遊廓のストライキ: 女性たちの二十世紀・序説

著者 :
  • 共和国
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  • Amazon.co.jp ・本 (273ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784907986063

作品紹介・あらすじ

逃げる! 戻らない!—— それが「活用」されることを拒んだ彼女たちの選択だった。

関東大震災からの復興を経て、モダニズムの時代として評価されることが多い、1920〜30年代。この時期に隆盛をきわめた労働争議と呼応するように、公娼制度下で「籠の鳥」と呼ばれた遊廓の女性たちが、自分の生と性を男社会から奪還するべく、立ち上がった——。青森、大阪、広島、佐賀、福岡など各地の史料をつぶさに読み込み、無名の女性たちの実像に肉薄する。近現代女性史の空白を埋める貴重な成果。

感想・レビュー・書評

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    歴史

  • 第5回毎週ビブリオバトル

  • 江戸時代、吉原から遊女が逃げることは「足抜き」と呼ばれた。借金を清算しないまま、ときには男恋しさで逃げ出した遊女が捕まると、ひどい私刑が行われる例は珍しくなかったという。「身売り」として苦界に売られた貧しい家の少女がそこから抜け出すことは簡単なことではなかった。
    「身売り」、つまりは「人身売買」である。
    ときは明治となり、政府が西欧諸国のシステムを取り入れて制度改革を進める中、この人身売買は大きな懸案事項となる。
    政府の動きは、諸外国からの目と、それまでの慣習との板挟みで、右往左往しているように見える。
    1872年、外国から娼婦に関しての人身売買であるとの非難があったことをきっかけとして、芸娼妓解放令が出される。解放令というと聞こえはよいが、これは、芸妓・娼妓は金銭によって売買されるため、牛馬のような家畜に等しい存在であり、家畜には借金返済の義務はないのであるから、芸妓・娼妓にもそうした義務はないという、「独特の論理」、有り体に言えばむちゃくちゃな理屈であった。
    さすがにこれは無茶だったのか、売春が女性の「自由意志」によってなされているという見地の法令が、この後、次々と出る。芸娼妓解放令が出されたわずか2日後、東京都知事によって、「望んで」遊女芸妓になりたいものは、審査の上で許すという布令が出る。それまでの遊郭は、こうした女性に場所を貸す「貸座敷」と名前を変える。
    名前を変えることにより、遊郭は遊女を奴隷扱いする場所ではなくなり、名目上は娼妓たちが「自由意志」により売春を商売として行うことになったわけである。
    1900年に出された娼妓取締規則では、自由廃業が定められる。芸妓・娼妓やそれを支援する運動家と、遊郭側とのトラブルに押されて出来たものであった。
    法令は出来たものの、もちろん、娼妓たちが文字通りの「自由」を手に入れたわけではなかった。「自由意志」という建前の裏側には、やはり売春を行う女性を低く見る本音が途絶えることなく潜み続けていたからである。

    本書はその時代の芸妓・娼妓たちが真の「自由」を求めてもがいた闘いを、出来る限り彼女たちの側から見ようとしたものである。
    元になっているのは著者の博士論文である。この時代、芸妓・娼妓が書き残したものがそうふんだんにあるわけではないが、新聞記事が多く引用されており、そこから実際の芸妓・娼妓の姿が浮かび上がってくる。

    「自由意志」という言葉には、人身売買を否定し、女性たちが「好きでやっている商売」であるという色がつく(さらには賤業に進んで就いたという差別の色を帯びる)が、言うまでもなく実態はそうではなかった。貧しさゆえに売られた女性たちがほとんどだったのである。一方で、たとえ外国向けの建前であったとしても、この言葉が、女性たちに「力」を与えたのも確かだった。自由意志であるのだから、自由にやめてもよいはずだ。曲がりなりにも廃業の権利を手にしたわけである。
    実際のところ、彼女らの待遇はひどく、昼夜逆転の生活であるうえ、客がつかなければ悪くなった食べ物を与えられたり、あるいは食事を抜かれたりする。楼主による強姦や折檻もあった。栄養状態や衛生状態の悪さから感染症などの病気になる危険も高かった。病気になっても満足に療養できるわけでもない。
    こうした背景から、徐々に声が上がり、解放への動きが起こっていく。

