ゲンロン0 観光客の哲学

著者 :
  • 株式会社ゲンロン
4.13
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本棚登録 : 710
レビュー : 44
  • Amazon.co.jp ・本 (326ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784907188207

作品紹介・あらすじ

否定神学的マルチチュードから郵便的マルチチュードへ――。ナショナリズムが猛威を振るい、グローバリズムが世界を覆う時代、新しい政治思想の足がかりはどこにあるのか。ルソー、ローティ、ネグリ、ドストエフスキー、ネットワーク理論を自在に横断し、ヘーゲルのパラダイムを乗り越える。著者20年の集大成、東思想の新展開を告げる渾身の書き下ろし新著。

感想・レビュー・書評

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  • 「観光客は大衆である。労働者であり消費者である。観光客は私的な存在であり、公共的な役割を担わない。観光客は匿名であり、訪問先の住民と議論しない。訪問先の歴史にも関わらない。政治にも関わらない。観光客はただお金を使う。そして国境を無視して惑星上を飛びまわる。友もつくらなければ敵もつくらない。そこには、シュミットとコジェーヴとアーレントが『人間ではないもの』として思想の外部に弾き飛ばそうとした、ほぼすべての性格が集っている。観光客はまさに、20世紀の人文思想全体の敵なのだ。だからそれについて考え抜けば、必然的に、20世紀の思想の限界は乗り越えられる。」(p.111-112)

    「出会うはずのないひとに出会い、行くはずのないところに行き、考えるはずのないことを考え、帝国の内部にふたたび偶然を導き入れ、集中した枝をもういちどつなぎかえ、優先的選択を誤配へと差し戻すことを企てる。そして、そのような実践の集積によって、特定の頂点への富と権力の集中にはいかなる数学的な根拠もなく、それはいつでも解体し転覆し再起動可能なものであること、すなわちこの現実は最善の世界ではないことを人々につねに思い起こさせることを企てる。」
    「ぼくたちは、あらゆる抵抗を、誤配の再上演から始めなければならない。ぼくはここでそれを観光客の原理と名づけよう。21世紀の新たな連帯はそこから始まる。」(p.192)

    なかなか読み応えがありました。

    個人的にビビッときたのは、付録という位置付けで書かれた「二次創作」についての数節。
    「原作を大切にしてもらうためには、いちど二次創作を通らなければならない。」(p.56)
    なるほどです。
    今まで自分が何となく考えていたことをスッキリと言語化してもらっていて、やっぱり世の中にはめっちゃ頭つこうてはる人がおるんやなあ、本を読んだり人と会ったりするんはほんまに大事やな… と、背筋が伸びる思いっすねェ。

  • 不思議な本である。そして同時に傑作である。

    本書のテーマは重い。極めて重い。今の世界が直面する困難の構造を析出し、それを突破する主体を構想する。それが本書の目的である。ところが、その重すぎるテーマを前にして本書の叙述スタイルはなんだかとっても妙だ。文章はわかりやす過ぎるほどに明快であり、哲学書・思想書にありがちな晦渋さとは無縁。随分くだけた表現もあり、場違いなほど俗っぽい物言いに思わず吹き出してしまうこともしばしばだった(とはいえ、これは東の話術=トークにおいてはおなじみのものだが)。もともと著者・東は複雑なものをシンプルに整理して提示する達人だが、本書ではその技術がいよいよ究められつつあるように感じられる。

    全体の構成も面白い。本書は二部構成で、第1部ではまず今の世界のありようを描き、それに抵抗する主体として観光客=郵便的マルチチュードなる概念が提示される。この新しい主体のアイデンティティの在り処を探るのが第2部となる。詳細については実際に読んでもらえればいいのだが、東は上記のストーリーを描き出すために多様なモチーフを呼び出している。観光学や政治哲学を参照して記述する第3章あたりまではいいとして、第4章以降はネットワーク理論に情報社会論(サイバースペース論)にドストエフスキー論と怒涛の展開である。さらに第1章のあとに挿入される付論では東の過去の仕事であるオタク論および福島第一原発観光地化計画についても言及され、本書との接続が図られている。このような混淆性により、本書を読むことそれ自体が一種の知的観光となっている。まさに構成の妙と言えよう。

