タウトが撮ったニッポン

制作 : 酒井 道夫  沢 良子 
  • 武蔵野美術大学出版局
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レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (155ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784901631754

感想・レビュー・書評

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  • ★★★★☆
    建築家が見た昭和初期の日本。
    観光客向けの写真ではない、ビジターの視線が新鮮。
    ハチ公の生前の姿もおさめられています。
    この時期も着物姿が普通に見られたのね!
    (まっきー)

  • ドイツ人ブルーノ・タウトは桂離宮や日本のモダニズム建築などを世界に紹介した建築家だ。

    同書はタウトが滞在中、撮った写真と日記で構成。桂離宮からスラム街まで130点。興味の赴くままに撮られて、面白い。しかし、「ヴェス単」と呼ばれるコンパクトカメラで撮られた写真はちょっとピンぼけどころか、かなりのピンぼけ。それはそれで味わい深い。

    タウトがどうして日本に来ることになったのか。

    ナチスが力を強めていくのに嫌気がさした彼は、活動拠点を海外に求めた。一方、一九三二年一月三十日に組閣を終えたヒトラー政権もとタウトを危険視した。

    友人から逮捕の危険が迫っていると聞かされ、自宅に戻ることさえできず、しばらく、友人宅にかくまってもらい、一九三三(昭和八)年三月初め、エリカ夫人とともにベルリンを出た。

    タウトは三〇年に日本インターナショナル建築会から招待状を受け取っており、いずれ来日するとの約束をしていた。奇しくも、亡命によって、その約束が果たされることになった。

    同建築会は一九二七(昭和二)年に結成された。発足当時のメンバーはウイーン帰りで京都に「上野建築事務所」を開設した上野伊三郎、京都高等工芸学校図案科教授の本野精吾、伊藤正文、東京朝日社屋の設計者である石本喜久治、中尾保、新名種夫。海外メンバーとして、タウト、エーリヒ・メンデルゾーン、ヨーゼフ・ホフマンらがいた。

    タウトはまずシュトゥットガルトに寄った。申告書も証明書類もなく、ホテルに泊まることもできなかった。建築家の友人の協力を得て、まずスイスへ行き、ドイツ大使館ではなく、日本大使館で旅券の発行を受けた。

    それから、パリ、マルセイユ、アテネ、イスタンブール、モスクワを経て、シベリア鉄道に乗り、ウラジオストックを経由し、五月三日に敦賀にたどり着いた。約二か月にも及ぶ旅である。

    翌四日は京都で、五三歳の誕生日を迎えた。誕生日は毎年、その土地で一番優れた建築を見学することにしていたタウトは迎えに来た上野伊三郎の勧めで桂離宮を見学し、深い感銘を受けた。

    以後、上京し、吉田鉄郎ら日本を代表する建築家と交流を持っている。写真とともに、メモ程度に残された日記には、タウトの当時の心境が書かれている。当時の外国人が日本をどう見ていたのかが分かる貴重な資料でもある。

  • 1933年から1936年の日本を訪れたタウトの目線。ピンぼけしている写真の数々。現代に生活している日本人にとってもなつかしさを飛び越えて、異国の地に訪れたような錯覚を覚える。純粋に面白い。

    いっぽうで各先生方の興味深い考察を読み、その時代の空気感とその後の時代の流れ、写真というメディアのまなざし、可能性についてあらためて考えさせられた。

  • ブルーノ・タウトが昭和初期、日本に滞在した折りに撮った写真アルバムからの選りすぐり。
    最初の「京都の町並み」の写真が近所に昔あった建物の感じによく似てて驚き。ちゅうか京都市内には今でもこんな街角あるな。75年ほど前って充分現代だから地続きなんだな。

  • 去年のブルーノ・タウト展は良かった。
    それを補足する上でも良質な1冊。

    そういえば沢先生のデザイン論の授業は面白かった。

  • タウトという人物についての特別の感情を持たない自分にとって、この写真と日記の描き出す世界は素直に面白い。ノスタルジアも感じないことはないけれど、この白黒の世界は自分の知っている日本ではなく何処か未知の国の風景を写し撮ったものであると言われたほうが、むしろしっくりとする。

    その思いは勿論時代の差という要素にも負うところがあるけれども、カメラの後ろに居る人物の持つ文化的背景の違いに因るところが大であると思う。本書の中で酒井道夫さんが述べていることだが、この写真が撮られた時代、カメラの普及も手伝って写真は撮影者の意思を反映し始めていたらしい。つまり、写真は無機質な記録という役割から、より個人の世界観に寄った記憶という役割へシフトしつつあったのだ。

    当然、建築家であるタウトがその機械を手にする時、写真は彼の思いを色濃く反映しているだろう。ピントずらし、決定的な瞬間もほんのわずかづつずらしながら。その意思が見慣れた風景を違った景色に変える。

    それにしても。
    この違和感は不可解さを生み、その解りそうで解らない感じがまた不思議な心地よさを生む。例えタウトの意識が過剰な日本趣味に偏っていたことを知っても、その思いは意外と変わらない。恐らく、時代の差、テクノロジーの差、そのような違いが彼のイデオロギーのようなものをフィルターに掛け、どこか見慣れたような風景を通して、写真の中に残された何か、それを敢えていうなら、彼が何かに対して惹かれた気持ちだけが、ぼんやりと存在して、見るものが開くであろう気持ちを待っているような感慨にとらわれる。

    しかし、と更に考え直す。
    実はそんな感傷的なことではないのだ。むしろフィルターに掛けられたのは、実は現代を生きる自分の偏見の方であった筈だ。ともすれば過去から積み上げた進歩を根拠に、過去の現在よりも下におき、そこに生きる人々をも見下しがちな自分の側にある偏見こそ、タウトの写真が最も明らかにしたものであったのかと思い至った。

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