アウシュヴィッツの残りのもの―アルシーヴと証人

制作 : 上村 忠男  広石 正和 
  • 月曜社
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レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (261ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784901477000

感想・レビュー・書評

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  • 既読のアウシュヴィッツを主題にした本とは全く違う視点。回教徒と呼ばれる人間の極限状態である閾に焦点を絞る考証は圧巻。「生き残って証言する者は証言しえないものについて証言している」というパラドックスに始まる考察はとても難しい。アルシーヴの定義なぞ全く理解できない。しかし、たとえ理解不十分でも引き付けられ感応してしまう。もっと知りたいという知識欲を促してくる。アウシュヴィッツに行きついてしまった政治のあり方、人間のあり方を考える切欠になるよう、諦めず読むことで理解を深めていきたい。真摯で力ある書物に出会えた。

  • アウシュビッツは人が死ぬのではなく、死体が生産された。
    ユダヤ人たちはユダヤ人として死ぬのではなく、回教徒として死ぬのだと思っていたのだろう。

  • p.86迄(6/7)

  • 個人的な読書歴からか、解りやすかった。
    各章を通じてこの本全体の根底に流れるテーマは、証言すること、人間であること(つまり人間でない(=回教徒であること))、自分自身から逃走すること(恥ずかしさから逃れること)、エノンセを形成/変形すること(アルシーヴ)の不可能性、両義性、エチカ、そして、その絶えざる運動。デリダっぽい(でも、デリダもこういう反生命的な使い方は戒めていたハズだけど)。勇気が湧くというよりは気が滅入る。

    フーコーの生政治(主権)についての箇所は、短かったし読んでて理解が心許なかったけど、『ホモ・サケル』がメインで、ここでは少し述べられているだけだった。まぁ、『ホモ・サケル』読んだら憂鬱がムカつきに変わったんだけど。

    まぁ、いろいろ言われていても、(ギリシャ・ローマばかりでうんざりだけど)インスピレーションが詰まっていることは認めるべきだと思う。

  • 記念すべき(になる予定)初アガンベン。もーすてきすぎる。おもしろーい!証言し得ないもの、ことこそ真の証言者である。われわれはかれらの話しかし得ない。恥の構造とか、はっとした。今迄自分がなぜアウシュヴィッツを気にしていたのか、言い当てられたような。語り得ない次元、気になる!まだよくわかんないけど!笑

  • 現代イタリアを代表する思想家アガンベンの主著の1つ。ネグリは好みじゃないけど、アガンベンは好み。現象学的書き方を継承しているし、扇動的ではなく冷静だから。

    アウシュヴィッツ収容所で、ユダヤ人の収容者たちの間に「回教徒」と呼ばれる人たちがいた。回教徒とは、収容者の中でもとりわけ疲弊しきって絶望している人、生きる意志をなくした人、話しかけても答えない、人間的なふるまいをしなくなった非人間の存在である。収容者たちは、彼らの様子が床に頭をこすりつけてお祈りする回教徒によく似ているから、「回教徒」と呼ぶようになったという(アウシュヴィッツ後のイスラエルとイスラム諸国の憎悪の歴史を知っている立場としては、大変示唆的な言葉)。

    回教徒は言葉を持たない。回教徒になったら、ガス室に送られる。ガス室に送られない為に、収容者たちは、回教徒でないように、人間のように振舞うことを自らに強いた。ガス室に送られた人は全員死んでいるから、ガス室での殺戮がどのようなものであったか、誰も証言できない。回教徒とはどのような存在か、実際回教徒であった人はガス室に送られて亡くなっているし、生き残ったわずかな人も当時のことを語ろうとしないから、回教徒とは何か、証言不能になる。

    アウシュヴィッツで見かけた回教徒について語る生存者は、回教徒の体験について代理で語っているようでいて、語れない。語ることができないけれど、語り継ごうとする。

    話す内容を持っている者は話す言葉を持っておらず、話すことのできる者は、話す内容を持っていないというのは、何もアウシュヴィッツに限った特別なことではないと、アガンベンは証明していく。

    最後に、アウシュヴィッツで回教徒だった人たちの証言が並べられる。回教徒本人による証言だ。回教徒は証言不可能だと書いてきたのに、これをのせていいんだろうかと思いながら読み始めると、書いてある内容がすさまじい。そして同時に、自分自身も人生の中で、回教徒だった瞬間があるんじゃないかと、思ったりした。自殺する人、肉体的にも精神的にも極度に疲弊している人、生きる意志を放棄した人は、みなアウシュヴィッツにおける回教徒の状態になる。

  • アガンベンは3〜4年ぶりの再読。
    私は読んだものをすぐさま忘れてしまって、記憶出来ない。
    自分の中に落ちてきたものを知ることだけ。
    だから自分の中にいろんなものが混じっている。
    だけど、今回はかなり文章が文章として残っていて驚く。

    ただ、ここにおいてさえも、漏れ出ているものがある。
    それが何かということを理解したいのに。

  • アガンベン最初の一冊

  • ¥105

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著者プロフィール

ジョルジョ・アガンベン(Giorgio Agamben)
1942年生まれ。美学者・哲学者。パリ国際哲学コレージュ、マチェラータ大学、ヴェローナ大学、ヴェネツィア建築大学などで教え、現在はズヴィッツェラ・イタリアーナ大学メンドリジオ建築アカデミーで教鞭をとる。
主な著書に、《ホモ・サケル》シリーズとして、I『ホモ・サケル』(1995年、邦訳:以文社)、II-1『例外状態』(2003年、邦訳:未來社)、II-2『スタシス』(2015年、邦訳:青土社)、II-3『言語活動の秘蹟』(2008年)、II-4『王国と栄光』(2007年、邦訳:青土社)、II-5『神の業』(2012年)、III『アウシュヴィッツの残りのもの』(1998年、邦訳:月曜社)、IV-1『いと高き貧しさ』(2011年、邦訳:みすず書房)、IV-2『身体の使用』(2014年、邦訳:みすず書房)。近著として、『哲学とはなにか』(2016年、邦訳:みすず書房)がある。

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