人喰いの時代 (ハルキ文庫 や 2-8)

著者 :
  • 角川春樹事務所
3.15
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本棚登録 : 416
感想 : 52
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  • Amazon.co.jp ・本 (347ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784894565005

作品紹介・あらすじ

東京からカラフトへ向かう「紅緑丸」の船上で発見された変死体(「人喰い船」)、山中を走るバスから消えた五人の乗客の謎(「人喰いバス」)、谷底から消えた墜落死体(「人喰い谷」)、密室から消えた凶器の謎(「人喰い倉」)-。昭和初期を舞台に、放浪する若者二人-呪師霊太郎と椹秀助が遭遇した六つの不可思議な殺人事件を描く、奇才による本格推理の傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 『本格ミステリ・クロニクル300』で紹介されていたのだから本格ミステリだと思いながらも、タイトルにこれはホラーなのではとの疑念も拭えず、恐る恐る読みはじめた。

    満州事変が勃発してから数年後。軍部ファシズムが急速に威圧を増し、国民生活にはありとあらゆる統制が加えられ、日本に戦争の暗雲が垂れ込める、そんな時代。
    カラフトへと向かう豪華客船〈紅緑丸〉の船上で、椹秀助は呪師霊太郎と名乗る青年と出会う。
    霊太郎は変に人なつっこいところがある一方、探偵趣味があり、自分は人間心理の探求者をめざしていると秀助に打ち明けるのだ。
    彼らは船上での殺人事件の謎を解いたあと一旦別れるものの、その後、北海道のO-市で偶然の再会を果たす。

    呪師霊太郎という奇妙な若者が探偵として解決に導いた事件の数々を、彼とともに行動した椹秀助の視点から振り返る連作短編集である。

    読みすすめるうちに「人喰い」の意味が見えてきた。それはホラー的なものではないのだけれど、ある意味、不穏で暗いものであることには間違いない。
    物語の背景は1930年代半ば。柳条湖事件から蘆溝橋事件に至る軍国主義化の時代である。
    この時代の日本を覆う暗澹たる空気が国民を喰っていく。狂気を帯びはじめた歴史は歯車となって、人々の夢や、愛、嘆きさえ無慈悲に押しつぶしていく。そんな時代のことを「人喰い」の時代と表しているのだ。
    この「人喰い」の時代は、探偵小説も探偵の存在も必要としなかった。にも関わらず、呪師霊太郎が探偵という存在に興味を持ったのはなぜか。霊太郎が探偵として個人の犯罪をあばくのは、ある意味では理性と良心の証であったのかもしれないと秀助は思いを巡らす。
    なるほどと思う。霊太郎は犯罪をあばくことによって、人はひとりひとりが自分の人生を持って生きている個なのだということをいいたかったのかもしれない。

    それにしてもこの昭和初期を舞台にした事件には不思議な読後感を味わった。なんというか狐につままれたようである。よくいえば幻影的なのだけれど、どの短編もどうかすると曖昧模糊な状況で結末を迎えるのだ。
    というのも、霊太郎は犯人の検挙には全く興味がなく、警察に犯人を引き渡したことは一度もない。ただ、犯罪が引き起こされるとき、そのときの人間心理の不思議さに純然たる興味を抱いているに過ぎないからだ。その結果、事件の真実が明らかになったとたん霊太郎の意識はすでにその場にはないのだから、わたしとしては、なんだか気分は犯人とともにその場でおいてけぼりを食らったかのようになる。
    しかしながら、そのうやむやさこそがこの時代を表しているようにも思った。
    そもそも「呪師霊太郎」という名前からして、彼はどこか現実味のない曖昧な存在のようではないか。

    けれどもやはり本作品は「新本格ミステリ」であった。「人喰い船」からはじまり「人喰いバス」、「人喰い谷」、「人喰い倉」、「人喰い雪まつり」と、どれもほんのちょっぴりの引っ掛かりを覚えはしたのだけれど、最終編「人喰い博覧会」を読みすすめるにつれ、それらの引っ掛かりが大きな違和感へと確実に変わる。
    つまり今まで見ていた風景がガラリと変わるのだ。まるで夢から覚めたように。幻影に呑み込まれた現実のみが引きずりだされたかのように。
    この現実崩壊感覚は「SFを書いてミステリーを書く」という著者だからこそ描けたものなんだろう。すごい。

