統合幕僚長 我がリーダーの心得

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  • ワック
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  • Amazon.co.jp ・本 (280ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784898314944

感想・レビュー・書評

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  • 〇学んだこと
    1.自分の力ではどうしようもないことは確かにある。しかし、諦めず前向きに進めば道は開ける。
    2.米軍では、将官の多くが修士・博士号を取得。
    ⇒視野を広げる・見識を深めるためにも、人材を囲い込まず、組織外に出向させるこことは重要。
    3.米軍のダメージアプローチの考え方(最悪から0に向かう)・危機管理の態勢はシンプル・トップの顔を見せる
    ⇒危機管理の考え方を学ぶことができた
    4.指揮官の覚悟(組織に対して目標を明確に示す・目標を達成する強い意志を持つ・結果に対して責任をとる)
    5.指揮官は常に上機嫌であるように努める

  • リーダーの心得だけでなく、ここ30年ほどの海上自衛隊の歴史のような感じで、様々なビッグイベントについて自身の関わりについて述べている。裏話的な実際も。その中で著者の海上武人としての気概が感じられ、時に涙腺が緩むこともあるほど、不思議な感動があった。

  • 私が小学生に戻れたら読書感想文を書きたい本。
    自衛隊の統合幕僚長を4年半務められた河野克俊の自伝書。9.11、北朝鮮のミサイル、東日本大震災、イージス艦事故などのインシデントを事例に、ご自身の決断、対応、危機管理をどう改善してきたのか書かれている。
    日本の自衛システムに関する理解を深められるのに加えて、(国内外の)政治が自衛に及ぼす影響についても考えられる機会をくれる著書。
    構成が素晴らしく、読みやすい。

  • コミュニケーションの上手な人だったのだなということが文章から伝わってくる。河野氏のリーダー論として、①目標を明確に示す、②目標達成の強い意志を持つ、③結果に対して責任を取るということ。90年代に艦艇の空母化について米側から中国を刺激するとの反応があったというエピソードは隔世の感があり興味深い。

  • 自衛隊の立場がよくわかる

  • 第二次北朝鮮核危機の間、定年を延長されて統合幕僚長を4年6ヶ月にわたって務められた河野前統合幕僚長の自伝。
    また、なだしお事故、あたご事故、おおすみ事故についても、その時々の海上自衛隊の対応の変化について、自らの職務として関わっている。
    中国による火器管制レーダー照射事件、韓国による軍艦旗拒否事件、韓国による火器管制レーダー照射事件についても当事者である。

  • 書名のとおり、トップの考え方、危機管理、統率力などについてを期待したが、経歴的な色合いが強かった。

  •  
    ── 河野 克俊《統合幕僚長 我がリーダーの心得 20200908 ワック》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4898314945
     
     我がリーダーの心得 → Knowledge of my leader → 私のリーダーの知識
    https://translate.google.co.jp/(原題 → 英訳 → 戻訳)
     
     Kawano, Katsutoshi 統合幕僚長 5 19541128 神奈川 /函館生
    /1977-2019 自衛官/海上幕僚長31-32“ドラえもん”
    ……【虎ノ門ニュース 20190516 DHC】♀有本 香+居島 一平
     
    …… 大阪府立春日丘高校3年(1972 秋)父の影響で防衛大学校(防大)
    を受験するも不合格、受験浪人を覚悟していたところ、19730401 補欠
    合格の電報が届き 0404 着校(Wikipedia)。
     
    >>
    ※見出しのみ(全文はソース元参照)
     
    ■安倍総理とは同学年だった
    ■統幕長と総理の関係性とは?
    ■「自衛隊と政治の距離」は確かに近づいた
     
    ■「日韓新時代の幕開け」を感じた瞬間
     
    …… 統合幕僚長の在任中は、特に日韓問題が浮上することが多かった
    と思います。国際観艦式での旭日旗拒否問題や、韓国海軍によるレーダー
    照射問題などもありましたが、韓国との関係についてはどのように見て
    いらっしゃいましたか。
     
    河野 そもそも私が自衛隊に入った70年代後半から80年代にかけて、韓
    国側が歴史問題を強調していた影響で、日韓の防衛交流のハードルはも
    のすごく高かったんです。それが90年代ぐらいから、とくに韓国海軍と
    海上自衛隊の防衛交流が始まりだした。今から振り返ってみると、日本
    の海上自衛隊はP3Cとかイージス艦、潜水艦を持っているじゃないです
    か。当時の韓国海軍は、まさにそれらを導入しようとしていた時期なん
    ですよ。だから、そういうノウハウを教えてもらおうというのが動機と
    して、韓国側にはあったんだと思うんです。
     
     そして1996年に、日本の練習艦隊が初めて、自衛艦旗をひるがえして
    韓国に入りました。これがもう、大歓迎されて。そのときに、あぁ、こ
    れは日韓新時代の幕開けだと。時代は変わったなと思って、非常に明る
    い未来を見たんです。でも、それがまた最近、文在寅さんもそうですけ
    ど、竹島に上陸された李明博さんの頃から、逆戻りしてきましたね。
     
     そういう流れの中でまず起きたのが、自衛艦旗拒否問題なんです。こ
    れは済州島で国際観艦式をやると招待状が来て、日本も韓国との関係は
    大事だからということで、自衛艦を派遣しようとしたんです。それでま
    さに出発する直前に、端的に言えば「自衛艦旗を揚げるな」と、こう来
    たんですよ。
     
