デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂

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  • PLANETS/第二次惑星開発委員会
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レビュー : 38
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784905325093

作品紹介・あらすじ

いま最も注目の研究者にしてメディアアーティスト、落合陽一の最新作!

十分に発達した計算機群は、自然と見分けがつかない――
デジタルネイチャー、それは落合陽一が提唱する未来像でありマニフェストである。
ポストモダンもシンギュラリティも、この「新しい自然」の一要素にすぎない。否応なく刷新される人間と社会。それは幸福の、経済の、民主政治の再定義をもたらす。新たなるパラダイムはここから始まる……!

感想・レビュー・書評

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  • "高度に発達したコンピュータは、社会に偏在する段階(ユビキタス)を経て、自然と融合した新しい生態系として地球上を覆い尽くすことになるだろう。本書ではこのヴィジョンを<計数的自然>または<計算機的な自然>あるいは<デジタルネイチャー>と呼ぶ"と注釈される、デジタルネイチャーというタイトル。なかなかに読み解くのに骨の俺た一冊だった。下記の論点が目に止まった/コンピュータによって全体管理や個別最適が行えるシステムが現れたことで、個人を画一化しなくても、多様性が保てるようになりつつある。Artificial Intelligence = AIの本質のひとつ/我々の社会が抱えている最大の格差、それは経済資本の格差ではなく「モチベーション」とそしてその根底をなす「アート的な衝動」を持ちうるかの格差である/一人一人の人間を均等に分割するような平等観は、全体最適化がリソース的に不可能であった時代の「最良の努力」出会ったというだけだ/テクノロジーが人間の欠損を補完しうる社会では、人間のあらゆる差異はパラメーターの問題に帰着するはずだ/個人はこのイノベーション速度に対して、対象分野の絞り込み(ニッチ化)と継続的な学習で追随するしかない。/コンピュータがもたらす全体最適化による問題解決、それは全体主義的ではあるが、誰も不幸にすることはない/全体最適化による全体主義は、全人類の幸福を追求しうる。

  • まえがきが最もタフでわずか31ページを読み切るのに1時間以上かかったが、それさえ乗り切れば以降は滑らかに読める。
    近代の超克や東洋思想への回帰という発想は非常に面白い。
    本書で提示しているような哲学的考察や思考実験を吸収して自分なりにアップデートすることが次なるパラダイムへの備えとなると感じた。

  • 「デジタルネイチャー」落合陽一


    人々の労働は、機械の指示のもと働くベーシックインカム的な労働(AI+BI型・地方的)と、機械を利用して新しいイノベーションを起こそうとするベンチャーキャピタル的な労働(AI+VC型・都市的)に二極化し、労働者たちはそれぞれの地域で全く違った風土の社会を形成するようになる。

    プラットフォーマーの想定するAI+BI型の社会は成功した社会主義に近くなる。社会の構成員に等しくタスクが振り分けられ、その対価も等しく与えられる。それに対してAI+VC型の社会の中では、一部の人々は挑戦的なビジネスに取り組む。シリアルアントレプレナー。

    両者の価値観の共存は難しいため、AI+VC型の社会についていけなくなった人はAI+BI型の社会に移住して余生を過ごす事になる。

    AI+BI社会では、機械ができない環境のセットアップや、地震は洪水といった外部的なリスク要因の判断、インフラ維持が人間の主な仕事となる。

    AI+VC型社会では、抽象的な思考による新しいAIの利用法の考案等、フレームの外側の可能性の探求が仕事になる。文化もこちら側から生まれる。文化は論理的な説明を超えた非合理性の上に成り立つので、機械による予測ができない為。

    工業社会では1日を時間単位で分割し、それぞれの労働を可処分時間に割り当てるタイムマネジメントの発想が求められる。生産性の高い工業社会に人間を最適化させる為の処理をする。人間を規格化する為の仕組み。