    『本格ミステリ・クロニクル300〈1988年〉』
    〈読了〉人喰いの時代
    〈未読〉異邦の騎士    
      ↓   そして夜は甦る
        五つの棺
        思い通りにエンドマーク
        迷路館の殺人
        長い家の殺人
        緋色の囁き
        密閉教室
        倒錯の死角
        99%の誘拐   

  • うちの祖父母が生まれた昭和のはじめの北海道が舞台。
    じいちゃんが生まれた頃の日本ってこんな感じなのかぁと思いながら読んでました。
    …北海道しか出てこんけど

  •  小説の題名が衝撃的なので読んでみた。「人喰い・・・」ってなんだ、時代背景が昭和初期であること、そして事件の現場が北海道小樽という現在においては過疎の町であること、なんだか横溝正史っぽい匂いがする。どれだけ人が喰われるのか熊に食われるのかと期待したが、そんな話ではない、人喰いってこの時代の比喩で使われてるだけらしい。多少がっかりしたがそれなりに面白い、最後には現在に話を戻し当時の謎を・・・星3つ半

  • 本格推理連作短編集。最近、シリーズ第2弾の『屍人の時代』が刊行されたのを機会に併せて読んでみようと思った。

    昭和初期を舞台に、呪師霊太郎と椹秀助の二人の若者が六つの不可思議な殺人事件に挑む。物語の語り手は椹秀助。事件は解決するが、意識的に犯人は捕縛しないという前代未聞の不思議な探偵・呪師霊太郎。本格推理というよりも様々な人びとの人生を描くヒューマンドラマの色合いが強い。

    『人喰い船』。最初の事件。東京から樺太に向かう船上で発見された変死体の謎に呪師霊太郎と椹秀助が挑む。まずは小手調べか。

    『人喰いバス』。山中を走るバスから消えた五人の乗客と残された一人の乗客。この連作短編の方向性が少し見えて来たようだ。しかし、山田正紀のこと、まだまだ油断は出来ない。

    『人喰い谷』。雪山の谷底から消えた二人の遭難者の謎。そう来たか。どうやら、最後の最後まで呪師霊太郎の正体は明かされないようだ。

    『人喰い倉』。倉庫で起きた密室殺人事件の謎に挑む呪師霊太郎。霊太郎の優しさを垣間見ることが出来る短編。

    『人喰い雪まつり』。呪師霊太郎と椹秀助が転がり込んだ下宿の主人の死は他殺だったのか…時空を超えて描かれるミステリー。

    『人喰い博覧会』。やはり、最後の最後に最大のミステリーの種明かしが…単なる探偵小説に終わらず、山田正紀は呪師霊太郎と椹秀助の壮大なる人生をも描いてみせた。すごい。

  • 個人的には好きな部類。作中作に込めた思いとか言われてもわからんし、時代設定すれば多少の事は書いても問題ないでしょ的な発想も好きではないけど、書きたかったストーリーはわかる。

  • 6つの短編が収録された連作短編集。
    どれも悪くはないミステリではあるが、やはり総じて見ると良いところは多数あるものの、少し物足りないと思わざるを得ない。
    だが、この昭和の雰囲気であったり、最後に老境の椹や呪師の姿を描き、二人の人生も描いている点はとても良い。

    短編(中編?)の中で面白かったのをいくつか。
    『人喰い船』
    事件自体は単純ではあるが、「なぜ死体が服を着脱したのか」という謎に対する答えが見事。

    『人喰い博覧会』
    連作としての仕掛けはあまり驚きには値しないが、「実は宮口は落ちていない」というのは驚いた。
    心臓マヒで死んだ宮口を放送塔から落とさなければならなかった理由も納得。

    まだ自分に合うかどうかがイマイチ分からんな...
    とりあえずもう少し山田正紀の作品を読んでみよう。

  • この時代の日本って好きだなあ。外見は決してクリーンじゃないんだけど、内面がクリーンって感じがして。もちろん時代が時代だけに腹黒い人はたくさんいるから『正直』って意味のクリーンではなくて、何と言うか『病んでない』感じのクリーン。
    そんな時代が舞台だから、こんな小説が成り立つんだろうな。
    現代社会だと彼方此方に予想外の穴ができすぎて話が立ち行かなくなりそうだ。

  • 〇 概要
     東京からカラフトへ向かう「紅緑丸」の船上で発見された死体の謎,山中を走るバスから消えた5人の乗客の謎…など,昭和初期を舞台に放浪する若者二人―呪師霊太郎と椹秀助が遭遇した殺人事件が描かれる短編ミステリ。そして,それらの謎が,最後の中編「人喰い博覧会」で新たな側面を見せる…。短編集に全体を通じた趣向を凝らした作品

