ブッダの集中力―役立つ初期仏教法話9 (サンガ新書)

制作 : Alubomulle Sumanasara 
  • サンガ
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本棚登録 : 143
レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (217ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784901679961

作品紹介・あらすじ

すべての生き物には集中力があります。生きつづけるために、家族を守るために、なくてはならないものです。ところがそれは、自分の自由にならず、不安の原因にすらなってしまいます。また、集中力は感情によってもつくられます。欲や、怒りや、憎しみで生まれた集中力は、自分も、他人も、不幸にしていきます。では本当に役に立ち、誰もが幸せになる集中力とは、どういうものなのでしょうか。どうやって育てていけばよいのでしょうか。お釈迦さまが教えた集中力の秘密を、初期仏教の長老が詳しく紹介します。

感想・レビュー・書評

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  • ・昨日より今日のほうが善い人間になろう
    ・「集中力」=「楽しい」が、その楽しみはどのようなものか理性で確かめることが必要
    ・本の読み方:いろいろな角度から、自分の意見、人に教えるなら。
    ・「必要か」「必要でないか」
    ・感情的なもの、不必要なものに無関心になる
    ・理性を育てる

  • 「集中力」はいっけん良い意味になる。しかし危ない集中力がある。詐欺にあったりテレビショッピングで沢山買ってしまうなどは集中力を悪用した例だとされていた。また感情的に作られる集中力も良くないとのこと。能率や効率を気にする時点で集中力は途切れてしまう。つまりは結果を求めて集中するのではなく、楽しむことが必要だと書かれてあった。自分の集中は感情か理性かいったいどちらによるものだろう?

  • 上座部仏教の考える「集中力」の解説及び瞑想のすすめ。著者が外人なのでわかりずらい表現があるのと、「上座部仏教における人生の目的は悟ることだ」との最初の記述が私とはなじまなかった。しかし、上座部の考え方を知ることができたのは良かった。

  • 集中力があればいろんなことが可能になり、夢も叶うので、集中力は素晴らしいものです。でも悪用されると危険です。
    これには納得でしたが、中身はかなり的確に描写された内容で素晴らしかったです。

  • 『ブッダの集中力(アルボムッレ・スマナサーラ)』を読みました。

     先月の講演会のテーマでもあった“ブッダの集中力”です。講演会で購入して、スマナサーラ長老の直筆サイン入りの希少本?です。サインを貰ったのは、執着心そのものであり、長老に魂力の弱さを見抜かれてしまったような気がします...。

     さて内容ですが、集中力は“楽しい”ものと言うことです。しかしそれには、決して効率性を考えないことが条件となります。そして、我々が知っている“楽しみ”とは、対象や行為に依存して得られるものだそうです。なるほど、的を得ています。また、集中力を育てて得られた“楽しみ”は、ものすごくレベルの高い“楽しみ”のようです。目指すはその境地ですね。

     さらに「人は放っておくと不幸になる」法則や、理性と感情の話など...。そして神々の話、見返りのない善行を「いつも神々がこころを見ています」と思うことで、続けることができます。仏教にとって神々は、あくまで輪廻から抜けて出してない存在ですが、人間を超越した力を持っているのですね。

     いろいろ行動を変えさせてくれる内容が多く含まれていました。

     ありがとうございます。

    ★★★★

    以下、本書で共感した箇所です。

    ☆page.105

     苦しんでいる人々を助けてあげよう、平和活動をしよう、自然を守る運動をしよう、などの目的で必死になる人々がいます。人類によってよい結果を目指しているのですから、よいことに決まっています。しかし、そのよい気持ちが微妙に感情になるのです。感情になってしまうと、かむしゃらに運動したくなって、自分でも気づかないうちに攻撃態勢になったりもします。

    ☆page.106

     人が不幸になるのは、自然の法則なのです。非科学的にものごとを考える人は、不幸が自然法則だということを発見できずに、神様をもちだして不幸の理由などを考え、ありもしない物語を語ります。

    ☆page.120

     「悪が行われる前に先に滅ぼす」というのは、自分の妄想による行いです。

    ☆page.131

     人は、放っておくと不幸になる、それが自然法則です。

    ☆page.134

     能率を気にすると、集中力は減ってしまう。

    ☆page.141

     本を読んで、それが楽しいと感じたりします。いろいろな習い事に励んで、「いま習っているこれが、実に楽しい」などといいます。しかしそれらはすべて「なにかにひっかかって楽しい」ということなのです。つまり、みなさんが知っている「楽しみ」とは、対象や行為に依存して得られるものなのです。

