらのやり方で家畜を育てる良心的な酪農家も紹介されていますが少数派で、アメリカの食肉の99%は工場式畜産となっているそうです。第二次世界大戦下のヨーロッパを生き延びた祖母を持つユダヤ人作家は、凄惨な飼育・屠畜の現場の背景にホロコーストを引き起こした精神を見ているようです。作者は第2章「覚えておきたい用語集」で残酷さを以下のように定義づけます。
    不要な苦痛を意図的にあたえることはもちろんだが、それに無関心でいることも「残酷」なことだといえる。人は思いのほか簡単に残酷になれる。(略)自然界では動物が互いを殺したり傷つけたりするが残酷ではない。残酷というのは、なにが残酷であるか理解しており、残酷でない方法を選択することができるのに、そうしないことである。あるいは見て見ぬふりをすることも残酷である。
    工場式畜産の問題点は、その残酷な家畜の扱いだけでなく、大量の糞尿による環境汚染、メタンガスの発生や遠隔地への大量輸送などによる温暖化効果ガスの排出、劣悪で高密度の飼育環境に由来する野鳥ー家畜ー人への病原体(インフルエンザ)のパンデミックを引き起こす危険性などが、事細かに記されています。

    非工場式畜産、伝統的な畜産で生産された食肉を食べる選択肢も考えられますが、そうした選択も食肉の需要を高めることにつながり、結局は工場式畜産の維持につながると考えられるため、工場式畜産をやめさせるには食肉そのものをあきらめるしかないと考えた著者は、取材後、ベジタリアンになることを決意します。

    この本を読めば、理想的にはベジタリアンになるべきで、少なくとも工場式畜産の生産物は避けたいなと思うんですが、正直、自分が食べてる肉や卵の生産過程をしっかり調べたことはありません。日本も同じような状況なんでしょうか。たぶん同じなんでしょうね。いのちの食べ方、世界屠畜紀行とかも消化しないとな。

    訳書には大きな難点が一つ。本書には原著にはある巻末注記が省かれています。文芸作品ではなく、しっかりデータの裏付けをもとにした著作なのになぜデータの出典等を明記した注記を省いてしまったのか、理解に苦しみます。注記がないことで、事実と著者の感想の区別がつきにくくなっていること、数字等の記述の情報源が辿れないことで、本書の価値は相当損なわれてしまっています。注記を省略することなどは訳書ではよくあることといえばよくあることですが、翻訳のもとにした原著のバージョンを明記することと、注記を省略しないことは義務化してほしいわ。

    第1章 食にまつわる物語
    第2章 極論に走りがちだが、ほかの道はないものか?
    第3章 覚えておきたい用語
    第4章 闇のなかのかくれんぼ
    第5章 言葉を失うインフルエンザの脅威
    第6章 楽園の肉と汚物の物語
    第7章 わたしの誓い
    第8章 新たな物語

  •  アメリカでは、毎年百億をこえる陸上動物が、人間の食用として命を奪われているという。その肉の99%以上が“工場式畜産”で生産されているそうだ。著者はこの本で、極大化したアメリカの工場式畜産と食肉処理場の現在をつぶさに描写し、その問題を明らかにしていく。

     工場式畜産とは、工業化され、集中的に行われる畜産農業のこと。その徹底によって、食品としての安全性だけでなく、公衆衛生や環境汚染、食料の枯渇、地球温暖化などにも、直接に悪い影響を与えてきた。
     その現場は、日本人の我々の想像を超えてグロテスクだ。ところが、生産現場の出来事はフタをされ、消費者は、そこで何が行われているのか、知らされることはなかった。牧歌的なイメージのTVCMで味付けされた肉は、気にかけられることなく、大量、広域に流通し、消費されるようになっていった。こんな状況だったので、工場式畜産と食肉処理場の実態は、全米の消費者に少なからずのショックを与えたそうである。
     ちなみに、向こう側が隠されているという意味で、ふと今回の原発事故が浮かんだ。現場の労務や倫理上の問題のほか、似ている点も多いと思うが、アメリカの消費者は、この方式が世界の畜産や農業の方式に悪影響をあたえていることについても、ほとんど知らないのだという。

     ご存知の通り、高度成長を遂げる70年代以降の日本は、このアメリカ型の食肉生産の考え方やシステムを、近代化という名前で積極的に導入してきた。
     効率化も規模拡大も悪くはない訳だが、上述の通り、副次的な負の影響に目をつぶって成長し“継続不可能性”を増大させてきた工場式畜産は、アメリカほどではないにせよ、日本の畜産にも、同様の課題を波及しているだろう。
     著者は「何を食べるかを選択し決断することは、生産と消費の基礎となる行動であり、それがほかのすべてのありようを決定する」という。
     工場式畜産という方式は、コールドチェーンが発達し、大量広域の物流が実現した、現代というシステムそのものによくフィットする。しかし一方で、現代の消費の先導役は、以前のようなカロリーや利便性ではなくなっている。環境保全や社会貢献など、エシカル(ethical:倫理的)なことが、商品選択のものさしとなり始めているのだ。
     こう理解するとき、我々は、畜産について、生産方式だけでなく、家畜福祉や、さらには「肉食」という食習慣にまで、視野を広げて向き合わねばならなくなるのだと思う。この本で展開されている対話の数々-ヴェジタリアンや良心的生産者との-は、そのような視点から、示唆に富む。

     かつて、家畜への倫理観についてのアメリカ人の考え方は、「食べるな」でも「気にかけるな」でもなく、「気にかけながら食べろ」というものだったそうだ。イーティング・アニマル-食べる動物たる人類-にとって、「肉食」は、その選択と決断の過程にある行為であり続ける。

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