北の無人駅から

著者 :
制作 : 並木 博夫 
  • 北海道新聞社
4.51
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本棚登録 : 302
レビュー : 39
  • Amazon.co.jp ・本 (791ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784894536210

作品紹介・あらすじ

単なる「ローカル線紀行」や「鉄道もの」ではなく丹念な取材と深い省察から浮き彫りになる北海道と、この国の「地方」が抱える困難な現実-。新たな紀行ノンフィクションの地平を切り拓く意欲作。

感想・レビュー・書評

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  • 北海道の過疎地を訪ね、そこで暮らす人々にじっくりと話しを聞き、その地域の現実や課題を深く掘り下げていく本。タイトルがなんか軽いんで、ありがちな、過疎って大変だよね〜でも自然っていいよね〜こんなとこにも面白い人がいたよ〜みたいな適当な本かと思ったらそんなことはありませんでした。過疎・農業・漁業・自然保護・観光・地方自治、そして人・家族の歴史。筆者はフェアな態度と誠実かつ愚直な重量感のある取材力で課題を深堀りしていきます。多くの課題は北海道に限らない課題でしょう。それらの課題について、ぼくは何も知らなかったんだな、、、、と思いました。とても勉強になったのと、筆者のこの本に賭けた熱い思いが伝わってきたので五つ星です。

  • 単なる「ローカル線紀行」や「鉄道もの」ではなく丹念な取材と深い省察から浮き彫りになる北海道と、この国の「地方」が抱える困難な現実―。新たな紀行ノンフィクションの地平を切り拓く意欲作。(Amazon紹介より)

    この本を手に取ってまず思ったのは「重い!」ということです。800ページ近くに及ぶ、物理的な意味での分厚さもさることながら(読了まで3ヶ月かかりました汗)、驚くべきは内容の深さです。章ごとに漁業・農業・観光産業・政治問題・環境問題…実に多岐に渡るテーマを取り上げ、その一つ一つについて丁寧に調査・考察しています。なお、各テーマに共通するのは、タイトルの「無人駅」という言葉からもわかるとおり、地方の過疎化の問題です。この本は、北海道を愛する筆者が長年の取材を経て描いた、社会問題に直面する過酷な北海道の姿です。「観光地として華々しい北海道だけじゃないんだよ」という思いがひしひしと伝わってきました。
    私は「フリーライター」という職業にあまり良いイメージがありませんでした。自分の主張や思想を貫くために、ときには立入禁止の場所へ行き、ときには迷惑なインタビューをし、結局自分の主張に都合のいいことを書き、デメリットに対することは放り投げ…という漠然とした印象があったからです。しかし、この筆者は何かを主張するというよりは、淡々と現実を調べ上げ、伝えることに注力しようとする姿勢を感じます。その点がすごく好印象でした。先日読んだ「いちえふ」といい、最近ルポルタージュの良作に巡り会えて嬉しいです。

    最後に、この本を通じて最も心に残ったことは「なぜあなたは◯◯に住んでいるのか」という何気ない問いが、実はすごく考えさせられるフレーズだと思ったことです。都会は便利で住みやすく、田舎は不便で住みにくいという考えはあくまで都会に住んでいる側の勝手な考えであり、田舎の人は田舎の人で全く別の視点から、田舎の住み良さを感じている。要はどちらも「住めば都」というわけで、一方で問題もあるわけで、この質問自体がとても無知で失礼なものなんだなと感じました。

  •  まだ、読んでいる途中だが、大変に面白い。
     北海道の無人駅を起点として、その周辺の「物語」が綴られる。

     第一章から引き込まれた。

     大部の作品だが、読み終えるのがもったいない感じ。
     各章末の小さな解説記事もきちんと書かれている。

  • 北海道の、それも限界集落に近いところについて丹念に調べて著した本。よくここまで調べ上げたな、というのが率直な感想です。数冊に分けて出版しても良いような内容の濃さです。

