- Amazon.co.jp ・本 (347ページ)
- / ISBN・EAN: 9784894565005
作品紹介・あらすじ
東京からカラフトへ向かう「紅緑丸」の船上で発見された変死体(「人喰い船」)、山中を走るバスから消えた五人の乗客の謎(「人喰いバス」)、谷底から消えた墜落死体(「人喰い谷」)、密室から消えた凶器の謎(「人喰い倉」)-。昭和初期を舞台に、放浪する若者二人-呪師霊太郎と椹秀助が遭遇した六つの不可思議な殺人事件を描く、奇才による本格推理の傑作。
感想・レビュー・書評
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『本格ミステリ・クロニクル300』で紹介されていたのだから本格ミステリだと思いながらも、タイトルにこれはホラーなのではとの疑念も拭えず、恐る恐る読みはじめた。
満州事変が勃発してから数年後。軍部ファシズムが急速に威圧を増し、国民生活にはありとあらゆる統制が加えられ、日本に戦争の暗雲が垂れ込める、そんな時代。
カラフトへと向かう豪華客船〈紅緑丸〉の船上で、椹秀助は呪師霊太郎と名乗る青年と出会う。
霊太郎は変に人なつっこいところがある一方、探偵趣味があり、自分は人間心理の探求者をめざしていると秀助に打ち明けるのだ。
彼らは船上での殺人事件の謎を解いたあと一旦別れるものの、その後、北海道のO-市で偶然の再会を果たす。
呪師霊太郎という奇妙な若者が探偵として解決に導いた事件の数々を、彼とともに行動した椹秀助の視点から振り返る連作短編集である。
読みすすめるうちに「人喰い」の意味が見えてきた。それはホラー的なものではないのだけれど、ある意味、不穏で暗いものであることには間違いない。
物語の背景は1930年代半ば。柳条湖事件から蘆溝橋事件に至る軍国主義化の時代である。
この時代の日本を覆う暗澹たる空気が国民を喰っていく。狂気を帯びはじめた歴史は歯車となって、人々の夢や、愛、嘆きさえ無慈悲に押しつぶしていく。そんな時代のことを「人喰い」の時代と表しているのだ。
この「人喰い」の時代は、探偵小説も探偵の存在も必要としなかった。にも関わらず、呪師霊太郎が探偵という存在に興味を持ったのはなぜか。霊太郎が探偵として個人の犯罪をあばくのは、ある意味では理性と良心の証であったのかもしれないと秀助は思いを巡らす。
なるほどと思う。霊太郎は犯罪をあばくことによって、人はひとりひとりが自分の人生を持って生きている個なのだということをいいたかったのかもしれない。
それにしてもこの昭和初期を舞台にした事件には不思議な読後感を味わった。なんというか狐につままれたようである。よくいえば幻影的なのだけれど、どの短編もどうかすると曖昧模糊な状況で結末を迎えるのだ。
というのも、霊太郎は犯人の検挙には全く興味がなく、警察に犯人を引き渡したことは一度もない。ただ、犯罪が引き起こされるとき、そのときの人間心理の不思議さに純然たる興味を抱いているに過ぎないからだ。その結果、事件の真実が明らかになったとたん霊太郎の意識はすでにその場にはないのだから、わたしとしては、なんだか気分は犯人とともにその場でおいてけぼりを食らったかのようになる。
しかしながら、そのうやむやさこそがこの時代を表しているようにも思った。
そもそも「呪師霊太郎」という名前からして、彼はどこか現実味のない曖昧な存在のようではないか。
けれどもやはり本作品は「新本格ミステリ」であった。「人喰い船」からはじまり「人喰いバス」、「人喰い谷」、「人喰い倉」、「人喰い雪まつり」と、どれもほんのちょっぴりの引っ掛かりを覚えはしたのだけれど、最終編「人喰い博覧会」を読みすすめるにつれ、それらの引っ掛かりが大きな違和感へと確実に変わる。
つまり今まで見ていた風景がガラリと変わるのだ。まるで夢から覚めたように。幻影に呑み込まれた現実のみが引きずりだされたかのように。
この現実崩壊感覚は「SFを書いてミステリーを書く」という著者だからこそ描けたものなんだろう。すごい。
『本格ミステリ・クロニクル300〈1988年〉』
〈読了〉人喰いの時代
〈未読〉異邦の騎士
↓ そして夜は甦る
五つの棺
思い通りにエンドマーク