    〇 総合評価
     椹秀助が話したO市(小樽市)での体験談をもとにした話(おおむねフィクション)を,Y(山田正紀)が小説にしたという設定は面白い。人喰い船から人喰い雪まつりまでの短編のデキは,傑作とまではいえないが,小説巧者の山田正紀らしく,それなりのデキ
     人喰い船から人喰い雪まつりまでの短編の位置付けが,最後の人喰い博覧会で変わる。人喰い船から人喰い雪まつりまでの話は,人喰い倉以外はフィクションで,登場人物に,実際に椹秀助と呪師霊太郎が関わった人物への椹の思いを表していたというのは,上手いと感じた。しかし,驚愕かと言われるとそこまでの驚きはない。最後の遠藤美子の事件の真相=単純な自殺だったというものも,意外性はあるが,驚愕とまでは言えなかった。全体を通じ,山田正紀の小説らしい,「よくできた作品」という印象が高い作品。各短編の持つ雰囲気の良さ、全体の完成度の高さから、トータルの評価としては★4としたい。

    〇 各作品のメモ及び評価
    〇 人喰い船 ★★★☆☆
    ● 被害者:藤子義介
    ● 犯人:池田昇三と藤子安芸子の共犯
    ● ポイント
     藤子義介を殺して木箱に入れて船に乗せていた。
     カラフトに遺棄するつもりだったが,O市に止まることになったので,船上で死体を出した。
    ● 感想
     名探偵呪師霊太郎と,ワトソン役の椹秀介のデビュー作。トリックは平凡だが,「わしの仕立てた洋服よりも,あんな女のほうを選んだことが,断じて許せなかったのだ」という仕立て職人である犯人池田昇三の殺人の動機がインパクト抜群の作品。作品全体の雰囲気と,インパクト抜群の動機がウリ。

    〇 人喰いバス ★★★☆☆
    ● 被害者:霜田(特高の刑事) 
    ● 犯人:バスの運転手とバスに乗っていた女
    ● ポイント
     バスの運転手とバスに乗っていた女は心中をしようとしていたが,霜田が二人の食事を食べて死んでしまう。その事実を隠蔽しようとして,霜田が生きてバスにのったように偽装した。
    ● 感想
     呪師霊太郎が,自分のふけを入れた食べ物を食べた霜田が腹を壊していないことから,バスに乗った段階で死んでいたことに気付いた点がユニーク。昭和の奇妙な未解決事件,人喰いバス事件の真相を描いているという設定も面白い。

    〇 人喰い谷 ★★★☆☆
    ● 被害者:浅葱宗一郎,蓬矢周平
    ● 犯人:浅葱弥生
    ● ポイント
     浅葱宗一郎と蓬矢周平が恋仲になったことが我慢ならなかった弥生が,二人を遭難させる形で殺害した。死体は,二人がホモセクシュアルであることが分かる証拠が残っていることを恐れ,弥生が処分させた。
    ● 感想
     シンプルな作品。ラストの「夫を失うのには耐えることができますわ。でも,夫を男に奪われたのだということを世間の人に知られるのには,とても耐えられそうにありませんもの」という告白が秀逸。シンプルでもインパクトがある短編が描けるという好例

    〇 人喰い倉 ★★★★☆
    ● 被害者:篠田勝
    ● 犯人:なし。篠田勝は自殺
    ● ポイント
     篠田勝は,遊郭の雪(幸)という女と結婚の約束をしていたが,社長の娘との縁談の話があって,雪を捨てようとした。しかし,社長の娘は探偵を使って調査をし,その事実を知って,縁談を辞めた。そのことを恨んだ篠田は,いやがらせで自殺。呪師霊太郎はその事実を隠し,雪には,偽の密室の話をして,篠田が殺されたと伝えたという話
    ● 感想
     面白い。こういう読後感が悪い作品は好き。遊郭の雪の気持ちを察して嘘の真相を告げる呪師の人物もよいが,真相は,篠田が嫌がらせで自殺をしたというのがなんともいえない「いやー」な読後感を残している。★4。

