映画そして落語

著者 :
  • ワイズ出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784898301135

感想・レビュー・書評

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  • 前作『映画 この話したっけ』(ワイズ出版)のあとがきでちらっと触れていたので、いつか落語の話が出るかな、と思っていたが、その予感があたった。映画通で、映写技術に詳しく、アニメーションに堪能という著者は、技術的なところでの不手際を嫌う。時には、試写室で、また誌面で、その不備について苦言を呈することもある。あの淀川さんには「あんた、あまり悪いこと書いたらいかんよ」と、やんわりたしなめられたことがあるくらいだ。

    人柄というものがある。指摘したってよくならないのは分かっていても放っておけない性格の人なのだろう。前作に収められている「『ニュー・シネマ・パラダイス』における映写室の描き方など」は、その白眉である。運ばれているフィルムの缶の大きさから見て、映写室に一台の映写機しか見あたらない不自然さを指摘しているのだが、映画の世界を描くのなら、そういう点こそしっかり描いて見せてほしいという主張は、よく分かる。世評に高い映画だったらなおさらだ。

    映画を愛する人に多いのだが、映画を愛するあまりTVをまったく顧みない人がいる。著者はちがう。山田太一好きは、よく知っていたのだが、この本の中では『ER 緊急救命室』と、グラナダTV制作の二作を取り上げている。『ER』については、今さら言うまでもないが、放映が始まった頃は、そのこみ入った人間関係と、それにも拘わらずテンポよく進んでいく演出に舌を巻いた記憶がある。確かに、映画というだけで、つまらない作品が、その数倍はおもしろいTV作品より評価される世情というものがある。しかし、海外のTVはムービー・フィルムを使って劇場用映画と同じ方法で撮られている。本質的な差はないのだ。

    グラナダTVの二作については、その内容が詳しく紹介されている。その内の一本『心理探偵フィッツ』の筋たるや、すごいもので、よくこれがTVで放映されるものだと思うほどだが、一度見てみたいと思った。筆者のブラック・ユーモア好みがよく分かる選択である。木下恵介監督についても、世評とは違う「シニカルな才気」という側面を明るみに出すなど、一筋縄ではいかない評者である。

    もう一つの話題である落語は、笑福亭福笑の「憧れの甲子園」という、皮肉というか危険なまでに攻撃的なギャグ満載の落語と桂枝雀論という選択。特に枝雀について、彼の藝の変遷を語る部分は力が入っている。古今亭志ん朝の訃報を聞いたとき、「よもや自殺では」と疑ったほど、噺家の自殺が続いた。人を笑わすことにかける噺家の執念は己の心を食い破ってしまうのだろうか。枝雀の派手な話しぶりは、ちょっと苦手だった。あれが、鬱から逃れようとする必死の藝風だったと知り、辛かった。

    専門のアニメーションについては『トムとジェリー』の全作品解説が必読。使われているギャグの解説を読んでいるだけで、目の前に二人の姿が浮かび上がってくる。映画に使われているギャグがその多くをカートゥーンに負っているのがよく分かった。「あとがきに代えて」では、自作、引用を交え多くの警句が書き上げられている。著者の考え方や生き方が自ずと分かるという憎いしかけ。その中から一つ気に入ったのを抜き出して終わることにしよう。

    <世の中はこうなって行くだろう>と言うと、そう望んでいるのだと思いこむ人が実に多い。とんでもない。深く絶望しているだけです。 

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著者プロフィール

1933年愛知県生まれ。南山大学中退。1956年~79年まで尾西市役所に勤務。並行して執筆活動をはじめ、58年『映画評論』誌に映画評を発表。同誌にアニメーション映画論『動画映画の系譜』を分載し注目を集める。
66年に『アニメーション入門』(美術出版社)を上梓。おもな著書に『アニメーションのギャグ世界』(奇想天外社)――のち『定本 アニメーションのギャグ世界』(アスペクト)、『シネマ博物誌』『アラウンド・ザ・ムービー』(平凡社)、『映画この話したっけ』、『映画そして落語』 (ワイズ出版)がある。
毎日映画コンクール選考委員(大藤信郎賞、アニメーション賞)、文化庁メディア芸術祭審査員(アニメーション部門)などを勤めた。

「2016年 『森卓也のコラム・クロニクル1979-2009』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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