定本納棺夫日記 2版

著者 :
  • 桂書房
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本棚登録 : 81
感想 : 15
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  • Amazon.co.jp ・本 (251ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784903351353

感想・レビュー・書評

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  • 「納棺夫日記」は、本木雅弘主演の映画「おくりびと」の原作だとずっと思っていたが、今回、実際に「納棺夫日記」を読んで、映画とは異なる内容にとまどった。Wikiで調べてみると、実際の経緯は以下のようなものであったらしい。
    本木雅弘は、「納棺夫日記」を読んで感銘を受け、筆者の青木新門を訪ね自ら映画化の許可を得る。ところが、その後、映画の脚本を見せると、青木新門の納得を得ることが出来ず映画化を拒否される。最後に青木からの「やるなら全く別の作品としてやってほしい」との意向を受け、「おくりびと」というタイトルで、「納棺夫日記」とは別の内容で、別の作品として映画化されることになった、というものである。
    映画「おくりびと」の公開は2008年、私が観たのも随分以前の話なので、ストーリーの詳細は忘れていたが、とても良い映画だったという記憶がある。今回、「その映画の原作である」と誤解したまま本書を読んだので、とまどったのである。本書を読む前は、映画の原作であるというイメージを持っていたので、「納棺夫としての仕事の日常」を描いたものだと思っていた。もちろん、そういう部分や、その背景となる筆者のこれまでの人生についての記述もあるが、でも、筆者の書きたかったのは、宗教についてであったように思える。
    最後の方は、宗教家的なかなり専門的な話になり、なかなかついていくのが難しい内容となる。ただ、その前提としての筆者の疑問、「死に近づいて、死を真正面から見つめていると、あらゆるものが光って見えるようになる」のではないかということを説明し、そのことについての思索に多くの紙数が割かれている。
    そのような経験をした多くの人たちの証言(実際には作品)を紹介しているが、その中でも、1965年に癌でなくなった高見順が死の1年前に発表した詩が印象深い。
    【引用】
    電車の窓の外は
    光にみち
    喜びにみち
    いきいきといきづいている
    この世ともうお別れかと思うと
    見なれた景色が
    急に新鮮に見えてきた
    この世が
    人間も自然も幸福にみちみちている
    だのに私は死なねばならぬ
    だのにこの世は実にしあわせそうだ
    それが私の心を悲しませないで
    かえって私の悲しみを慰めてくれる
    私の胸に感動があふれ
    胸がつまって涙がでそうになる
    ・・・・・・・・・・・・・・・
    【引用終わり】
    このような境地に至れた人は幸せだと思う。そこに至るまでの道筋をどうイメージするかが宗教観だと筆者は主張し、その具体的内容について解説しているのだと理解したが、やや難解。
    あまり考えたこともないようなことに触れることが出来たという点では新鮮ではあった。

  • 納棺夫と言う忌み嫌う職業を通じて命のバトンタッチについて述べておられます。

    余談ですが、講演で手話通訳をさせてもらいました。講演の初めに亡くなった妹を背負った男の子の写真が出てきます。真一文字に唇を閉じて涙を堪えています。亡くなった妹を荼毘に…涙が溢れてきます。通訳は言葉を手話に置き換えて淡々とします。
    なので通訳の立場でなく講演を聞きたくて、花束を持って行ってきました。凄く良かったです。
    納棺夫になった理由は子供のミルク代を稼ぐため…妻の投げた新聞の求人欄を見て、家の近くだし…で、行って、社長と目が合ったからだそうですよ。

  • 知人の紹介で借りて読んだ本
    宇宙の存在から人間の生き様、死に様に至るまで 濃厚な内容となっている
    感銘を受ける言葉や引用も多かったが 納棺夫日記の後半は恐れ多い光の話が主だち 捉え方が難しいと思った


    本文は 「新生活互助会社員募集」という新聞広告の求人を偶然目にした著者が面接を受けたところ その仕事が納棺だったため納棺夫となった経緯もわかる「納棺夫日記」と 著者の詩と童話 著者の短編小説という3つの構成で成り立つ