    6つの無人駅の周辺から様々なことを描き出していますが、鉄道や駅が中心というよりも、そこに住んで生活している人が中心の話です。

    個人的には唯一無人駅ではない、雄冬の話しが良かったです。

    それと、これほど、補足というか、脚注が充実している書籍は今まで見たことがないです。


    第1章:室蘭本線小幌駅
    親子二代で駅に勤めた国鉄マンの話しが記載されているとは知らずに驚きました。活気があった頃の話しも出ており、興味深かったです。また、両脚を切断された漁師の話がとても印象的でした。
    また、ホタテが昭和40年代に養殖に成功してから、これほど食卓に上るようになったと、初めて知りました。

    第2章:釧網線茅沼駅とタンチョウの保護について。タンチョウは保護してエゾシカは殺すのか。自然保護と人間の生活はどう折り合いをつけていくべきか、様々な人の意見を交えながら、明らかにしていっており、読み応えがありました

    第3章:札沼線新十津川駅
    もはやこの章では、鉄道も無人駅もどうでもよくなり、現在の米生産の現場と問題点をあらわすにすることに主眼が置かれています。
    一方で、農業や米生産に関して知らないことが多かったのも事実で、新たに知ったことも多かったです。特に、おいしさと安全・安心は反比例し、おいしさを追求しようとするとある程度の化学肥料の使用は通常のことだ、とか、農薬散布と化学肥料をごっちゃにして考えていて、そもそも化学だろうが有機だろうが肥料をあげすぎると環境に悪いとか、言われてみればそうかと思うことを丹念に描いていました。
    また、新十津川は奈良県の十津川村の人達が入植した土地ですが、新十津川の人が十津川に行く話は感慨深かったです

    第4章:釧網線北浜駅
    打って変わって、この章は鉄道と駅が匂いたってくるような章でした。というか、この章のテーマは「旅」。北海道における旅の位置付けの変化を、まずは北浜駅の観光化という点から描いています。昔は、釧路湿原も、富良野も、美瑛も、そして流氷と冬の北海道観光も、全くメジャーではなかったという事実に、ただ驚きます。

    第5章:留萌本線増毛駅
    今では廃線になってしまいましたが、増毛を描いています。この駅は高倉健の映画」「駅 Station」で有名なので、当然その映画のことと、この街を語る上で欠かせないニシン漁。往時の繁栄のことが描かれています。さながら、記憶に埋もれた街。という印象を受けました。ちなみに、ニシンが綿花の肥料として重要だったとは知りませんでした。

    第6章:増毛町雄冬
    鉄道も走っていない雄冬の話。当然のことながら漁をするしか産業のないところなので漁の話と、この集落自体が「陸の孤島」であった時期が長かったのでその話。加えて、高齢化が進む中で、濃密な人間関係があるところでの高齢化がどのようなものなのかが記されています。漁師町だけに、とっつきにくい人が多いんだな。というのが感想です。

    第7章:石北線奥白滝駅
    すでに誰も住んでおらず、廃駅になった集落の話し。当然のことながら、開拓から繁栄、集落の終わりまでを描いていますが、それに加えて旧白滝村の合併話しに紙数を割いています。小さすぎる自治体と住民との関係。箱物に頼り、その結果嵩んだ借入金。そして、村の行く末を決める際の怨恨や権力闘争。こうしたものが如実に描かれています。

  • 無人駅について書かれた本ではない。北海道の教科書のような本。
    農業、漁業、環境問題、過疎化まで…。
    地元で長きにわたって信頼関係を築きながら取材を続けた著者には脱帽です。
    個人的には稲作の章がとても興味深かった。

  • 2018/04/20 初観測

  • 【要約】


    【ノート】

  • かつて大いににぎわった北海道のローカル線の駅とその駅を「最寄駅」として生きている、生きていた人たちの記録。
    奇しくも日本が今、直面している問題とか(米をはじめとする農業政策、環境に対する取り組み、流氷と環境関係のことなど)声高に語られる事柄のその根っこにあるモノ、矛盾点が何なのかを知ることができました。そして、本を通してたくさんの人たちと知り合うことができたような、出会いの本でもありました。

    ”脚注”説明にもページ数が割かれているので、とても分厚い本ですが、ちゃんと持ち歩いて読めました。

  • 北海道に住みながら、なんと私はこの土地のことをしらなかったのかと思わされる。いわゆる手垢のついた北海道のイメージではないこの土地の姿を教えてもらった。

  • はじめは無人駅という響きに惹かれて、鉄道の興味から読み始めたが、こんなひとつの駅から、こんなにも(鉄道に限らない)多様な物語があるのか、と唖然とさせられる。北海道の6つの駅を訪れ、その駅で感じた素朴な疑問を掘り下げていくことから、かつてその駅に関わったさまざまな人々の生き様が明らかになる。