    以上のような独特の叙述スタイルは、課せられたテーマの深刻さにもかかわらず、本書をさわやかで風通しのよいものとしている。この「まじめ」と「ふまじめ」の同居こそ、本書の不思議な印象の正体だろう。

    内容については下手な要約をするより実際に読んでもらうのが一番だと思う。大変刺激的な議論である。第2・3章の近現代政治哲学の鮮やかすぎる整理は大変勉強になった。第4章で試みられる社会思想とネットワーク理論の接続は驚くべきアイデアであり、今後賛否両論を呼ぶことになるだろう。第6章は東の初期の仕事であるサイバースペース論のアップデート。第7章(最終章)のドストエフスキー論は感動的ですらある。

    ついでに言うと、本書は「東浩紀による東浩紀入門」としても読むことができる。前述した「多様なテーマ」とは、つまりは東が過去に取り組んできた仕事の集積であり、それを「観光客」というパースペクティブから再構成し、そこに新しいアイデアを加えてできたのが本書ということになるだろう。これまで東浩紀の最初の一冊は『動物化するポストモダン』か『弱いつながり』あたりだったのかもしれないが、これからは間違いなく本書となるはずだ。入門したところから一気に最前線まで連れていってくれるのだから贅沢なものである。

  • 内容は難しいのだけれど、「そうか!」と視界が開ける瞬間が多々ある。著者はたくさんの文献にあたってそれらをきちんと把握し、その延長線上にこれまでの著者自身の思索との結晶として、この哲学を出現させている。とはいえ、延長線上でありながら、その行き詰まりゆえにオルタナティブなものになっています。持続的イノベーションとして行き着いた哲学ではなく、オルタナティブであり、従来の価値観、ヒエラルキーを壊す、破壊的イノべーションになりうる萌芽としての哲学でしょうか。誤配がおこる、観光客をイメージした生き方が、ナショナリズムやグローバリズムに板挟みになった世界で、自分を分裂させず、保ち、そして連帯を生む生き方になるのではないかというのが、一番の筋だったでしょうか。そのために説き明かしてくれた世界の二層構造、国家と市民社会、政治と経済、思考と欲望。著者は、それを独特の言い方で、「人間と動物」とも表現しています。ここらあたりは、クリアな視点で世界を見つめるのにおもしろい視座でした。また、途中で、ネットワーク理論にも触れています。これは食物連鎖や人間関係を数学的に解明した複雑系の理論なのですが、それを援用することで、これまでの社会思想では見てきていない視界があることを指摘し、ゆえに、これまでの社会思想の欠落部分を捉えなおし、改変できる、可能性の大地を照らしているのを著者は目にとめて、思考に取り入れています。僕の印象だと、著者の哲学は、偶然だとか二層の重なりだとか、量子論の考え方からヒントを得たり類推したりして編んでいるところが、とくに発想面ではけっこうあるのではないかなあという感じがします。著者の小説、『クオンタム・ファミリーズ』だって、名前からしてもう量子論ですし。

  • 東浩紀は『弱いつながり』以来2冊目だったので、弱い~の続編的な目線で読んだ。2017年の人文書としてはかなり読まれた1冊で、目を通してみると著者の熱量がうかがえる。わかりやすく丁寧な文体で書かれながらも、今の時代を憂い行動を起こそうというような焦りを感じる。これがゲンロンカフェなどを精力的に展開しようとする東の原動力であるかと思うと、納得がいく。言論人として、批評家としての世界とのかかわり方。こうした人と人の撹拌の意図は本書でいう「誤配」だろう。