    ☆page.155

     仕事をするにも、なんとか工夫して楽しみを見つけてやります。「なんだか楽しくなっていくなぁ」と感じたら、そう気づいた時点で、すぐになんとかして楽しみを見つけるよう、こころがけます。

    ☆page.174

     なにかに依存して、一時的に得られる精神的な安らぎを、仏教は高く評価しません。心理的な方法で高いレベルの「集中力」を身につけて、それからその「集中力」が失われる原因も理解して、つねに冷静でいられる方法が必要なのです。

    ☆page.177

     お釈迦さまの修行は、五欲で戯れて得られる楽しみとは比べものにならない、ものすごくレベルの高い「楽しみ」へ到達できる方法です。

    ☆page.179

     つまり、自分にとって必要なもの、自分を成長させるものなら、本当につまらないことであっても興味をもってやりこなすようにします。と同時に、すごく楽しいことであっても、自分のために必要でないものには無関心になります。この「関心」・「無関心」の使い分けが大切です。

    ☆page.193

     なにかを見たり、聞いたりしたときに、「ここに私はいない。あるのは色受想行識だけです」と、仏教の基本的な考え方で世の中をみて、それを頭の中で念じたりします。

    ☆page.194

     生きているうえで欲によぼれたり、怒り、嫉妬、憎しみに陥ったり、戦ったりするのは、気持ちとして「わが身は最高に清らかで、守らなくてはいけない」と思っているからです。

    ☆page.195

     「死の瞑想」は、「自分は瞬間、瞬間、死んでいるのだ。ほんの瞬間でも『私がいる』ということはないのだ。ただの死の過程だけだ。死、死、死の流れの中に生きているだけだ」と、徹底的に念じます。この瞑想によって、「私は死ぬはずはないのだ」という前提で生きている愚かな生き方から、「誰でも死に向かっているのだ」という現実的な生き方に変わります。事実ではない概念を前提にして生きている俗世間の人間にあるのは、混乱と悩み苦しみだけです。嘘の概念が事実に入れ替わったところで、こころはおのずから落ち着くのです。

    ☆page.199

     神々とは、善行為を行い、その結果、人間の次元より苦しみが少ない、楽しみが多い次元に生まれた生命のことです。その神々も善行為の力が尽きたところで亡くなります。

    ☆page.201

     「いつも神々がこころを見ています」と思うのは、いわば、こころをきれいに保つ工夫です。また、よい行いをあと押ししてくれます。やっても誰にも気づかれないような、なんの見返りのない善行でも、「神様はちゃんと見ていてくださる」と思うことができるからです。

     こころを清く保てれば、人はどんどんと幸福の道を進みます。こころが強くなります。悪行為はこころを乱すのです。

    ☆page.212

     私たちがいま味わっている「楽しみ」は本当に小さいもので、脳の中での微妙な微笑みくらいで終わっています。きちんと「集中力」を育てると、そんなものではないのです。喜びが巨大な湖になって、自分が小さな存在になってしまいます。

    ☆page.216

     なにが起きても動揺しないで冷静にいられること、冷静な判断ができること、こころが悩み苦しみに陥らないこと、つねに明るくいられることが、神秘体験を得るよりも、比較にならないほど優れた能力です。その能力は誰にでも身につけることができるのです。

  • この世で唯一「集中」の仕組みというものを解き明かし、発展させた学問がある。

    それは仏教である。

    集中とはそもそもどういう類の現象で、どのように作用するのか、細かく分類し、それを使い、コントロールする術を見つけ出すことに、仏教だけが成功した。仏教は集中力を本当の意味で扱える地上で唯一の学問であるといっても過言ではない。

    人の集中力を利用することはよくある。マインドコントロールや、宗教、コマーシャル、戦争、プロパガンダなどだ。また精神科のように途切れてしまったり病んでしまった集中力を回復させようと頑張る学問もある。

    だが、集中力の本来の成り立ちを自覚させるものは仏教以外存在しない。本来の集中力というのは一体何なのか。


    本来の集中力は、あるがままに放っておくと絶望に向かう構造体である。

    なぜなら、何の訓練も受けていない者が持つ「集中力」は「欲」の延長線上にあるからだ。何か媒体を通さねば沸かない集中力には限界があり、無理にその集中力を引き出し続けると、すぐに限界が訪れる。その限界に嘘をつき続けると今度は病気になってしまうだろう。

