哲学の誤配 (ゲンロン叢書)

著者 :
  • 株式会社ゲンロン
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本棚登録 : 258
感想 : 14
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784907188375

作品紹介・あらすじ

誤配とは自由のことである――
近くて遠い読者に向けたインタビュー&講演録

韓国の読者に向けて語った2つのインタビューと、
中国・杭州での最新講演を収録。
誤配から観光へ展開した東思想を解き明かす必読のテキスト。
韓国の若手論客パク・カブンによる解説も掲載。
日韓並行出版。

感想・レビュー・書評

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  • 我々は資本の論理に支配された一つのゲームをプレイしている、という話には共感した。
    様々な信念が立ち並ぶこの社会は多様性があって一見自由に見えるが、実はその信念(小さな物語)は、大きなゲームに勝つための「手」として使われているのであり、実際は不自由なのだ。

    現代では、信念があり、表現力、発言力の強い人間が有利だ。彼らはテンションが高く、豊かな感受性を持ち、純粋で、生きることを楽しんでいるように見える。しかし、そうすることが現代のゲームで勝つために必要であることを実は彼らは知っている。

  • 「動物化するポストモダン」を読んでいないので、ところどころがわからなかったが、10年以上前の考えなのに、このコロナ禍になって余計に響く内容に思われます。郵便空間からきた誤配という人間の行動がどう変容していくのか、今後未来に向けて考えてしまいます。「弱いつながり」にも似た観光の哲学についてもあらためて大事なことを教えてもらえたように思います。

  • “誤配”という言葉がもたらすイメージは、そうか、だから郵便的なのかというものだったのだが、東浩紀の色々を読んでみるとそうではなく、一見無駄に見えるそれぞれがもたらす新たな世界の広がりみたいな感じなのだろうか。
    いずれにしても哲学は、今の自分はまだ本当によくわからないのだが、たった一つ哲学とは考え方なのだという思いだけ持って、色々読んでみるのだけれど、結局のところは“自分”が、齢五十を超えてなお、まだフラフラしているのはまずいと思っていたところに、ぴたりとはまった分野だから、多分、本当に微かにだけどその素養はあるのだと思えるのだから、そろそろ、デリダにしろフーコーにしろ、ウィトゲンシュタインにしろ、そういう人たちが書いた原版を、東さんや国分さんや内田さんとかが、解説してくれてるものだけではなくて、直接読んでみる時期に来ているのかなと思う。
    この、哲学の誤配という本の内容からはだいぶ外れてしまうように思うのだが、この本を読んで湧き上がってきた思いはたしかにこの通りなんだよな。

  • 内容はなかなかむずかしかったけれど、インタビュー形式なので読みやすかった。
    東浩紀、という人物。その内面と考えを知るのにはいい一冊。

  • 東さんの言う「観客」は「言語ゲーム」の「観客」なのですね.cf.p.146 「日本語版刊行によせて」で20世紀後半の韓国について知ることが出来たのも良かった.cf. pp.196-201

  • 読了

  • 東浩紀ファンなら。

  • 「一般意志2.0」「観光客の哲学」の韓国語訳刊行に伴い行われた韓国読者向けインタビューの日本語版。
    訳者の安天氏のインタビュー手腕により韓国と日本の思想状況の違いが理解しやすい。また2書の時間差(2012⇒2018)による思考の変化も面白い。

  • 《コミュニケーションを深めればコンセンサスに達するというのは嘘で、ほんとうはその外部がないと議論は無限後退していく。(…)ぼくが提案する「データベース」は、外部でないふりをする外部とでもいえばいいでしょうか。》(p.34-35)

    《他者というのは、とくに発見しなくてもあちらこちらにいるものです。》(p.37)

    《あるていどまでは責任を取れても、全面的に取ることはできない。ぼくは、むしろ、そのずれこそが、人間という存在の本質を規定しているのではないかと思います。そういうことをいうために、ぼくはずっと「誤配」という概念を使いつづけてきました。》(p.89-90)

    《ゲンロンのお客さんには、じつにさまざまな職業や年齢のひとがいます。彼らはけっして、最初から哲学を求めていたひとばかりではありません。でもいつのまにかゲンロンにたどり着いてしまった。哲学は、そういうひとにこそ話しかける言葉であるべきだと思います。正しいことがわかるひとに向かって、正しい言葉だけをいう、それこそ哲学ではないでしょう。》(p.101)

    《率直にいって、才能が出てくるか出てこないかはわかりません。むしろ大事なのは、そのような(ゲンロンスクールという)新しい場があるとジャンルが活性化するということです。つまり、ぼくは仕組みをつくっている。コンテンツにしか関心がないひとは、いくら説明してもその重要性がわからない。ぼくの個人的な経験では、とくに出版社の編集者がそうです。そういう話を聞くたびに、ぼくの試みを理解してもらうのはむずかしいと感じます。》(p.112-113)

    《デモに行くことだけがアソシエーションの実践ではありません。二一世紀の消費社会には、デモとは異なるかたちの、さまざまなアソシエーションの方法があります。それを組み合わせてどのような新しい空間をつくるか。ぼくの本はその実践のためにあります。》(p.124)

    《したがって、ぼくたちはふたたび世界にパラロジーを導入しなければならない。観客を複数化し、ゲームを複数化しなければならない。グーグルやフェイスブックのアルゴリズムが定義するものではない、べつのゲームを再発明し、それを見るべつの観客の共同体を育てなければならない。その介入こそが、「正義への欲望と未知への欲望がともに尊重されるようなひとつの政治のデッサン」という言葉で、リオタールが夢見たことでもあるだろう。ぼくたちにいま必要なのは、複数の物語ではなく複数のゲームなのだ。》(p.163-164)

    《一九七〇年代の学生運動の衰退を経た日本では、八〇年代になるとマルクス主義はもう古いという認識が広まり、ポストモダニズムを始めとした新しい考え方が受け入れられ、ニューアカデミズム旋風が巻き起こる。他方、韓国では八〇年代になって初めて、マルクス主義が本格的な関心の対象になった。戦後、韓国と日本がたどった思想をめぐる歴史的変遷はあまりにも異なる。この大前提は何度でも強調しておきたい。》(p.198)

  • 「新対話編 東浩紀対談集」と共に購入しました。

    本書は、著者の本が韓国で出版されるに当たって、翻訳者が韓国の読者に向けて行った著者インタビューと著者が韓国で行った講演を収めたものです。

    韓国と日本では社会状況が異なる(特に政治への意識)ため、暗黙の共通感覚がない状態でのインタビューになります。そのため、著者も一から説明することになり、結果として著者の理論がより明確に説明されます。「当然言わなくてもなくて分かるだろう」という部分について、納得してもらえるように回答しなくてはならないので。

    著者の言う「観光客」という立場の重要性の実践のような本でした。

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著者プロフィール

批評家。作家。株式会社ゲンロン創業者

「2022年 『多様性の時代を生きるための哲学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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