漢文スタイル

著者 :
  • 羽鳥書店
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本棚登録 : 48
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (306ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784904702093

作品紹介・あらすじ

「不楽復何如!」(こんな楽しみまたとない)。
東京大学出版会PR誌『UP』で連載中の「漢文ノート」をはじめ『芸術新潮』などで発表されたエッセイ22編。

隠者・詩人・旅人たちがめぐる読書の宇宙を堪能する。

感想・レビュー・書評

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  •  隠者の読書あるいは田園の宇宙。刻苦勉励というよりも悠々自適を意味する晴耕雨読をして、俗世から遠く離れた境地へと心を誘ってくれるなら、書物は儒家でも道家でもよい。陶淵明がうたい蘇軾が唱和した、心を遠くまで自由に遊ばせ世と隔絶する隠者の詩文は、優雅にみえて、じつは勤勉よりも人生を左右しかねない、安逸と自足からもっとも遠いのかもしれない。

  • 晴耕雨読という言葉の意味が、悠々自適という意味で使われていますが、これは実は中国では反対の意味で使われていたのではないか??という問題提起から始まります。寸暇を惜しんで勉強する親孝行の勤労学生の話として・・・。このように和製の熟語が中国語とは異なった意味で、江戸時代の漢詩文の中で使われ始めていたとのこと。実は「悠々自適」そのものも漢籍では「優游自適」からの書き換えではないか?との指摘でした。晴耕雨読の元の意味は実は決め難いとのことで、三国志の魏の季直という人の「読書百遍」の記述と同意味ではなかったかというのです。このように陶淵明、蘇軾などに触れたかと思うと芥川、湯川秀樹、魯迅などと幅が広いです。読み込むと面白そうではありましたが、やや消化不良でした。

  • 「詩」という形をとって、「言葉」は「命」をもって私達の心に届きます。人生の理想をうたったり、皇帝の未来をも予言したり、、、。
    そして中国の大きな歴史の中で培われていった漢文は、私達の歴史、文化にも大きな影響を与えてきました。

    芥川龍之介の中国紀行に、今消えつつある中国の姿を追い求めたくなったのは、私だけではないのでは、と思ってしまいました。

  • 新宿ジュンク堂にてちらりと立ち読み。おもしろそう♡とくに漢詩の美しいことといったら!!並んだ漢字の字面も、翻訳された言葉の意味も、しみじみとした美しさを放っている。春にゆっくりと読みたい。

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著者プロフィール

一九六三年生まれ
京都大学大学院文学研究科博士課程中退
京都大学人文科学研究所助手、奈良女子大学文学部助教授、
国文学研究資料館文献資料部助教授を経て
現在 東京大学大学院総合文化研究科准教授

[主要著書]
『漢文脈の近代―清末=明治の文学圏』(名古屋大学出版会、二〇〇五)、
『日本を意識する―東大駒場連続講義』(編著、講談社選書メチエ、二〇〇五)、
『漢文脈と近代日本―もう一つのことばの世界』(日本放送出版協会、二〇〇七) ほか。

「2010年 『漢文スタイル』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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