    例えば、室蘭本線の小幌駅。
    『なぜこんなところに駅が…。誰もが疑問を抱きたくなるような場所に、その駅はある。室蘭本線「小幌駅」。駅のホームは、トンネルとトンネルの間のわずか87mの切れ間にあり、右を向いても左を向いても黒々としたトンネルが口をあけている。
    周りに家はなく、ただ海へ降りる道がぽつんと残されている。』

    実はかつて単線だった時代に行き違いの出来る信号区間を設けるための信号場であり、信号場で働く鉄道マンの家族が住んでいた。また、漁をして暮らす家々もあり、両足を失ったものの他のどの健常な漁師よりも腕のよい漁師が住んでいた暮らしがあった。昔その駅に関わっていた人の話を聞き、歴史をたずね、ひとつひとつその駅の来歴を明らかにしていく。

    800ページ強、ノンフィクションの真骨頂。
    北海道の最果ての小さな駅から、見えてくるものは、広範多岐にわたる。人々が駅の周辺を離れ無人駅になった理由には林業や漁業が立ち行かなくなったこともあれば、道路や鉄道が整備され都会に行きやすくなったこともある。人の話を聞き、豊富なデータでも物事の流れを追う筆者の手法はぐいぐいと引き込まれる。
    日本の経済の動きや自治、高齢化、農業の問題など、ありとあらゆる分野の物事が見えてくる。
    精緻かつ粘り強い取材によりかつてそこに暮らし、今そこに生きる人たちの暮らしをありのままに描き出してきた。
    章ごとにはみ出し情報が章末に単線区間のタブレット閉塞区間とはとか、詳しい情報も記載され、鉄道好きにも満足していただける内容になっているのもよい。

    あとがきに書かれた一文がまたいい。
    『本当のところ、鉄道も無人駅もさして興味はなかった。興味があったのは人だった。
    無人駅をテーマに、人を求めて旅をしていた。』
    無人駅から紡がれる人々のストーリー。
    しかし、留萌本線増毛駅は2016年12月に廃線になり、列車はもう来ることはない。新十津川駅を結ぶ札沼線もそう長くないかもしれない。。人が集まる駅はやはり特別な場所だと思う。何とか北海道の鉄道が残っていくといいのだが。。

    <目次とキーワード>
    「駅の秘境」と人は呼ぶ 室蘭本線・小幌駅
    →閉塞区間・両足のない漁師
    タンチョウと私の「ねじれ」 釧網本線・茅沼駅
    →自然保護、蝦夷鹿とタンチョウ、ガイドマップ
    「普通の農家」にできること 札沼線・新十津川駅
    →農業政策、個別所得制度、十津川村、米の品質の厳しさ、有機農業とは
    風景を「さいはて」に見つけた 釧網本線・北浜駅
    →ディスカバージャパン、カニ族、流氷
    キネマが愛した「過去のまち」 留萌本線・増毛駅
    →消えたニシン、町の栄華も一緒に。
    「陸の孤島」に暮らすわけ 留萌本線・増毛駅
    →雄冬。道路事情がよくなることにより、得たことと失ったこと。
    村はみんなの「まぼろし」 石北線・奥白滝信号場
    →住民投票、合併をめぐる村、原野を切り開いた村はまためぐる

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著者プロフィール

渡辺一史(わたなべ かずふみ)
1968年、愛知県名古屋市生まれのフリーライター、ノンフィクション作家。大阪府豊中市育ち、北海道札幌市在住。北海道大学理Ⅱ系に入学し、キャンパス雑誌編集にのめり込んだことから、1991年9月北海道大学文学部行動科学科中退。
2003年、『こんな夜更けにバナナかよ』で第25回講談社ノンフィクション賞、第35回大宅壮一ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。2012年、『北の無人駅から』で第16回林白言文学賞、第12回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、第34回サントリー学芸賞をそれぞれ受賞。
2018年、大泉洋主演・前田哲監督で『こんな夜更けにバナナかよ』が実写映画化される。

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