     詩と小説は 宮沢賢治氏に影響を受けた感が強く オリジナル性を欠いたように思ったこともあり星は2つ


    世の中には様々な仕事があるのだと思う
    納棺夫という死に直面する仕事に携わっている著者の言葉は心にしっかり届く
    死に携わっているからこそ 生の部分がくっきり見えてくるのだろうとも思う

    以下に心に留まった部分を4つ挙げる


    『言葉で衝撃や怒りを覚えるのは、自分が最も気にしていることを突かれた時である。人は日ごろ気にしていることをあからさまに非難された場合、血が逆上するほどの怒りを覚えることがある』


    『三島は自作の『憂国』を自ら解説して「私の許しがたい観念の中では、老年は永遠に醜く、青春は永遠に美しい。老年の知恵は永遠に迷妄であり、青年の行動は永遠に透徹している。だから、生きていればいるほど悪くなるのでありがとう、人生はつまり真っ逆さまの頽落である。』


    『国ために志願して銃を持って戦場へ出向いても、人を殺さないこともあるし、いやいや徴兵されても、大量の殺人をすることもある。人を助けようとして人を不幸にしたり、人に冷たくして人を救うこともある。』


    『すなわち星たちが死を迎える一瞬に、ニュートリノが光速で抜け出し、次の瞬間に星の構成物質が爆発して死を迎える。そして、その残骸から再び新しい星が生まれる。太陽も地球も地球上の生物も、はるか昔に爆発して死んだ多くの星が残した残骸物質から生まれたのである。』


    大変興味深い内容の文章だけど
    …『多くの星が残した残骸物質』という表記が気になる
    頭痛が痛いというのに似ている
    多くの星の残骸物質…と書いた方がしっくりくるんじゃないかな…

      三島由紀夫氏の『憂国』という本を読んでみたいと思った
    引用したように解説の部分だけでも十分気になる
    『人生はつまり真っ逆さまの頽落である』という文ひとつとっても非常に興味深い

    毎日少しずつ 人は年をとって死に向かっている
    それをどう捉えて どう生きるか 
    考えたり 考えなかったり
    人間の大きなテーマであり
    ちっぽけな迷いごとでもある

     日々 今を最高に楽しく 一生懸命 時に怠惰に
    生きていきたい
    どう生きるかは 誰もが自分に許される範疇で自分で決めることができるから


     

     

  • 生が死を内包しているなら。 金や名誉にどれほどの価値があるのだろう。 日々仕事に忙殺される人生に価値はあるのだろうか。 いつか己の人生すべてに関わる人たちへの感謝を持ち、安らかにいけるなら。 それが短くとも長くとも。 最期まで納得のいく生を送ったということなのだと思う。

  • ☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆
    https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BA77205291

  • 「死の淵より」高見順
    「癌告知のあとでー私の如是我聞」鈴木章子

  • 宗教のことが難しかった。光。

  • 冠婚葬祭の仕事に勤める著者の手記から生まれた物語が「納棺夫日記」
    その後に映画「おくりびと」が誕生する。

    内容は映画の「おくりびと」よりもこちらの「納棺夫日記」のほうが未来に繋がる生命力を感じ理解出来る。

    死をみつめ続けることは不幸でも闇でもない。
    死をみつめ続けることで今の自分自身の「生」をしっかりと考えみつめることが出来る。
    死生感を考え感じるにはとても読みやすい良書だと私は感じた。

  • 画「おくりびと」の原作です。死にもっとも近いことを日常の生業にしている人の透き通った死生観が描かれている本だと思います。 想像するに、かなりハードな仕事でしょう。 御遺体の状態はさまざまで、ぶよぶよにふやけた水死体や、放置されたまま蛆が湧き出した御遺体の処理をするときは、「これがルーティンワークなんだ」「なにも考えずに処理するのがプロフェッショナルなんだ」と自分に言い聞かせなければやっていられないこともあるでしょう。 青木氏は、プロフェッショナルという名に逃げて、感情を殺し、様式的な形を求める納棺作業に徹するのではなく、生きていた御遺体を浄土へお送りする仕事としての意味を問い続けています。 いまの時代の葬式仏教があまりにも無力で、生者の思うこととはかけ離れた思想になってしまったことを、現場の人として憤り、死者の尊厳を守ることを心の中心に置いている人だと思います。 「おくりびと」も素晴らしい映画ですが、青木氏が披瀝する死生観は、ぜひ、本でも読んでいただきたいと思います。