    コンピューター中心の社会では、劇場型の授業は不要。個々の進捗に合わせて最適化する。

    今後の社会では画一性が求められる作業はある程度機械が行うようになり、人間に求められるのは、規格化できない作業を解決するような手法論等、非画一的な仕事。

    頭脳労働は仕事の質は作業時間に比例せず、集中力依存が大きい。時間単位での労働価値測定は弊害を招く。

    知的生産者の疲弊は、時間労働による身体的なものではなく、頭脳の処理による負荷。問題は時間ではなく、演算ストレス。

    タイムマネジメント時代は「ワーク」と「ライフ」を対比的に区別していたが。今後は全ての時間がワークでありライフであるワークアズライフになる。

    この時代では、頭脳に対して、ストレスフルな仕事とそうでない仕事のバランスが大事。

    ワークライフバランス思考からの脱却。

    残業禁止解決法は、時間による労働管理でストレスが生じている場合は逆効果。

    タイムマネジメントからストレスマネジメントへ

    社会格差は経済資本ではなく、モチベーションとその根底をなすアート的な衝動にある。

    人類のコンピューターに対する優位性は、リスクを取るほどにモチベーションが上がるところ。

    コンピュータは関数と目的地があると収束してしまう為、リスクを取る事が苦手でイノベーションも起こりにくい。

    リスクを顧みないほど何かに熱中している人間や、社会や技術の新しい芽を育てたいという人間の数はごく僅か。多くの人は知識を吸収しても騒動を生み出すような独自の視座を創り得ない。

    文化資本の再分配は資本以上に巨大な格差がある。本がたくさんある家庭と1冊もない家庭の差は経済的理由を超えている。

    「可能かもしれない想像上の産物に様々な質問を問いかけるという作業に集中する事」google Xアストロ・テラー

    これからの人類がやるべき事は、「可能かもしれない想像上の産物」に対して、「様々な質問を問いかける」為に具体化して「それに集中する」事。まだ実現していない未来にコミットするのは大きなリスクだが、これが最も重要な価値である。

    「世界」とは「世=過去現在未来の時空間」「界=上下左右東西南北の三次元空間」を指す仏教用語。

    「宇宙」とは、「宇=空間」「宙=時間」を指す。

    この世界は、たんぱく質をベースとしたプロテイン型コンピュータ(生物)と半導体素子の元となるケイ素をベースにしたシリコン型コンピュータが共存している。

    機械には不可能な判断を人間が行い、人間に実行できない演算処理を機械が担当する。人間と機械が両輪となって技術が進歩する。

    イルカやクジラは、2000万年もの間、1キロ先の仲間と話ができるし、個々がコールイホイッスルという個別信号を持ち、周波数帯(ブロードキャスト)を使って全体送信と個別送信ができる。海中では、超音波は秒速1.5キロメートルで通信可能。

    イルカ語を翻訳できないのは、会話が単語ではなく、データに近い構造で一対の言語としての変換が難しい為で、恐らく空間情報のようなものを送りあっていると言われている。

    この数百年、人間は脳で実行可能な知識を真理としてコレクションしてきたが、今後はプログラムやベクトルの形で提示される。コンピュータにしか理解できない知識も真理たりうる。

    「大衆」とは仏教用語で、仏法によって正しく規律制御された人類を指す。

    現実とは主観的な認識であり、事実や真実とは限らない。「リアル」とは微妙に違う。

    正確には、「リアル/バーチャル」ではなく、「物質的/実質的」

    近代的な人間観は、自分らしく生きていく事。

    「自分探し」から「べき論」へ
    「べき論」と「やりたい事」を分ける。先ず、「べき論」はニッチを狙った生存戦略。ある程度時代の流れを読めれば、その中から自分ができる事を始める事。それによってそれまで見えていなかった「やりたい事」が明確に見えてくる。

  • 素人が読むのには、難解な本。

    高度に発展したデジタル系計算機群のもたらす未来を
    東洋、西洋、あるいは近代という時代に照らし合わせながら語られている。
    膨大な哲学的専門用語で文が構成されてるため、何回も読まないと理解できないな〜って感じ。
    でも、内容の大枠でも掴めるとなんだか、自分の視野が広がった気がして面白かった。

