バートルビー―偶然性について [附]ハーマン・メルヴィル『バートルビー』

  • 月曜社
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  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784901477185

作品紹介・あらすじ

「する」ことも「しない」こともできる潜勢力とは何か。西洋哲学史におけるその概念的系譜に分け入り、メルヴィルの小説「バートルビー」(1853年)に忽然と現れた奇妙な主人公を、潜勢力によるあらゆる可能性の「全的回復者」として読み解く。小説の新訳を附す。

感想・レビュー・書評

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  • 「バートルビー」と言う論争が起こるほど(らしい)の短編の論文。「バートルビー」を読むためには何も知らない方が面白いが、この論文を読むためには紀元前やら近代から現代の哲学を学ばないと全くわかんなーい。
    なにを言っているのやら風呂の中の屁みたいな。

    翻訳者の訳でバートルビー全編の翻訳も載せられているが、その短編の前後にある論文と翻訳者の解説は、触れたことのない専門知識を要するのであっぱれなくらいに解らない。図書館で借りて本当に良かった。

    分からないけど読んだ。とにかく字面を追った。
    文章ってこんなにも分かんないと無ですね。バートルビーの決まり文句を哲学の視点から紐解いているのだろうが、哲学の考え方って本当に頭が柔らかすぎた向こう側にあるんだろうか…

    これで違う翻訳者のバートルビーを3種類読んだ。柴田先生の訳がやっぱり良い。

  • 「しないほうがいいのですが(I would prefer not to...)」、そうバートルビーは繰り返す。

    あらゆる依頼、申し出、勧告について、彼は執拗に言う。「しないほうがいいのですが」と。
    これは「否」でも「然り」でもない。そうしたあらゆる決定の中間である。

    なにもしない、ということは、同時になにをもしうる(=潜勢力)ということであり、「しないほうがいい」と可能性を留保することによって、あらゆる可能性が広がり残されることになる。

    このことを、日常生活レベルで捉えれば、たとえば極度の優柔不断やニートなどは、何かしらの選択を先延ばしにし、そのことによって可能性の拡がりを残していると考えられる。
    しかし、果たしてそれが本当に可能性を残すことになるかは、我々の身体の有限性ひとつを考慮するだけでも、十分に明らかなことであろう。

    高桑氏が引用しているドゥルーズは、バートルビーがAを「しないほうがいい」ということに固執することで、Bをするほうがいい「のではない」という状況に陥っていると指摘している。
    「彼は一方を拒まなければならなかったが、それによって他方は不可能になってしまった」(P.181)

    このジレンマこそが、なかなか可能性を留保したまま、現勢力へと移行できない理由である。

    なお、本書にはアガンベンの「バートルビー 偶然性について」と、メルヴィルの「バートルビー」、それから訳者でもある高桑和巳の「バートルビーの謎」が収録されている。

    「バートルビー」だけを読んでも大変面白いのだが(いじらしいバートルビー!)、アガンベンと高桑和巳の(しばしば難解ではある)文章を読むことによって、より一層理解が深まることであろう。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/719189

  • バードルビーの身になにがあったのかわからない。何を提案しても「しない方がいいのですが、、」と言うバードルビーに私が最終的に特別な感情を抱けなかったのは、これがフィクションだとわかっていたから、こんな人は存在し得ないと感じたのもあるし、本書にある次の通りの理由も、もしかしたらあるのかもしれない。
    「悲惨を目にしたりすると、ある点までは私たちの最良の情感が呼び覚まされるが、ある特別な事例では、その点を越えてしまって、そうもいかなくなる事がある。そんなことは人間の利己心のせいに決まっているなどと断言するのは間違っている。それはむしろ、いわば過剰な器質性の疾病を治そうとしてもどうすることもできないということによる。」

  • スランプになって書けなくなった作家を「バートルビー症候群」と言うらしい。その症候群名の元になったメルヴィル作の小説が「バートルビー」。法律家のもとで代筆をして働く青年・バートルビーは、何を言っても「○○をしないほうがいいのですが」という暖簾に腕押しの無気力さで押し通す。そしてその言葉ゆえに自分で自分を縛っていく。その一貫した言動は寓話的でもあり、哲学的でもある。メルヴィルって面白い小説を書くんだな。と初めて知った。
    巻頭のアガンベンの評論は、哲学と宗教の固有名詞が頻出でちんぷんかんぷんだからナナメ読みしたけど、それは読まずとも、メルヴィル作の「バートルビー」という、まるで現代にもいるようなひとりの青年についてのお話を読んでみるだけでも価値がある。

  • ¥105

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著者プロフィール

1942年生まれ。哲学者。マチェラータ大学、ヴェローナ大学、ヴェネツィア建築大学で教えた後、現在、ズヴィッツェラ・イタリアーナ大学メンドリジオ建築アカデミーで教鞭をとる。『ホモ・サケル』(以文社)、『例外状態』(未來社)、『スタシス』『王国と栄光』(共に青土社)、『アウシュヴィッツの残りのもの』(月曜社)、『いと高き貧しさ』『身体の使用』(共にみすず書房)など、著書多数。

「2019年 『オプス・デイ 任務の考古学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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