  • おくりびとの原作。前半の日記風の部分はよかったけれど、後半の宗教の話の部分はちょっときびしかった。

  • 何年か前に、青木新門さんのお話をあるお寺で
    聞いた事があって、その時は仕事で偶然だった。
    青木さんが経験された事を織り交ぜながらの
    お話で、中々印象深かったと思われる。
    でなきゃ、図書館でこの本を見ても借りようと思わなかったと思う。

    この本(表題作)は、過去に青木さんが生活が苦しくなって
    やむなくやり始めたバイト…のちに「納棺夫」と名付けられて
    しまった時の体験談が綴られている。
    人の死を見つめるうち、命が輝かしく見える瞬間を
    感じ、そこから仏教(特に親鸞)における生死感、
    また、親鸞が説く「光」のあり方、そして話は宇宙にまで
    飛び出し、「死とは何か?」と考えながら、どう生きるか
    どう死を受け止めるかを感じさせる作品。

  • 1納棺夫日記
     みぞれの季節
     人の死いろいろ
     ひかりといのち
    2自選詩
    3童話「つららの坊や」
    4小説「手、白い手」
    5小説「柿の炎」

  • h21.07.24

  • ↓の後、第三章「ひかりといのち」が深い内容だったので、結局時間がかかっちゃいました。
    でも読めてよかった。
    「納棺夫日記」以外の、自選詩、童話「つららの坊や」、小説「手、白い手」、「柿の炎」も、読み始めた当初は余計なのでは…?と感じていたけれども、読了した今は、収録されていてよかったな…って感じました。

    内容がどう違うのか知りたくて文春文庫の「増補改訂版 納棺夫日記」も入手したんですが、こちらは詩、童話、小説が未収録のものでした。
    映画「おくりびと」を観て、そのきっかけを知りたくなったなら文春文庫版が手に取りやすいとは思いますが、個人的にはこちらの桂書房版を読んでほしいなぁ。
    なんて思ってしまいました。
    それくらい詩、童話、小説は必読の価値あり!に感じます。

    それでもこれから文春文庫版も読むけどね。こちらは序文がついてたりあとがきも違っていたりするので…。←マニアか!?
    + + +
    ブクログに登録しようと思ったら「定本」だけでも二種類あって迷ってしまった。。
    ワタシが購入したのは初版2006.04.11.桂書房「定本納棺夫日記」の第四版2009.03.10.発行版。
    「荒野へ」がなかなか読み進められないのに、今日この本が届いたらあっというまに第三章まで読んでしまった。あわわわ。
    2009.03.14.

  • この本を持っていることはちょっと自慢できる。多分、金沢の柿木畠の書店の「郷土出版」の棚で見つけたものだ。ただ、第五版なのだ。初版が一九九三年三月で五版が同年七月となっている。初版が何部だか分からないが、郷土出版としてはちょっとしたヒットではないだろうか。まさか十五年後に映画で納棺夫を描いた「おくりびと」を見るとは思わなかった。

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著者プロフィール

詩人・作家。1937年、富山県(下新川郡入善町荒又)生まれ。早稲田大学中退後、富山市で飲食店「すからべ」を経営する傍ら文学を志す。吉村昭氏の推挙で「文学者」に短編小説「柿の炎」が載るが、店が倒産。1973年、冠婚葬祭会社(現オークス)に入社。専務取締役を経て、現在は顧問。1993年、葬式の現場の体験を「納棺夫日記」と題して著わしベストセラーとなり全国的に注目される。なお、2008年に『納棺夫日記』を原案とした映画「おくりびと」がアカデミー賞を受賞する。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

「2014年 『それからの納棺夫日記』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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