    〇 人喰い雪まつり ★★★☆☆
    ● 被害者:前田
    ● 犯人:なし。前田は自殺
    ● ポイント
     運動員の前田を逮捕するが,あらかじめスパイだという噂を流し,拷問をせずに釈放してスパイであると仲間に疑わせようとした。前田は,そのために自殺した。自殺した際の凶器を,娘の紀子が処分してしまったために,他殺に見えた。
    ● 感想
     これもかなりのイヤミス。紀子の視点で描かれているのがなんとも言えない。

    〇 人喰い博覧会
    ● 被害者 宮口(元特高の刑事)
      被害者 霜田通夫 
    被害者 遠藤美子 
    ● 犯人 なし 
     宮口は心臓マヒ。霜田は自殺。遠藤も自殺
    ● ポイント
     昭和12年の事件と現代の事件が描かれる。昭和12年の事件は,心臓マヒで死んだ宮口を放送塔から落としたのはなぜかという謎が描かれる。
     真相は,椹秀助が,宮口が放送塔から落下したと嘘を言い,放送塔に,宮口の荷物を持ち込んで,実際に落下したと思わせたというもの。動機は,転向座談会に参加し,心にもない転向をさせられた友人,浅葱宗一郎の気持ちを知らせるため。嘘をついた理由は,別の場所に監禁されていた宮口が,本当に放送塔に監禁されていたと,霜田に誤解させるため。霜田は誤解して自殺した。
     人喰い博覧会以外の短編は,椹秀介の話をYという小説家が小説にしたという設定。「人喰い倉」以外は,作中でも完全なフィクションという設定である。椹は,人喰い博覧会の事件で現実に関わった人物を使ってフィクションの小説を作っていた。
     現代に戻って,遠藤美子の自殺について椹と呪師霊太郎の孫が捜査をする。現実世界の藤子義三は,自分の商売のために,娘婿の浅葱宋一郎を利用していた。椹は,藤子義三を銃で撃とうとしたが,椹には殺人はできなかった。椹は小説の中で,藤子を殺す者がいれば手を貸すという意思を示し,宮口と霜田を殺し,浅葱宋一郎の死を悼み,弥生を悪女にしたてあげていた。椹は,遠藤美子が自殺ではなく婚約者に自殺に見せかけて殺されたと考えていたが,実際は単なる自殺だったというオチ
    ● 感想
     これまでの短編が椹の話をYという小説家が小説にしていたという設定とし,椹が実際にした人喰い博覧会の事件(宮口の死体遺棄など)で心に残っている思いを小説の中で描いていたという設定。短編集を通じた仕掛けを描いた小説のはしりのような存在である。
     プロットは面白いが,真相にはそれほどサプライズはない。よくできた小説であると思うが,驚愕の真相とは思えなかった。★3で。

  • 第二次世界大戦直前のO市(小樽市)を舞台にした、共産主義者の主人公と探偵役によるミステリ短編集。
    と思わせておいて、前半の話は主人公の状況を基にした。作中作だった話。
    ちょっと思ってた結末とは違うところに連れて行かれた感じが良い。

  • 小樽好きにはたまらないミステリーだ。小樽は古い建物や歴史的建造物が数多くの残る街。北海道の中でも人気の観光地だ。この本はその小樽を舞台にした6つの短編からなる小説。時代は鬱屈とした昭和初期、軍国化への道を進む暗い時代だ。山田正紀は『神狩り』でデビューしたSF作家。若かりし頃は良く読んだが、内容はほとんど覚えていない。著者のミステリーは初めての体験。
    『人喰いー』というタイトルが暗示するように、何が人には言えない秘密を共有するようなストーリー。主人公は20代なかばの若者2人。樺太行きの客船に乗り合わせ妙な親しみを覚え行動を共にする。船の中で、降り立った小樽の街で、2人は殺人事件に出くわす。6つの章は独立した内容かと思いきや最後の章でひとつひとつ繋がっていたことが明らかになり思いもよらぬ展開をもたらす。昭和初期の出来事が若者2人の人生を変え、現代に繋がる。過去の秘密と現代が交差した時、老いた2人に由来したものはなにか?
    終始、暗い雰囲気が覆う小説だが、この時代設定は嫌いではない。

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著者プロフィール

1950年生まれ。74年『神狩り』でデビュー。『地球・精神分析記録』『宝石泥棒』などで星雲賞、『最後の敵』で日本SF大賞、『ミステリ・オペラ』で本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞を受賞。SF、本格ミステリ、時代小説など、多ジャンルで活躍。

「2023年 『山田正紀・超絶ミステリコレクション#7 神曲法廷』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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