日本二千六百年史 新書版

著者 :
  • 毎日ワンズ
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レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (293ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784901622950

感想・レビュー・書評

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  • 最近(2018.2)日経新聞の広告欄で、戦前(昭和14年)に書かれた本が、当時検閲で削除された部分が復活して出版された、と宣伝されていたので興味を持ちました。

    本の中には、該当箇所に傍線が引いてありその部分はすぐにわかります。書かれた文体は少し古いので少々読みにくいところがありますが、傍線を探しながら読んだという感じです。

    私が最も印象に残ったのは、実は本の前半部分で、広告にも掲載されていた事ですが、日本の今の地名の多くは「アイヌ語」が含まれているとのこと。北海道に行ったときに、同じ漢字でありながら読めないものが多く、これはアイヌ語のせいだ、と理解していた覚えがありますが、北海道以外にもそのような名残があることに改めて気づきました。そういえば、どの地方でも駅の名称、地名等、漢字を習っていても読みにくいものが多いですね。

    この点について今後さらに学んでいきたい、という「きっかけ」を与えてくれたという点で、この本は記念すべきものになりました。

    以下は気になったポイントです。

    ・日本国民の天皇に対する関係は、その本質において父母に対する子女の関係と同一である、子女が父母に対して正しき関係を実現することが「孝」である、同様に日本国民が天皇に対して正しき関係を実現することが「忠」である。日本の天皇は、家族の父、部族の族長が共同生活体の自然の発達において国家の君主となり、もって今日に及べるが故である(p29)

    ・有史以前の太古において、日本はアジア大陸と同じく、南北二大勢力の争闘の舞台であった。南方の民は、今日の日本民族であり、北方の民はすなわち、アイヌ族である。初め日本は恐らくアイヌ民族の国土であった、この根拠は南は九州より北は奥羽に至るまで、日本の地名はほとんどアイヌ語らしき事である、日本語としては到底解釈し得ざる地名も、アイヌ語の転訛としてみると明らかなことが多い(p33)

    ・アイヌ人という勇武なる先住者をこの国土にもたなかったならば、南方民族(大和民族)に免れがたき文弱におちいり、今日のような国家建設ができなかったかもしれない。(p34)

    ・日本史は明らかに4期に分けられる、1)建国より大化革新、2)鎌倉幕府創立まで、3)徳川幕府の大政奉還、4)明治維新後(p47)
    ・室町幕府は、その外面組織は鎌倉時代と同一であるが、その政治を有効ならしめる統一力を欠いていた。(p143)

    ・江戸時代は、徳川氏を盟主と仰げる260余国からなる連邦の観があった、当時の大名の領土は、約20の大諸侯を除けば、大は数郡、小は半郡にも及ばない(p195)

    ・五番方と呼べる、大番・書院番・小姓組番・新番・小十人組、は将軍の親衛として江戸城を警護、書院番は駿府、大番は二条・大阪の在番も務めた(p196)

    ・領土の大小を問わず、各大名はみな独立対等であった、1万石の大名とは、1万石のコメを産する土地の君主の意味、収穫のうち30-40%をお蔵入りとして、君主の収入としていた。但し石高には表高、内高があり、名義上1万石でも実際は数万石の収穫(内高)が上がる土地もあった。表高は軍役高とも言い、100石につき3人の兵を雇う必要があった(p260)

    ・幕府創立当時には、1800万石、元禄時代に2600万石、天保時代に3000万石、徳川氏所領は、初期は400万石、末期は800万石(p261)

    ・フランス革命はナポレオンの専制、ロシア革命はレーニン及びスターリンの専制によりなりつつある、明治維新はその専制者を明治天皇にあてた(p276)

    ・旧来の調停直轄地、及び、幕府旧領地を分ちて、府・県とし、全国諸侯は、273を算し、9府20県と、273藩に分割した(p277)

    ・全国に8大学、256中学、5万3760小学の設立する計画を立てた(p281)

    2018年2月25日作成

著者プロフィール

1886年、山形県生まれ。戦前の代表的な思想家。1911年、東京帝国大学文科大学(印度哲学専攻)卒業。1915年、日本へ亡命してきたインド人ヘーラムバ・グプタと出会い、インド独立運動に従事。19年に満鉄入社、同社の東亜経済調査局、満鉄調査部に勤務。同年、北一輝、満川亀太郎らと猶存社を結成する。20年に拓殖大学教授に就任。25年、北、満川、西田税、安岡正篤らと行地社を結成。1932年、五・一五事件に関与したとして禁固5年の判決を受ける。37年に出所すると、日中戦争から日米戦争へと向かう時代のなかで、アジア主義、日本精神の復興を訴え、世論に大きな影響を与えた。日本思想界の象徴であり、その影響力の大きさから、戦後、その著作の多くがGHQによって発禁とされた。また、東条英機らとともにA級戦犯として起訴されるが、精神疾患を理由に不起訴となる。晩年はコーランの全文翻訳を成し遂げ、日本のイスラム研究に大いに貢献した。1957年に死去。著書に『宗教の本質』『日本文明史』『日本二千六百年史』など多数。

「2018年 『大東亜秩序建設/新亜細亜小論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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