    『吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日』を書いた森光子は大正時代の娼妓である。大正15年、吉原から逃走し、白蓮事件で知られる歌人・柳原白蓮の元に逃げ込み、大きな騒ぎとなる。
    本書にも光子の本から多くが引かれているが、当時、「自由意志」で営業していたはずの娼妓たちが、「自由廃業」するには、どれほどの見えない壁があったかが感じられる。
    ともかくも、こうした事件をきっかけに、各地で集団逃走が起こり、新聞にも取り上げられるようになっていく。同時に、世論が高まり、楼主側にも自発的に待遇の改善をするものも出てくる。
    逃走した遊女たちの行方は必ずしも明らかではないが、郷里に戻るなどして、新しい生を始めたようである。きっかけを作った森光子は、一時は支援者である外務省役人と結婚するが、後に離婚したようだ。籠の外で、必ずしも幸せいっぱいではなくとも、自身の意志で歩いて行けたことを願いたい。

    逃走の動きは、後に、より労働運動としての側面が強いストライキへと移行していく。
    時代は昭和期に入り、飢饉や冷害で、地方経済には不況の嵐が吹き荒れていた。困窮した農家は娘の身売りに頼るしかなくなる。
    そんな中で、遊郭では、労働環境を改善する意味合いの強いストライキの決行が目立ってゆく。不景気で客足も鈍い。遊郭も営業が厳しい。食べるものも粗末になり、楼主も横暴になっていく。
    ストライキの目的は、まずは非道を世間に知らしめることにあったようだ。
    彼女たちの視点と、遊郭の外側の労働運動活動家たちの視点の間には、しかし、幾分かのずれがあったようだ。活動家たちがともかく賤業の廃業を目指したのに対して、娼妓たちは、自らがいかに不当に抑圧されてきたのかをわかってほしかったように思える。
    それは、一段低い、卑しい存在と見られ続けてきたことに対する言葉にならない抗議であり、身体だけでなく、人間として、精神も「解放」されたいという叫びのように思われるのである。

    時代が移り変わり、遊郭は衰退していく。
    けれど実はそこに潜んでいた問題は、いまだ、形を変えて残っているようにも思える。


    ・関連書
    『吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日』
    『幽霊名画集―全生庵蔵・三遊亭円朝コレクション』*収録された「宿場女郎図」が遊女の生活の厳しさを物語っています。
    『戦後日本の人身売買』
    『吉原夜話 (1964年)』*こちらは楼主の視点

    *柳原白蓮関連の本も何か読みたいなと思いつつ、白蓮さん自身も結構クセのある人のようにも思われ、ちょっと決めかねています。いずれ、適当なきっかけがあれば。

  • 20150405朝日新聞、書評

  •  『遊廓のストライキ』(共和国 2015年03月)
    著者:山家悠平(日本近代女性史)

    【メモ】
    ・版元が「共和国」。新しい出版社らしい。
     <http://www.ed-republica.com/

    ・内容紹介文
    “関東大震災からの復興を経て、モダニズムの時代として評価されることが多い、1920〜30年代。この時期に隆盛をきわめた労働争議と呼応するように、公娼制度下「籠の鳥」と呼ばれた遊廓の女性たちが、自分の生と性を男社会から奪還するべく、立ち上がった——。青森、大阪、広島、佐賀、福岡など各地の史料をつぶさに読み込み、無名の女性たちの実像に肉薄する。近現代女性史の空白を埋める貴重な成果。”


    【目次】
    はじめに 語られなかった歴史を語るということ

    第1章 芸妓・娼妓を取り巻く環境
    遊廓の「近代」の始まり/廃娼運動の誕生/廃娼運動への批判的視座

    第2章 遊廓のなかの女性たち
    閉ざされた門のなかで/識字率の上昇と情報の流入/遊廓を離れてから

    第3章 一九二六年の大転換
    遊廓の改善という世論の高揚/新聞にあらわれる「娼妓」たち

    第4章 実力行使としての逃走
    逃走の時代の幕開け/広島、弘前、ふたつの直接行動/逃走の時代のあとに

    第5章 逃走からストライキへ
    凋落する遊廓/大阪、松島遊廓金宝来のストライキ/佐賀、武雄遊廓改盛楼のストライキ/遊廓のなかの女性たちが「求めたこと」

    おわりに 「解放」と「労働」の境界で

    註/参考文献/あとがき

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著者プロフィール

一九七六年、兵庫県に生まれる。現在は、大手前大学学習支援センターに勤務。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。専攻は、日本近代女性史。共著書に『労働のジェンダー化』(平凡社、二〇〇五)、翻訳に、レベッカ・ジェニソン「呉夏枝と琴仙姫の作品における『ポストメモリー』」(『残照の音――「アジア・政治・アート」の未来へ』所収、岩波書店、二〇〇九)がある。

「2015年 『[新装版]遊廓のストライキ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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