    本書のテーマは「観光客」。国民ではなく、旅人でもなく、観光客。国民国家と帝国という今までの社会論では二項対立的に語られていた概念が、政治と経済、コミュニタリアニズムとグローバリズム、社会と個人というそれぞれの文脈に分化されながらも、溶け合ってしまっているのが現代である。そのような時代においては、ヘーゲルが言うような個人→家庭→社会→国家という単線的な発展の図式は意味をなさなくなっている。だからこそ国家に閉じられた存在としての「国民」ではなく、どこにも根をもたない「旅人」でもなく、国家の住民でありながらも、自由に異国を訪れる「韓国客」としてのふるまいに可能性を見つけている。観光客は、同じものを見ても住民が見つめるようにその景色を見つめることはない。観光客のまなざしは「偶然」に照らされたまなざしである。文化や言語の伝統的な文脈を通じてその景色を見るのではなく、偶然に「誤配された存在として」その景色に出会い、目撃するのである。そのような既存の世界を再解釈するまなざしに、次の時代の可能性があるのではないかと著者は訴える。

    とても面白く読んだ。


    18.1.19

  • 何これ最悪。何が言いたいのかさっぱり分からない。

  • 貸し出し状況等、詳細情報の確認は下記URLへ
    http://libsrv02.iamas.ac.jp/jhkweb_JPN/service/open_search_ex.asp?ISBN=9784907188207

  • 観光も二次創作もともに、最初は嫌われるにもかかわらず、時間が経つにつれ受け入れられれ、いつのまにか住民や原作者の経済がそれなしには成立しなくなってしまう。 p46

    現代の消費環境においては、最初に原作があって、つぎに二次創作が来るのではない。原作者は最初から二次創作について考え抜いている。だとすれば、同じように、最初に「素朴」な住民がいて、つぎに観光客が来るという順序もじつは転倒しているのではないか。 p50

    21世紀のポストモダンあるいは再帰的近代の世界においては、二次創作の可能性を織りこむことなしにはだれもが原作が作れず、観光客の視線を織りこむことなしにはだれもコミュニティがつくれない。本書の観光客論はこのような射程のなかで構想されている。/二次創作者はコンテンツの世界での観光客である。裏返して言えば、観光客とは現実の二次創作者なのだ。 p51

    …すなわちこの現実は最善の世界ではないことを人々につねに思い起こさせることを企てる。ぼくには、そのような再誤配の戦略こそが、この国民国家=帝国の二層化の時代において、現実的で持続可能なあらゆる抵抗の基礎に置かれるべき、必要不可欠な条件のように思われる。21世紀の秩序においては、誤配なきリゾーム状の動員は、結局は帝国の生権力の荷姿にしかならない。/ぼくたちは、あらゆる抵抗を、誤配の再上演から始めなければならに。ぼくはここでそれを観光客の原理と名づけよう。21世紀の新たな連帯はそこから始まる。

    なぜならば、サイバースペースとは最初からアメリカの別名にすぎなかったからである。 p239

    イデオロギーのかわりにコンピュータが与えられたこの時代において、ぼくたちはどう世界と関係もつべきか。本書の探求の裏側にはじつはそのような問いがある。 p257

    【目次】
    第1部 観光客の哲学
     第1章 観光
     付論 二次創作
     第2章 政治とその外部
     第3章 二層構造
     第4章 郵便的マルチチュードへ
    第2部 家族の哲学(序論)
     第5章 家族
     第6章 不気味なもの
     第7章 ドストエフスキーの最後の主体

  • 2018/07/14 購入
    2018/08/21 読了

  • よくわからんかったけどおもしろく読み進められた。

  • 【農学部図書館リクエスト購入図書】☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆
    http://www-lib.shinshu-u.ac.jp/cgi-bin/opc/opaclinki.cgi?ncid=BB23460816

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著者プロフィール

東浩紀(あずま ひろき)
1971年東京生まれ。批評家・作家。ゲンロン代表。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。
著書に『存在論的、郵便的』(サントリー学芸賞思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞受賞作)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015受賞作)ほか多数。『ゲンロン0 観光客の哲学』は第5回ブクログ大賞人文書部門、第71回毎日出版文化賞受賞作。

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