卑弥呼誕生―『魏志』倭人伝の誤解からすべてが始まった (新書y)

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  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784896915839

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  • ◆江戸時代から連綿と続く邪馬台国・卑弥呼論争。本書は同時代の中国思想を比較・検討しつつ、「卑弥呼」官職・職制説を大胆に開陳する。が、…◆

    2001年刊行。
    著者は日本大学・立教大学・学習院大学非常勤講師。

     卑弥呼とは何か?、女王の彼女が居する邪馬台国の所在は?。江戸時代から連綿と続く、邪馬台国論争は、3世紀の倭国(日本列島)の権力支配秩序を把握する格好のテーマであり、それこそ多種多様な見解が、学者・在野の好事家・歴史教師・作家などの喧々諤々の議論から提示され、現代に至っている。
     その基本的帰結は、「三国志魏書烏丸鮮卑東夷伝倭人条」の史料的解読だけでは確定できないという事実であり、本書の帰結も同様である。

     ならば考古学に、との方向性を本書は採らない。
     つまり、中国の古代思想、扶蘇国(扶桑国)伝承とこれに関連する中華思想という3~5世紀の中国思想全般。さらには他の中国史書との内容比較から検討していく方法論をとっていくのである。
     そのため、その結論は飛躍と推測が多く含まれている。

     本書の骨子は、卑弥呼は個人名ではなく、職制であったというものであるが、流石に、壱与(台与)は女王となったとあるが、卑弥呼に就任したとは記録されていない点を全然説明できていないことから、破綻している気が……。

     むしろ本書で面白いのは、推古以降の女帝職は、伝説の神功皇后(=卑弥呼の伝承)とは違い、天皇の妻=太后。そして、その権威と権力から天皇職を全うしたという事実の摘示である。

     なお、新奇ネタ備忘録として。
     東大寺山古墳から出土の「中平紀年銘鉄刀」の存在。古墳は4世紀後半築造。鉄刀は後漢の霊帝在位の中平年間(西暦184~188)作とされる。

  • この著作の要點は以下の通り。<BR>
    <BR>
    ・「卑彌呼」は固有名詞ではなく、「機關」としての普通名詞である。<BR>
    ・「卑彌呼」は邪馬臺國の「女王」ではなく、倭國のシャーマンである。<BR>
    ・邪馬臺國は「倭國」のなかの國のひとつで、そこに男王とシャーマン「卑彌呼」がゐた。<BR>
    ・「卑彌呼」を女王としたのは、支那の中華思想の現はれである。女が王であるのは野蠻國打と云ふ意識の現はれ。<BR>
    ・2代目「卑彌呼」である臺與は固有名詞であらう。<BR>
    ・「卑彌呼」職は王の權威を保證する「機關」である。(「卑彌呼機關説」)<BR>
    ・この「機關」はすぐにその機能を前方後圓墳にとつて替はられた。<BR>
    ・前方後圓墳の發展過程および分布から考へると、當時の倭國の中心(邪馬臺國)は近畿地方であつたと考へられる。<BR>
    <BR>
    さて、どんなものであらうか。<BR>
    當時の支那(後漢から魏晉南北朝)が邪馬臺國を倭國と同一の政體・國家だと考へてゐたことは確かだと思ふが、卑彌呼がその女王ではないと斷言できるかどうかは疑問だ。<BR>
    しかしながら、いわゆる魏志倭人傳の記述から邪馬臺國の所在地を確定させることはできないと云ふ主張には納得できる。<BR>
    ただ、鐵器の傳來は北九州の先進性を裏付けるにもかかわらず、3世紀には近畿地方が北九州地方を支配下においてゐると云ふのであれば、その間の權力の變遷について納得のいく論證をしてもらひたいものである。<BR>
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    2003年7月6日讀了

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