メドベージェフvsプーチン 〔ロシアの近代化は可能か〕

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  • 藤原書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (520ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784894348912

感想・レビュー・書評

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  • プーチンとメドベージェフ、シロビキ(治安系)とシビリキ(文民系)、テレビとインターネット。
    メドベージェフは、当初からスタッフと実行力を縛られていたんだ。。

    ・これらのテレビ局は、大統領就任式から五日後の五月十二日、プーチンがメドベージェフに向かって私がさきに紹介した内容の人事案を提示している様子を全国に向けて報道した。このとき、クレムリンの大統領執務室における両指導者の座席の占め方をみて、腰をぬかさんばかりに驚いたのは私一人だけではなかったろう。テレビカメラおよび視聴者の位置からみて、プーチン首相は左側、メドベージェフ大統領は右側に坐っていたからである。つまり、プーチン大統領時代の八年間の着席位置と同一だった。<制度>上のポストの変更は、現実の<人間>関係を変えるものではない―、プーチンは、みずからが支配するテレビ網を用いて、このメッセージをロシア国民に伝達しようとしたのであろう。
    政治は、象徴(シンボル)を操る闘いである。つまり、政治家が実際におこなっていることよりも、彼(または彼女)がおこなっていることがどのように有権者の眼に映っているか―このことのほうが、はるかに大きなインパクトをもたらす。

    ・ロシア人とて働く、いや、彼らは時として猛然と働き、その労働集中性たるや世界に比類のない水準をしめす。したがって、問題をつぎのように設定し直す必要がある。これが、私の見方なのである。ロシア人は一体どういうときに働き、逆にどのようなばあいに働かないのか。またロシア人はどういう種類の労働を好み、逆にどういう種類の労働を忌避するのか。
    この新しい問いにたいし即答するならば、私の答えはつぎのようになる。ロシア人は、他人から強制されると、まずもって働こうとしない。
    …ところがその同じロシア人が、無償の情熱を捧げ、力尽きるまで働きはじめることがある。いったん何か「特別の大義、人物、アイディア」によって突き動かされる状況におかれる場合である。

    ・指導者は経験を積むうちに深みを増してゆく。こう考えるのは幻想である。指導者が高い地位につくまえに得た確信は、(一種の)知的資本である。その地位にとどまっているあいだ、指導者はこの資本を消費する一方の状態におかれる。指導者になると、沈思黙考している暇などほとんどない。彼は、重要なこと、より緊急なことが絶えず優位にたつ、果てしない闘いへと巻き込まれてゆく。―ヘンリー・キッシンジャー

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プロフィール

●木村汎(きむら・ひろし)1936年生まれ。京都大学法学部卒。米コロンビア大学Ph.D.取得。北海道大学スラブ研究センター教授、国際日本文化研究センター教授を経て、現在、北海道大学および国際日本文化研究センター名誉教授、拓殖大学客員教授。専攻はソ連/ロシア研究。主な著書として、『ソ連とロシア人』(蒼洋社)、『ソ連式交渉術』(講談社)、『総決算 ゴルバチョフ外交』(弘文堂)、『ボリス・エリツィン』(丸善ライブラリー)、『プーチン主義とは何か』(角川oneテーマ21)、『遠い隣国』(世界思想社)、『新版 日露国境交渉史』(角川選書)、『プーチンのエネルギー戦略』(北星堂)、『現代ロシア国家論――プーチン型外交』(中央公論叢書)『メドベージェフvsプーチン――ロシアの近代化は可能か』(藤原書店)など編著書多数。

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