言葉果つるところ―鶴見和子・対話まんだら 石牟礼道子の巻

  • 藤原書店
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レビュー : 1
  • Amazon.co.jp ・本 (314ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784894342767

作品紹介・あらすじ

自らの存在の根源を見据えることから、社会を、人間を、知を、自然を生涯をかけて問い続けてきた鶴見和子が、自らの生の終着点を目前に、来るべき思想への渾身の一歩を踏み出すために本当に語るべきことを存分に語り合った、珠玉の対話集。

感想・レビュー・書評

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  • 2000年3月と6月の二度にわたって行われた、鶴見和子と石牟礼道子の対話をまとめた一冊。水俣での出会い、うた(短歌)、息づきあう魂、丸い言葉と四角い言葉、アニミズム、近代化への問いなどについて語り合う。鶴見さんは、脳出血で倒れたのち5年弱、生命の終わりに近づく心境を、時を刻む凄絶なもので、「死は一番のハレ」と言い、道子さんも、「一番最後に死があるのは何と幸せだろうって。まったく同感でございます」と返す。
    つい先ごろ、「国民の生活を守るために原発は必要」と、この国の首相は言った。ヒューマンスケールとは余りにかけ離れたものに依存することから、苦労を引き受けてでも抜け出していかなければいけない転換点がくることを、もう何十年も前から気付き、警告してきた人たち…宮澤賢治、高木仁三郎、石牟礼道子…らの声に、ふたたび耳を傾けたいと思う。

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著者プロフィール

石牟礼 道子(いしむれ みちこ)
1927年3月11日-2018年2月10日)
熊本県、天草の宮野河内(現河浦町)で生まれる。母の実家は石工棟梁・回船業も営んでおり、父はそこで帳付けを勤めていた。祖父の事業が破産してから、小学二年の時に天草から水俣の北はずれに移住。優秀な学業成績から、三年制の実務学校(現水俣高校)に進学。ここで短歌を学んだ。卒業して教員養成所に入り、16歳で小学校の代用教員となって、詩と短歌を続ける。1947年に小学校を退職し、結婚。
その後若い労働組合員や詩人・谷川雁と知り合ってから、水俣病の患者の聞き書が始まる。1969年『苦海浄土』を刊行(熊日文学賞、大宅壮一ノンフィクション賞が与えられたが患者の苦患を語る本で賞を受けないと辞退)。水俣病の惨苦を世に広く伝えるだけでなく、「水俣病を告発する会」を渡辺京二さんらと結成して多くの患者とその運動に寄り添い、水俣病訴訟の勝訴に貢献。晩年はパーキンソン病を患って長編作を控えたが、旺盛な執筆意欲は衰えず、数々の作品を記していた。
1973年、マグサイサイ賞受賞。1993年、『十六夜橋』で紫式部文学賞受賞。2002年、朝日賞受賞。同年新作能「不知火」を発表。2003年、『はにかみの国―石牟礼道子全詩集』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
2004年から『石牟礼道子全集 不知火』を刊行、そこで『苦海浄土』の改稿と書き下ろしを加え、第二部・第三部を完結させる。池澤さんが個人編集した『世界文学全集』にも、日本人作家唯一の長編として収められた。

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