    ちょうど「お金が欲しい」と望むものが、何の智慧もなくお金を手に入れようとしたとき、銀行強盗を働いてしまうのと同じように、後からツケをはらうときが来るのだ。

    宗教は「信じなさい」と説く、仏教は「信じるな」と説く。

    「信じなさい」と言うものは、他者をコントロールするために神という媒体を用意する。「絶対的な存在」という誰も見たことも無いものを引き合いに出す。その一部にあなたはなれるのだと感情を操る。その絶対的な存在が愛してくれるのだと信じさせる。信じないのならあなたは救われないという。

    「信じるな」と言うものは、嫌に思う気持ちも、楽しいと感じることも、すべては自分を「高貴」と思い込む性癖から来るものだと説く。自分を見ず知らずの他人と考えると、汚らしく、触るのも気持ちわるい部品で構成されたものだと気がつく。他者に対して威張ったり、嫉妬したり、見下す自分の無知を知れという。その無知の上に築いた感情を信じて何になると言うのかと説く。

    真の仏教は誰も私利私欲のために利用できない。そうできない仕組みなのだ。他の宗教がテロや戦争、マインドコントロールに利用されるのとは対照的に押し付けられない教えなのだ。自ら取りに行かなくてはならない。

  • 集中力のない自分に参考にしたくて買ってみた。

    日頃から妄想とか雑念が多いし、
    テレビとか音楽とか外からの情報が多い社会で生きてる自分は
    心が外からの刺激に影響されやすい生活だし
    集中力が散漫になるわけだと。

    まずは瞑想で脳をコンピューターみたいにクリーニングしてあげることが大切だと思った。 

  • -こころにとって「集中力」とは、基礎に建てられた柱のようなものです-

    面白い「漫画」を手に取ると、気付かないうちに時間が過ぎて、集中しますよね?でも、難しい哲学書にはなかなか集中できない。
    「感情」を揺さぶるものには集中しやすけど、「理性」から入るものには集中しにくい。難解な本を読むとき、無理やり「私ったら難しい本読んでて頭良さそうに見えるかも~」などと気分を盛り上げたものですが、それはそれで良いらしいですよ。やりたいかどうかでなく、必要かどうか考えて、なんでも関心をもって一生懸命H真剣にやる、ということですって。あれ?書いてみると普通なんだけど、言葉に力があるんですよ、この本の著者のアルボムッレ・スマナサーラさん。バイブル的に手元に持っていると良いと思います。

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    ▼ 100文字感想 ▼ 
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    社会人になって一番大事な能力は集中力だと思う。
    デキル人は集中するからこそ短時間で質の高い仕
    事をこなせる。なので、義務教育や部活動の存在
    意義の一つは、集中力を養い、鍛えるためだと思う。


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    ▼ 5つの共感ポイント ▼ 
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    ■集中力とは、「こころに入ったものがべったりと
     くっついて離れない状態」━これが集中力の正体

    ■ダイエット食品を買う人たちというのは何を基準に
     商品を選んでいるのでしょうか。それは商品の内容
     ではありません。誰が暗示をいちばん上手にかけ
     てくれるのか、ということが決め手になります

    ■生命には生まれつき備わっている三つの「先天性
     感情」があります。「欲」と「怒り」と「無知」です

    ■感情はコントロール不能。感情には波があるので
     す。上がったり下がったり、けっこう波は激しいの
     です

    ■なにかをするときは「やりたい」「やりたくない」で
     はなく、「必要かどうか」という基準で判断する

  • 20/11/11 60

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著者プロフィール

スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老。1945年4月、スリランカ生まれ。スリランカ仏教界長老。13歳で出家得度。国立ケラニヤ大学で仏教哲学の教鞭をとる。1980年に来日。駒澤大学大学院博士課程を経て、現在は日本テーラワーダ仏教協会で初期仏教の伝道と瞑想指導に従事している。朝日カルチャーセンター(東京)の講師を務めるほか、NHK教育テレビ「こころの時代」などにも出演。『くじけないこと』 (角川SSC新書)、『執着しないこと』(中経出版)、『怒らないこと』『生きる勉強』(以上、サンガ新書)など著書多数。

「2017年 『ためない生き方』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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