立原道造詩集 僕はひとりで 夜がひろがる

  • パルコ
4.20
  • (27)
  • (15)
  • (12)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 269
感想 : 29
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784891948207

作品紹介・あらすじ

昭和初期に24歳で早世した詩人・立原道造と、繊細なタッチで人気の漫画家・魚喃キリコの、時代を超えたコラボレーション。描き下ろしイラスト40点以上を収録した詩画集。たった24年しか生きなかった風のような詩人-すずやかで優しい、奇跡のような言葉の結晶は今も光を放ち続ける。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 詩を書くひとは、風に雲に山に海に、あらゆることに敏感で表現豊か。
    受信し過ぎて大変なんじゃないかと思うくらい。

    読んだ感覚は、プールの中から見上げた空に感動した記憶を呼び起こすような、そんな感じ。

  • ずっと手に入れたくて、産褥期に読む。まず装幀がしびれる。魚喃の描く絵はシンプルな線なのに、シンプルな線だから?とても好きだー。

  • 本の外側まで気を配られて作られている。
    https://ameblo.jp/sunnyday-tomorrow/entry-12043054087.html

  • 美しさというものは今も昔も変わらない

  • 心象も、情景も、うつくしい描写をする人。書き写したくなることばたち。

  • 暗闇に浮かぶやさしい光のような詩。この人のことを知ることができて良かった。

  • 一番好きな詩人。
    これを読んで感動できる日本人でよかった。

  • 立原道造の詩は難しくない。とても素朴な言葉でつづられている。文壇の人という感じではない、詩を読み終わった後で、彼が24歳で亡くなっていたことを知る。しかし、この淡々としてどこかつぶやかれるようにして綴られる彼の詩は、それが戦前の作であることを薫らせない。

    まるでほのかに甘みを帯びた水のように…僕はそれはあたかも僕自身のつぶやきのようにして飲み下せてしまう。

    装丁がとても良い。糸でつづってあるあたりが、とくに気に入っている。

    かすかにざらついた肌合いの魚喃キリコの鉛筆のドローイング。

    シングルラインの震えやかすれをたどりながら、ぼんやりとページの一枚を見つめていたりすると、なんだか不思議と胸が落ち着く。

    だけれども、道造の詩をふと思いに滑らすとき、意図せずしてそれがキリコのドローイングと重ねあわさってしまうときがある。

    詩に絵をつけるのはむづかしい。

    詩は言葉だけれども、言葉はそこに目で見える具象がないから、読む人の心に自由な想像や共感を呼び起こす。

    絵は言葉がないから、それは観る人に言葉を語らせる。

    これはとてもむづかしい。

    道造の詩も、キリコの絵も、僕はどちらとも好きだ。
    だがそれゆえに、僕がそのどちらからも、自分で想像や共感を組み立てる機会を失っているのではないかと感じ、ふと、時々、不安になることもあるのだ。

  • 良いです。泣けるほど。

  • 立原道造 24歳の若さで人生を終える。帝大の建築を学んだ傍ら詩を謳う。1914年~1939年。
    葬送歌
      窓硝子に 映っている
      過ぎる 斜の人影
      かさなり かさなりもつれ 消え
      消え・・・・

      あのとき あのとき
      かげのように そうして笑っていたひと
      いつも いつも
      歪んだ字を書いて来たひと

      死ぬとき うっすらと笑ったというー
      しかし その声を 私は
      人をとおして 聞いたにすぎない

      卓の上に 落ちた花のかげ 皿の影
      指でふれてみてふれてみても
      記憶は一つひとつ消えて行く 消えて行く弱い物音・・・

全29件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1914年、東京生まれ。先祖には水戸藩で『大日本史』を編纂した儒家の立原翠軒がいる。旧制一高から東京帝国大学建築科に進んだ。13歳ころから短歌や詩を書きはじめ、高校では手製の詩集「さふらん」を作成。大学では同人雑誌を創刊し、小説や短歌を発表した。学業でも在学中に辰野金吾賞を3回受賞するなど将来を嘱望された。37年に卒業し、建築士として建築事務所で働きながら詩作に打ち込む。堀辰雄、室生犀星に師事し、音楽的に構成された繊細な十四行詩型(ソネット)を作り出した。37年に第一詩集『萱草に寄す』、『暁と夕の詩』を刊行するが、同年秋から体調をこわし、39年3月に結核性肋膜炎のため24歳で死去。入院中に第1回の中原中也賞を受賞している。34年に訪れた信濃追分の風景を愛し、多くの詩の背景としている。作品は前期のほか、没後に堀辰雄が編纂した『優しき歌』が47年に刊行、全集は戦後、数回出されており、筑摩書房が全5巻の全集を刊行。

「2023年 『無伴奏混声合唱組曲 春が来たなら』 で使われていた紹介文から引用しています。」

立原道造の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×