迷路館の殺人
長い家の殺人
緋色の囁き
密閉教室
倒錯の死角
99%の誘拐詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
うちの祖父母が生まれた昭和のはじめの北海道が舞台。
じいちゃんが生まれた頃の日本ってこんな感じなのかぁと思いながら読んでました。
…北海道しか出てこんけど -
小説の題名が衝撃的なので読んでみた。「人喰い・・・」ってなんだ、時代背景が昭和初期であること、そして事件の現場が北海道小樽という現在においては過疎の町であること、なんだか横溝正史っぽい匂いがする。どれだけ人が喰われるのか熊に食われるのかと期待したが、そんな話ではない、人喰いってこの時代の比喩で使われてるだけらしい。多少がっかりしたがそれなりに面白い、最後には現在に話を戻し当時の謎を・・・星3つ半
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本格推理連作短編集。最近、シリーズ第2弾の『屍人の時代』が刊行されたのを機会に併せて読んでみようと思った。
昭和初期を舞台に、呪師霊太郎と椹秀助の二人の若者が六つの不可思議な殺人事件に挑む。物語の語り手は椹秀助。事件は解決するが、意識的に犯人は捕縛しないという前代未聞の不思議な探偵・呪師霊太郎。本格推理というよりも様々な人びとの人生を描くヒューマンドラマの色合いが強い。
『人喰い船』。最初の事件。東京から樺太に向かう船上で発見された変死体の謎に呪師霊太郎と椹秀助が挑む。まずは小手調べか。
『人喰いバス』。山中を走るバスから消えた五人の乗客と残された一人の乗客。この連作短編の方向性が少し見えて来たようだ。しかし、山田正紀のこと、まだまだ油断は出来ない。
『人喰い谷』。雪山の谷底から消えた二人の遭難者の謎。そう来たか。どうやら、最後の最後まで呪師霊太郎の正体は明かされないようだ。
『人喰い倉』。倉庫で起きた密室殺人事件の謎に挑む呪師霊太郎。霊太郎の優しさを垣間見ることが出来る短編。
『人喰い雪まつり』。呪師霊太郎と椹秀助が転がり込んだ下宿の主人の死は他殺だったのか…時空を超えて描かれるミステリー。
『人喰い博覧会』。やはり、最後の最後に最大のミステリーの種明かしが…単なる探偵小説に終わらず、山田正紀は呪師霊太郎と椹秀助の壮大なる人生をも描いてみせた。すごい。 -
個人的には好きな部類。作中作に込めた思いとか言われてもわからんし、時代設定すれば多少の事は書いても問題ないでしょ的な発想も好きではないけど、書きたかったストーリーはわかる。
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この時代の日本って好きだなあ。外見は決してクリーンじゃないんだけど、内面がクリーンって感じがして。もちろん時代が時代だけに腹黒い人はたくさんいるから『正直』って意味のクリーンではなくて、何と言うか『病んでない』感じのクリーン。
そんな時代が舞台だから、こんな小説が成り立つんだろうな。
現代社会だと彼方此方に予想外の穴ができすぎて話が立ち行かなくなりそうだ。 -
小樽好きにはたまらないミステリーだ。小樽は古い建物や歴史的建造物が数多くの残る街。北海道の中でも人気の観光地だ。この本はその小樽を舞台にした6つの短編からなる小説。時代は鬱屈とした昭和初期、軍国化への道を進む暗い時代だ。山田正紀は『神狩り』でデビューしたSF作家。若かりし頃は良く読んだが、内容はほとんど覚えていない。著者のミステリーは初めての体験。
『人喰いー』というタイトルが暗示するように、何が人には言えない秘密を共有するようなストーリー。主人公は20代なかばの若者2人。樺太行きの客船に乗り合わせ妙な親しみを覚え行動を共にする。船の中で、降り立った小樽の街で、2人は殺人事件に出くわす。6つの章は独立した内容かと思いきや最後の章でひとつひとつ繋がっていたことが明らかになり思いもよらぬ展開をもたらす。昭和初期の出来事が若者2人の人生を変え、現代に繋がる。過去の秘密と現代が交差した時、老いた2人に由来したものはなにか?
終始、暗い雰囲気が覆う小説だが、この時代設定は嫌いではない。