- Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
- / ISBN・EAN: 9784896918335
作品紹介・あらすじ
「批判からしか見えないものがある。批判がないと見えなくなるものがある」。産む産まないは、女性に決める権利がある!命のリレーに参加するために、ドナーカードを持ちたい!「自分らしい死」につながる自殺・安楽死を認めるべきだ!自分の身体なのだから、「売春は自由」じゃないか!国家に逆らってイラクに行き、人質になったら、それもまた自己責任だ!自己決定権の名のもとに展開される、これらの錯綜を放置しておいてよいのか。日常用語のように広がり、誰にも反対できない、「自己決定権」は果たして正しいか?一見もっともらしい、言説の闇に深く錘を下ろし、見え透いた論理のカラクリを暴いて、「自己決定権」の負の側面を炙り出す。
感想・レビュー・書評
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読物として、面白い。内容を良く理解できたか?は分からず。自己決定(行為)と自己決定権(幻想)とは違うものである。米国では、医療、フェミニズム(ウーマンリブ)がこれらの対象となる。イラク派遣では、これに自己責任までも伴うことになった。
自己決定権は、個人の持つものと想われているが、しばし、権力者に利用される道具として使われる。(医療の裁量としての安楽死)、英語圏(アメリカナイズ)にマインドコントロールされている。
小学生から英語教育、第3者認識、カルテを日本語で書かない。臓器移植と脳死問題では、インフォームドコンセントも手段化している。若者は、抵抗なく、イエスと回答するが、ラザロ兆候を目にした後に、拒否する数が増えるようだ。その義務(ドイツ?)という考え方があり(自殺など)死は共鳴する。
人は死んだらどこに行くのか?
残された者の心の中に行く(中井英夫)
自己決定権批判の根拠
1個人に閉塞した問題はない
人が生きていくすべての場面において個人が何かを決めるということが個人の問題にとどまることなど決してない
2ナチス・ドイツの亡霊
安楽死と自己決定権との関係を歴史的に見てみると字悪決定権がだめになって歴史上最大の災厄が起こっている
3「わがまま」を保障してどうしようというのか
いったん自己決定権を盾にしてしまうと、さまざまなことに関して自分ことは自分が決めればいいのだから他人が口を出して欲しくないという壁ができてしまい、結果として自己決定権が他者同士のコミュニケーションを遮断排除する危惧があるといえないか
4死は所有できない
死は果たして自己決定できるのかという
5つの大きな革命
1農業革命
2都市革命
3哲学革命
4近代科学革命
5産業革命詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
雑多すぎる感
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脳死に関する考察などを手がかりに、自己決定権と言う概念が孕んでいる政治的な問題点を炙り出した本です。
取り上げられている話題は多岐に渡っていますが、フーコー流の生権力批判が本書の中心となっていると言ってよいのではないでしょうか。「共同性」と「関係性」を区別することで、死をめぐる諸決定を共同体の「内」へと囲い込む議論を批判しようとしています。
理論的な追及をおこなうことよりも、いまも世界を席巻しつつある生権力の諸相を読者に印象的に訴えかけることに傾いているようにも思えました。 -
脳死と臓器移植の問題に鋭く切り込みながら、近代医学が忘却した「共鳴する死」の概念を提起する著者の語りを起こした一冊。すでに公刊された『死は共鳴する』(勁草書房)と『脳死・臓器移植の本当の話』(PHP新書)の内容を噛み砕いて敷衍する内容を含んでいるので、ヴラディミール・ジャンケレヴィッチの『死』に対する『死とはなにか』(青弓社)のような性格をもつことになる。臓器移植法や健康増進法に対する批判、自己決定と自己決定権を峻別する議論はきわめて示唆的であるが、他方で自己決定権の幻想性を説明する際に、やや俗な実感に訴えすぎているように思われる。
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何か話の枕は「イラク派兵と自己責任論議」、其処から自己決定権の話〜身体をどう捉えるか〜脳死問題ていう展開。
健康増進法とか福祉国家の在り方とか、制度的な側面へも目を配って問題を捉えようとしているのが面白かった点。 -
[ 内容 ]
「批判からしか見えないものがある。批判がないと見えなくなるものがある」。
産む産まないは、女性に決める権利がある!
命のリレーに参加するために、ドナーカードを持ちたい!
「自分らしい死」につながる自殺・安楽死を認めるべきだ!
自分の身体なのだから、「売春は自由」じゃないか!
国家に逆らってイラクに行き、人質になったら、それもまた自己責任だ!
自己決定権の名のもとに展開される、これらの錯綜を放置しておいてよいのか。
日常用語のように広がり、誰にも反対できない、「自己決定権」は果たして正しいか?
一見もっともらしい、言説の闇に深く錘を下ろし、見え透いた論理のカラクリを暴いて、「自己決定権」の負の側面を炙り出す。
[ 目次 ]
序章 自己決定権とは何だったのか
第1章 私はなぜ自己決定権を認めないのか
第2章 自己決定と自己決定権はどう違うのか
第3章 自己決定権と福祉国家の行方
第4章 死をめぐる感性、批判をめぐる感性
第5章 ノンと言い続けることの重要さについて
終章 自己決定権批判の課題はどこにあるのか
[ POP ]
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[ 参考となる書評 ] -
浅羽通明氏推薦
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自己決定を「権利」としたときの負の部分、具体的には対国家・対社会的な義務の不当性について書かれていました。ちょっと時期を逸した感じはありますが、一時期「自己決定権」がはやった時期がありましたから、また来る時の準備にいいのかもしれませんね。