    ■「韓国軍に対してものすごく不信感を持ちました」
     
    …… 軍旗に関して、河野さんは「私は仮に北朝鮮軍の旗であっても尊
    重する」と仰っていますね。
     
    河野 北朝鮮軍の軍旗も尊重しますし、韓国軍の軍旗も尊重します。こ
    れがマナーです。常識なんです。これを降ろしてこいなんて言ってきた
    わけですから、こんなことは断じて受け入れられないんですよ。これは
    ね、われわれの世界の感覚からいうと、もう無礼を通り越しているわけ
    です。
     
     軍というのは国益を担って、ある場面ではお互いに戦う。ただ、そこ
    いらの喧嘩とは違って、別に軍同士が憎しみ合って戦うわけじゃないん
    です。お互いに国益を担っている、大いなる使命を担っているという共
    有感がある。だから軍同士は互いに尊重し合うわけですよ。それを象徴
    しているのが旗であり、軍はお互い旗の下に戦うわけなんです。だから、
    相手の軍旗を尊重するというのは軍における常識であり、紳士協定であ
    り、マナーです。おそらく、文在寅政権の青瓦台がこんな指示を出した
    んだと思いますけどね。
     
    …… さすがに海軍軍人が考えたことではないだろうと。
     
    河野 そう思います。しかし結果として、軍もそれに従ったわけですよ
    ね。体を張って止めていないわけです。こんな非常識なことをね。だか
    ら私は正直申し上げて、韓国軍に対してものすごく不信感を持ちました
    ね。
     
    ※見出しのみ(全文はソース元参照)
     
    ■自衛隊における“軍歌”の存在
    ■石破茂氏の対応に「全身の力が抜けた」理由
    ■今も自衛官から人気がないのは事実
    ■昭和20年で線を引く人と引かない人
    ■戦後初めての命題を突きつけられた湾岸戦争
    ■阪神淡路大震災はまだ“過渡期”だった
     
    https://bunshun.jp/articles/-/42206
     前スレ【日韓】「韓国軍は無礼を通り越していた」前自衛隊トップが
    明かす 前統合幕僚長・河野 克俊さんインタビュー★2[1226] [Ikh★]
    https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1608980800/
    <<
     
    (20201227)
     

  • 自衛隊の内部や裏側を少しでも知ることが出来て大変参考になった。平和がベストで戦争体験者は絶対に戦争の過ちは繰り返したくないと強く願っていると思うと同時にそのために全てが対話で解決出来ないかもしれない場合の備えというものは必要に思う。

  • 前統合幕僚長 河野克俊氏の自伝。河野氏が歩んでこられた経歴と考え方が、よくわかった。興味深い。

    「(木村昌福(まさとみ)中将)木村中将は海軍兵学校を出ているが、卒業成績は118人中107番で、海軍省や軍令部での勤務はなく、ほとんど第一線で勤務した生粋の船乗りだ」p10
    「(自衛隊派遣に反対する人たちが好んで使った合言葉)「いつか来た道」「蟻の一穴」「軍靴の足音が聞こえる」」p68
    「(輸送艦おおすみ建造計画による空母疑惑)将来的にはスキー・ジャンプのような甲板を取り付けて空母に改造するつもりではないかというのである。驚くべきことにこれを言ってきたのは、ソ連でもなければ中国でもない、米国だった」p99
    「ハリス米太平洋軍司令官からあなたのカウンターパートはワシントンの統合参謀本部議長であり、真の意味で太平洋軍司令官のカウンターパートが自衛隊にはいないと言われたことがある」p148
    「後年、海上幕僚長、統合幕僚長となり定例の記者会見を行うことになったが、絶対笑わないことを心掛けた」p161
    「(読書の大切さ)読解力イコール論理的思考力と言っていい。そのために私はいわゆる飛ばし読みはしない」p168
    「(徳川家康)堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。勝つことばかり知って負くることを知らざれば害その身にいたる。おのれを責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるにまさるものぞ」p169
    「「即応体制=オフの人間が絶対必要」。頑張りすぎる日本人に対しては、この点をあえて強調しなければいけないと思っている。ある意味、即応体制とは余裕しゃくしゃくでやらなければならないものだ。そうでなければ「いざ、鎌倉」に対応できず、その前に倒れてしまうことになりかねない」p185
    「中村勘三郎さんは現代演劇人と新作歌舞伎を創造したり、野外に建てた仮設劇場「平成中村座」で斬新な演出を試みたりと、新歌舞伎界に新風を吹き込んできた。そこで、記者が「目指すのは伝統と革新ですか?」と尋ねたところ勘三郎さんはすぐさま「伝統と、もっと伝統です」ときっぱりと答えたそうである。明治期人気を博していた川上音二郎の新作に脅威を感じた九代目市川團十郎が取った選択も伝統回帰だ」p202
    「大事なのは、何が任せられて、何が任せられないのかを判断する能力だ」p226
    「(仕事のモットー)「資料は少なく」「会議は短く」「電話も短く」」p227
    「(リーダーシップ論)1)組織に対して目標を明確に示す。2)その目標を達成する強い意志を持つ。3)結果に対して責任を取る。」p228
    「(自衛隊違憲論)今の違憲論は「自衛隊は違憲である。しかし、国民がいらないというまで働いてもらう」である。または「自衛隊に違憲の烙印を押し続けることによって、自衛隊の行動を抑制する」である。これらの理屈に対しての私が持つ印象は、憲法軽視である。違憲とはそんなに軽いのかと思う。違憲論は、現実との狭間で既に論理破綻をきたしている」p241

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