排除型社会―後期近代における犯罪・雇用・差異

制作 : Jock Young  青木 秀男  伊藤 泰郎  岸 政彦  村澤 真保呂 
  • 洛北出版
3.74
  • (7)
  • (11)
  • (16)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 174
レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (541ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784903127040

作品紹介・あらすじ

 この社会にあわせて生きていくしかない…と諦めてはいけない――。
安定的で同質的な包摂型社会から、変動と分断を推し進める排除型社会への移行にともない、排除はつぎの3つの次元で進行した。

    1 労働市場からの排除
    2 人々のあいだの社会的排除
    3 犯罪予防における排除的活動

かつての包摂型の社会を懐かしんでも気休めにもならない。取り組まなければならない課題は、新たな形態のコミュニティ、市場の気まぐれに左右されない雇用、八百長のない報酬配分――これらをどう実現するかである。

「画期的な書物。驚異的なまでの博識、事実への深い洞察、明晰な論旨と論証が結びついたこの著作に、私は圧倒された。」――ジグムント・バウマン

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 昔は包摂、いまは排除。
    変な人でも教育し直してまっとうなみちに引き寄せようとするのが包摂。変なひとがいたら近づかないようにしたり、どっかに隔離したりしていかに危険を回避しようか保険を考えるのが排除。

    不良少年が「初めて叱られて嬉しかった」って改悛するのはこういうこと??

  • 社会

  • 図書館本】今日が返却日。ページ数がとても多く、読み切れる量でなく、パラパラ読みした。ギデンズやゴッフマン、バーガーを引用され、知っている人の名前が出てきて、少しうれしくなりました。「存在論的不安」と「物質的不安定」で蔓延する後期近代社会である今、包摂的→排除的に移行したとの見解。多様性とか差異という言葉をよく聞くけど、それがお互いを認めるというより、それぞれの世界が別個独立して、相互交流がないということなのかな。なんか、最近、まぜる教育という言葉を聞いたけど、これもその排除的を乗り越えようとする政策?⁈

  • 2014/7/25

    寛容 包摂

  • ポストモダニズムの何たるかという感じの本.日本にそのまま当てはめられないので自分なりに考えながら読まないといけない

  • 表紙がかっこ良くて買ったけど、分厚すぎてなかなか読めず
     
    排除型社会とはいわゆる潔癖性な社会。
    24時間テレビにて、身障者は映るけれど精神疾患の人は映らない的なことで、駅にたむろしているホームレスから思わず目をそむけてしまう的な、感情を不愉快にさせるものは目に入らないように、社会という枠から排除してしまうという社会。
    3×3 EYESの三只眼吽迦羅を思い出したり、小人プロレスとかをふと思い出した。

  • イギリス人の著者が、犯罪学と社会学的観点から、欧米における後期近代社会の変容と、そこから派生した現代の抱える問題点と今後のあるべき姿を論じた1冊。格差社会論としても読みごたえがある。

    ヤングは後期近代社会の変容時期を1960年代に見出し、それ以前を「包摂型社会」、それ以後現在までを「排除型社会」と定義し、排除型社会の特質を犯罪論と文化論の観点から論じてゆく。犯罪論の観点から、ヤングは排除される人々に対するステレオタイプ的な分類(アンダークラス・黒人等々)を、データを引用しながら客観的に批判してゆく。また、文化論の観点からは多文化主義の排除性を批判すると同時に、下位文化の変化し、融合する役割を評価している。そして社会民主主義的な立場から、能力主義(狭義のそれではなく、公正さを保障された)と多様性の受容された社会に排除型社会を超えてゆく社会のありようを提出している。

    他方でイギリス人によるアメリカ社会の痛切な批評書という一面も持つ本という印象。社会の公正さの必要性については、文中の競技場の例えが的を得ていたと思うが、財産の世襲や競争の公正さが確保されていない現状に対する批判は、そのまま日本の格差社会批評に通じると思う。

    総じて肯首できる内容であったが、ヤングの理想を実現できないほど社会のそして個人の多様化が進んでいる現状がある以上、本書の提言とは反対に、排除型社会を乗り越えることの困難さが却って浮き彫りにされている感がした。

  • 現在社会の問題である「ジェントリフィケーション」や、「監視社会化」がどういった経緯で展開されていったかを知りたいなら一回は読んだほうがいいかも。以下、帯から「排除は3つの次元で進行した。1、労働市場からの排除 2、人々のあいだの社会的排除 3、犯罪予防における排除的活動」

  • 図書館

  • 図書館で借りた。

    後期近代が包摂型社会から排除型社会へ移行したという認識で、排除型社会は経済的にも文化的にもどういうものか、ということを分析している。

    犯罪についての話題が多かった。
    相対的な剥奪感(自分とあいつは同じくらいの能力なのに何故こんなにも報酬が異なるんだ、能力主義のはずなのに)
    存在論的な不安感(価値観がたくさんあり、物事が相対化されているので、正しさを確信できない)
    を中心に据えて議論をしている。

    包摂型社会は差異を認めず、困難を認めるが
    排除型社会は差異を認め、困難を認めない、というのが面白い。
    差異を認めないから同一化するための困難を厭わない、ということと差異を認めてしまうから生じる困難(利害関係など)の調整を嫌がること、どちらがいいのかは確かに悩みどころかも知れないと思った。

全17件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1942年、スコットランドで生まれる。現在、ニューヨーク市立大学大学院センター教授、およびイギリスのケント大学社会学教授。犯罪学、社会学の研究者であり、犯罪問題を中心に社会的にも積極的な活動をおこなっている。
近著の『犯罪と処罰をめぐる新たなポリティクス』(The New Politics of Crime and Punishment)では、犯罪が落ち着いているにもかかわらず過剰な犯罪統制をおこなう、ニューレイバー(第三の道)による排除的な政策を、厳しく批判している。

「2007年 『排除型社会』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ジョック・ヤングの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
國分 功一郎
デュルケーム
エーリッヒ・フロ...
見田 宗介
ウィトゲンシュタ...
ミシェル・フーコ...
マックス ウェー...
有効な右矢印 無効な右矢印

排除型社会―後期近代における犯罪・雇用・差異を本棚に登録しているひと

ツイートする