ペリー艦隊日本遠征記 上

制作 : 加藤 祐三  伊藤 久子  オフィス宮崎 
  • 万来舎
4.33
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本棚登録 : 16
レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (601ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784901221344

作品紹介・あらすじ

開国の雷鳴、黒船来航す!大西洋を横断し、喜望峰をまわる大航海の末、ペリーが到着した日本は、激動する国際情勢の情報を着々と収集しつつあった…。日本は武力で対抗してくるのか、それとも交渉のテーブルに着くのか。水深が不明の江戸湾内に入ることはできず、艦砲射撃は封じられたまま。十分な食料もなく、長期の交渉は不利であることを熟知していたペリーがとった方策は、そして日本の交渉戦術は…。新しい国際政治のうねりが高まる幕末、現代日本の姿を決定した大事件のドキュメンタリーが新しい翻訳で登場。

感想・レビュー・書評

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  • 歴史は70年周期で大きな変革期を迎えるという。
    70年前は太平洋戦争。140年前は明治維新。
    戦争は想定しにくいので、幕末の日本人が変革にどう対応したのか知りたい、それも外国人の視点で。日本人の強みは日本人には分からない。そう思い読みました。

    この本は、米国側から書かれた記録なので、日本を絶賛したりはしない。
    極めて冷静に淡々と書かれた中で、それでも日本人を褒める部分は日本人の本質なんだろうと思う。

    「奉行と通訳たちはいつものように優雅で礼儀正しく、一歩ごとにお辞儀をしながら、愛想は良いが威厳ある容儀で、微笑みながら艦を去っていった。… わが士官たちとの交歓の際に示した磨きぬかれた丁重さも、明らかにその場限りの見せかけではなかった。なぜならば、それは彼らの習性になっており、日常の交際でも同じ荘重な礼節を保っているからである。」


    植民地でもなく、敗戦条約でもない、世界史上初の交渉条約締結に至るペリー側の記録。
    日本人はなぜポルトガル人に憎しみをいだきキリシタン弾圧に至ったのか。
    なぜ鎖国政策を破り、初めに米国を選んだのか。

    面白いです!

  • 開港150年を期して、最新訳の「ぺりー艦隊日本遠征記」が出版された。上下2巻、合計6,300円

    函館の開港は1859年、その開港の端緒となったのがその5年前に来航したペリー艦隊との間で結ばれた「日米和親条約」(下田・箱館)であったことは有名な史実。
    通商上の開港はさらに5年後に結ばれた「日米通商航海条約」による。

    そのペリーは2回目の来航時、54年春に、新たに開港場に指定された下田に次いで、箱館にも町の検分に訪れている。

    ペリー艦隊の出発から帰国までの全てを記録した大部の報告書は、米国議会の予算で1856年には刊行され、世界中の反響をよんだ。全3巻、うち航海の記録は1巻、他2巻はは星座や動植物の記録、図版、地図などを収める。

    歴史著述家Hawksに編集を一切任せたことで、報告書特有の官僚臭があまりなく、客観的でありながら結構読みやすいものに仕上がったといえる。かなりの反響があって、急遽増刷したといわれるが、当時の欧米諸国での日本への関心の高さもうかがえる。

    なにしろ版型も大きく、膨大な書物なので、その全体像が邦訳の形で日本で刊行されることは久しくなかった。それでも第一巻のみの邦訳は、全訳が,雄松堂版,岩波【文庫)版などで刊行されている他に簡約版が多数出ている。

    1997年にはオフィス宮崎の編・訳(今回と同じ)が、原著と同じ版型で、全三巻の「完全版」を発行。学術的には大変貴重なものだが、なにしろ価格が高く(セットで15万円)、個人での購入には躊躇せざるをえなかった。

    今回発行された「ペリー艦隊日本遠征記」は、この「完全版」のうちの第一巻の報告部分を版型を縮小(4X6版)して2巻構成としたもの。図版・地図はサイズこそ縮小だが全部収録しているという。価格も2冊で6,300円とかなり買いやすくなった。


    既刊の短所を補いつつ本格的にして親しみやすい、普及版。

    箱館は下巻の23章から出てくる。函館港、函館山、寺院(称名寺?)、弁天の坂(船見坂?)など、市内随所の描画も多数収録されている。

    パンフレットに「横浜開港150周年を記念して」出版とあるのは、函館市民としてはちと悔しいところだが、この機会に函館におけるぺりー艦隊の活動を知ることも意義があるだろう。
    150年前の箱館でぺりー一行が何を感じ、どう行動したか、読み物としてみ一級の出来。

  • とても貴重な史料であると思う。
    丁寧に細密に書かれている。

    日本人としては、どうしても上から目線にいらっとすることもあるし
    横暴であるなと感じるペリー提督の行為ではある。
    また、飽く迄アメリカ側の目線であり、真偽不明のところがある。

    スパイ政府と日本が呼ばれているのが意外に感じるし
    オランダ人が自分たちの利益の為にイギリス人を悪く言うなど
    当時の世界情勢、各国の力関係なども理解できる。

    フェートン号事件のくだりを読んでいて、
    当時の役人の国防に対する目線、
    失敗したら達しが来る前に自決をしてしまう責任感、判断力に
    思わず現代の日本の政治家や国民と比較してしまい、溜息がでる。
    決意の上で仕事につくということが、普通ではない現代だ。

    祖国がなくなっても日本の出島で翻っていたオランダ国旗。
    小さなオランダ。不思議な因果。
    そんな偶然のような必然で、歴史が形作られている。

    繰り返し出てくるのは、日本人に対する
    勇敢、誇り高い、寛容、気高い、勤勉、器用といった言葉たち。

    教科書ではたった数行、武力に屈したとかペリーのお蔭といった書き方もあるが
    この遠征記から感じ取れるのはそんなことではない。
    実際ペリーから大統領の親書を受け取る際にも
    押し負けてばかりではなかった日本人のしたたかさを感じる。

    日本人としての誇りを思い出せ。
    改めてそう思わずにはいられない事実である。

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