  • デジタルとアナログの境目がなくなるデジタルネイチャー。
    テクノロジーが進歩することによって、人の感覚器で捉えられる解像度よりも、機械の方がより高解像度なものも存在する。音の例を出すとわかりやすいが、人が聴取できる音域は20〜20000Hzであるが、機械がつくりだす音域はもっと広く医療で見られる超音波検査などは3000万〜1億Hzの音波を発している。

    つまり、アナログの方がデジタルよりも解像度が高く鮮明だという定義は当てはまらない。
    ひと昔前であれば、アナログの方がデジタルよりも解像度が高かったけれど、テクノロジーの進歩によってそれが逆転し始めている。
    そのような状況で、今後どうなるかを予想したのがデジタルネイチャーだ。全ての領域においてデジタルの解像度が高くなっているわけではないが、遅かれ早かれいずれ数多くの領域においてデジタルがアナログを上回る時代がやってくる。

    そうなると、機械なのか自然なのか気にしない状態になるはずだと落合陽一さんは言っている。

    今まで全く考えたことのなかった発想なので刺激的で将来に対するワクワク感が大きくなった。

    僕自身は、これからも進歩する技術の中で、人とはなにか?心とは何か?という疑問が生まれ、これに向かってしばらく考えていきたい。

  • 難解で心をへし折られそうになりますが、
    読み進めていく毎に読めるようになります。

    理解度合いはそれぞれのレベルによるでしょうが、
    理解できる箇所だけでも新しい知見が得られます。

    テクノロジー、哲学、アートなど
    多種多様な素養が自然かつ複雑に混じりあって
    それ何色よという感じです。

  • 内容が一般人には難しすぎるのと注釈が多過ぎるので非常に読みづらく感じます。おまけに値段が高い(3,024円)

  • 社会に対して前向きになれるしエンジニア的にもモチベ上がるというか。すげー論文っぽい文章で値段も高いけど売れるだけある。。

  • ものすごい量の注釈が物語っているが、専門用語やカタカナ語を多用し一見分かりづらいが、落ち着いて読めば理解できる内容。経済産業とテクノロジーの進化により、人々の生活がどのように変化してきたかの沿革を落合流に解説し、その先の未来を提示する。
    現実とテクノロジーが限りなく境目なしにつながり、まさに「デジタルなネイチャー」な世界になるという。それは単なるIoTということでなく、ホログラムやトランスニューマニズムの延長になる。究極は、人間とは意識であり、それをクラウド化すればあとはロボットやバーチャルが世界を成り立たせるというあり方。
    確実にその方向に向かっているが、果たしてそれは幸せなのか。

  • 個人的には前作の魔法の世紀の方がわかりやすく、すんなりと内容も入ってきた。
    途中に挟まれているコラムも内容は興味をそそる
    フェイクニュースを始めとしたフェイクが生み出すイノベーションは、観点として逆説的に考える視座を与えてくれる
    コミュニケーションの補間的なツールとしてAIが使用されるのも納得
    また人間に纏わる既知の概念が、技術革新に伴い多様性を持つため、自己とは?死とは?という哲学的考察は必須であり、解もまた多様化すると思う
    レビューを書くとわかるが、本書の批評は書きながら思考が深まるかもしれない。

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著者プロフィール

落合陽一(おちあい よういち)
メディアアーティスト、研究者。2015年より筑波大学図書館情報メディア系助教、デジタルネイチャー研究室主宰。2015年Pixie Dust Technologies.incのCEO。2017年から筑波大学学長補佐、大阪芸術大学客員教授、デジタルハリウッド大学客員教授を兼務。2017年12月からは、ピクシーダストテクノロジーズ株式会社による筑波大学デジタルネイチャー推進戦略研究基盤 基盤長 及び 准教授を兼務。代表作に、最初の著書『魔法の世紀』、『日本再興戦略』『デジタルネイチャー』など。ほかにも様々な作品と著作に関わる。2019年9月7日、『2030年の世界地図帳』を刊行。

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