- Amazon.co.jp ・本 (174ページ)
- / ISBN・EAN: 9784900456594
感想・レビュー・書評
-
マルセル・シュウォッブという作家はすばらしき書き手である。
日本語版として読むとき、それは、訳者の多田智満子さんの名訳に負うところも多いのだが、本書 『少年十字軍』は、シュウォッブの魅力を十二分に味わうことができる書物だと思う。
本書は、多田さんが選んで訳出したシュウォッブの短編集だが、37歳で亡くなったマルセル・シュウォッブが若い時期に発表している作品群である。
シュウォッブは、19世紀フランスのユダヤ家系に生まれ幼年期をナントで過ごしたあと、パリに出た。
シュウォッブは非常に優秀な人物であったようで、その形跡は作品にさりげなく散りばめられている。
材を歴史的史実や各国の人物から取り、見たこともないような美しい薄絹が風に舞いながらさまざまな色彩を織り成すように、シュウォッブの言葉が優雅に幻想的に紙面に舞う。悲愴は人間的なまなざしによって描かれ、恐怖は慄然と訪れる。
『ミイラづくりの女たち』という短編をさきほど読んだが、短編集をいくつか読むと、似通った恐怖を感じるプロットのものもあるし、一方、鏡花の描く世界のように幻想的なものもある。
短命の作家は、生前、手術を5回したというが、死や病に対する興味が身近だったのか、らい病、ペストなども題材にしている。
『黄金仮面の王』は、黄金の仮面をつけ、自らの顔を見たことがない王が、仮面をはずし、らい病によって崩れ果てた顔をみて、我が手で我が目を潰し盲目の王となりみじめなる者の町へ向う。
出会った若い娘に清らかな心を残し王は死ぬが、その亡骸には業病のあとは何もみられなかった。
仏陀の伝記を読んで着想を得たというが、エルサレム王国の若き国王ボードゥアン四世のことを私は思い出してしまった。
この物語は アナトール・フランスへ と書かれている。
のちにノーベル賞作家となるアナトール・フランスよりシュウォッブは20年以上も後に生まれたにもかかわらずアナトールよりずいぶん前に亡くなってしまった。アナトール・フランスもシュウォッブの死を悼んだことだろう。
表題の『少年十字軍』は、
少年十字軍とは、13世紀初頭にフランスやドイツで自然発生した聖地巡礼をめざす少年少女の集団で、その史実に基づきつつ、托鉢僧、らい病患者、教皇、子供たちなどに言葉を語らせる方法を用いる。
少年十字軍という奇異なる社会現象を多角的に光を当て、その暗い末期も暗示する見事な構成である。
マルセル・シュウォッブという作家は、確かなものを幻想的に描くことができる作家であると同時に、悲しく切ない無垢な感情をより切なく描ききる作家だと感じる。
マルセル・シュウォッブの生み出す恐怖は背筋の凍るような恐怖であり、作家の知識の深さは小説の厚み深みを増し、短編ながら印象的な作品群を有している。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
短編集。表題作は、十字軍に加わった少年少女たちのほか、法王やホームレスなどさまざまな立場の人の独白で構成されていて、最終的に彼らの運命が浮かび上がってくる。『ハーメルンの笛吹き男』を読んだときに、子供たちの失踪は少年十字軍への参加という一説を知って面白いなと思ったのだけど、本作でもハーメルンの事件について言及されていて、オッと思った(ただし解説にもあったように時代的にはアナクロニズム)他の作品では、「黄金仮面の王」が好みでした。
※収録
黄金仮面の王/大地炎上/ペスト/眠れる都市/〇八一号列車/リリス/阿片の扉/卵物語/少年十字軍 -
言葉のつらなりが喚起するイメージに包まれるような読書になった。あつみがあって古いものの匂いがするイメージ。昔の映画のようにどこか角が取れてぼんやりしている感じもしたが、この既知の感覚は、シュウォッブが後の幻想小説作家に影響を与えた証拠なのだろう。
「黄金仮面の王」「〇八一列車」「卵物語」はどこかで読んだような感じがせず、新鮮に面白かった。「〇八一列車」ではブッツァーティを思い出した。止まらない列車、とりかえせない不幸のイメージ。 -
書物を開いて活字を目にしたとたん囚われた。イノチあるもの、カタチあるものはいつか必ず朽ちゆく。朽ちゆきながら放たれるエナジーを掬いあげよう。純度を失わないうちに。そして神話となる。19世紀末に還元された西洋の神話が(=シュウォッブ)時空を巡り、20世紀末に極東の地に下りて言霊となり(=多田智満子)再び息を吐く。遠い落日の黄金の炎と死にゆく都市の幻影をみた。目蓋の裏に焼き付いて、そのまま静止している。
-
すとんとした、語り過ぎない終わり方が好きだ。
原文がそうなのか、訳者の力量によるのか、文章が格調高いあまり、読みやすいばかりの小説に慣れている身にはやや読みづらく感じることもあった。
が、それは単に時間がかかるというだけであって、面白くないというわけでは決してない。まさか!
どこかおとぎ話のような空気と、詩情あふれる文体。
読んでよかった。 -
訳者あとがきにもあるように、短編小説というよりは、詩(散文詩)のように、一文一文、一語一語まさに珠玉。訳に恵まれたともいえる。絶妙に折り込みながら(「やがてある悪しき欲望が王の心に這いこんだ。」[p11]など詳しく説明しない省略。詩的)、深い余韻を伴うストーリーテリング。「少年十字軍」はさまざまな人々が語る体であったり、それぞれの物語が背伸びをせず、飽きさせず、再読に耐える。寓話のような形をとって王様や歴史的な事柄を扱うのでシュウォッブは古い作家だと思っていたら、19世紀終わりに37歳の若さで死んだ流星。
<時間をあけて、再読したい。切れのある美しい文章と、イメージ。でも切れすぎてひっかからないので、スラスラ読めてしまう。短編集。「少年十字軍」の子供の独白?、「リリス」「眠れる都市」などが特によかった。> -
短編集。
平易な文章なのに詩みたいに綺麗で残酷。
表題作の純真であるが故の結末の哀しさが痛いです。 -
格調高い翻訳の、美麗で幻想的な寓話集。色のイメージが鮮烈だった。
-
完成度の高い散文詩のような短編集。題材はペスト、阿片、黙示録、黄金仮面を被った王の物語と多岐に渡ります。シュウォッブの紡ぎ出す世界は悲劇的ですが、寓話さながら、まるで遠い世界のできごとのような印象を持っています。表題作の「少年十字軍」は章ごとに様々な人の目に写る少年十字軍を語ります。子供たちの無垢な魂と悲劇的な結末に退廃の香りを留める一編です