けもの道の歩き方 猟師が見つめる日本の自然

著者 :
  • リトル・モア
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本棚登録 : 239
レビュー : 32
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784898154175

感想・レビュー・書評

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  • すぐに◯か✖︎で決めつけてしまうのではなく
    山に入って見る、聞く、考えるだけでも
    重みが違うし
    知ってしまったらそんなに簡単に判断はできなくなるということがよくわかる。

  • 「山賊ダイアリー」が好きならおすすめ。自然保護に興味がある、思想でベジタリアンになってる人などは本書を読むと考え方の幅が広がるだろう。里山バンザイの自然保護感が何たる浅薄かと自分が恥ずかしくなる。山に入り、漫然と狩りという名のレジャーを楽しむだけではなく、筆者のように日本の自然のありようについて考える人がいるのは非常に貴重な事だろう。考え方も独善に走らず、謙虚で視野が広い。良書。

  • 畑の鹿害をなんとかしたくて読み始めた本。自然とのつきあい方を根本的に考え直した方がよさそう、と思いました。

  • 「ぼくは猟師になった」の人。

    前の本は、猟師になったワクドキと、どうだいいでしょう(ニヤリ)的な、まあ一種自慢げな話だったけど、この本ではだいぶオトナになったというか、シカやイノシシにまつわる過繁殖とか生息域とか、環境問題などを憂える内容になっている。

    まあ単眼的には行政の施策への問題提起ではあるけれども、長期的には人間の活動そのものが引き起こす、自然破壊の問題につながっていく。

    スギなどの針葉樹林だけでなく、広葉樹林も人間が改変してきた結果である。それらが荒れ果てて、獣たちの棲む場所がなくなったり、キクイムシが繁殖する。

    人間が困るから害獣に認定されたりするのだが、だが獣は害をなしているのだろうか。

    人間にとっては、その辺の答えは難しいところだろう。

  •  美しい景観の里山は人間が自分たちに都合よく作り上げた不自然な山だった。なるほどそうだったかもしれない。
     動植物、自然環境に対する洞察、着眼に目からうろこが落ちる思いがする。さらに自分が食べる肉は自分で獲物を狩って自分でさばいて食べるという、基本的とも思える生き方や考え方に深く共感した。
     市の図書館から借りて読んだけれど、これは蔵書として本棚に置きたい。

  • 『僕は漁師になった』の人の続刊。時折ふたりの息子さん達のストレートな言葉が刺さる。タイトルの“けもの道”は人の生き方でもあると著者。

  •  食べるっていう選択肢もあるんやなあ。友人がいうので鉄パイプを取り出しシカとの間合いを計る。シカは後頭部をどつけ。一撃を加え急所に当たり白目をむいて倒れたシカの角を抑え込みナイフで頸動脈をかき切る。最期の息を荒げるシカは後ろ脚で力なく宙を一蹴りした。きれいな赤い血が地面を流れた。その心臓は鼓動をやめた。友人は茫然とそれを見つめていた。

    『僕が狩猟を続ける理由はいろいろあるが、そのうちの一つに自然界の生態系の中に入っていきたい、野生動物の仲間に交ぜてもらいたいという思いがある。』205頁

  • 数少ない日本の肉食獣としての誇りをだなぁ。日本人は生態系の頂点としてのノブレスオブリージュを失っていることが品格うんぬん。


     人って獣を恐れるけれど、人間といういきものは大型生物として、強者なんだよね。そこには誇りがあるべきなのに、あまりに群れて多いから良さ薄弱なんだよね。

     脱ゆとり。

     それは生態系レベルでの脱ゆとりを目指すべきである。

     そう思った本。

  • 『ぼくは猟師になった』や千松さんのトークが面白かったので手に取った。
    今作は、もとは連載モノなのでやや話が断続的だったが、心に残るフレーズや指摘が多い。
    一見、一服の清涼剤的な一冊かと思いきや、出典を丁寧に整理しつつ自らの考えもふんだんに添えて、力のこもった作品なのかもしれない。

    林業・狩猟にかかわる政策についてとか、生物の生態や過去における人との付き合い方についての話は、それはそれで面白い。また、ヌートリアやハクビシン、カモといった関心ある生き物の生態等についてもまとめられていて勉強になった。
    でもやっぱり、ワナにかかった獲物にとどめをさすときに脳裏に浮かぶという思い・感情(「気持ちのゆらぎ」)は、それにもまして印象的。
    愛着をもっていたニワトリをキツネにくわえられて持ち去られたシーンで子供が号泣したという話、あるいはサルさえもいなくなると寂しいという話もそう。

    また、原発による汚染には言及しつつも、「反原発」への違和感を唱えているのには説得力がある。いわく、都市偏重のライフスタイル(あたかも「都市に汚染が影響することだけがいやだ」といわんばかりの)自体問題だ、と。

    現地で考えた環境倫理、といった風な良書。

  • 漁師という仕事の内容も知ることが出来るし、「生き方論」の本としても素晴らしい。千松さんの本はこれで2冊読んだが、すごいファンになってしまった。

    〈本から〉
    シカが増えれば寄生するマダニやヤマビルが増えるのも当然で、人への被害の増加につながっていく。

    マダニは日本紅斑熱、ライム病などの病原菌を媒介するので、噛まれたときの処置を誤るとやっかいだ。噛まれたら、まず決してマダニの腹部をつままないこと。マダニの体液が血管に入ってしまう。無理に引っ張ると皮膚内に口器が残ってしまうので、口器を刺抜きなどでつまんで回すようにして抜くのが良い。漁師の間では反時計回りに回すととれやすいとよく言われるが真偽は不明だ。心配なら皮膚科を受診するのが無難だろう。

    イノシシは鼻でいろいろ探ってから行動する習性があるので、普通ならたいてい電気ショックを受ける。逆に全身を剛毛で覆われているイノシシは、鼻さえふれなければ、電気柵の威力はほとんどないと言っていい。

    現代では「シシ」と言うとイノシシを指すのが一般的だが、江戸時代以前は大型の四足動物の総称として使われていた。シカはカノシシ、カモシカはアオシシなどと呼ばれ、クマもシシに含める地域もあったようだ。

    野口雨情が作詞した童謡「七つの子」を知らない人はいないだろう。かつて人里で多く見られたのはハシボソガラスだ。この童謡のモデルになっていると言われることが多い。ただ、ハシブトが澄んだ声で「カァー、カァー」と鳴くのに対し、ハシボソは濁った、「ガァー、ガァー」であることから、歌詞のイメージに合うのはハシブトだという異論もある。

    イノシシにしても昆虫にしても、自然界の生き物は本当に律儀に自分たちの習性に沿った生き方を貫いている。そんな生き物を相手にするには闇雲に捕獲したり、殺虫剤に頼るのではなく、習性を理解したうえで対応する必要がある。自分の周りにいろんな生き物が生活していることを知り、自分の暮らしを見直していくことが自然のそばで暮らすということだろう。

    人間だけが汚染を必死で退け、安全だ健康だなんて言って長生きを目指すのは本当に「地球にやさしいエコな暮らし」なんだろうか。

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著者プロフィール

1974年兵庫生まれ、京都在住、猟師。京都大学文学部在学中の2001年に甲種狩猟免許(現わな・網免許)を取得した。伝統のくくりわな、無双網の技術を先輩猟師から引き継ぎ、運送業のかたわら猟を行っている。鉄砲は持っていない。08年に『ぼくは猟師になった』(リトルモア)を出版(現在・新潮文庫)。twitterアカウント = @ssenmatsu

「2015年 『けもの道の歩き方』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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