冬牧場

  • アストラハウス
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784908184307

作品紹介・あらすじ

芥川賞受賞作家・李琴峰氏推薦!
「温度計も測れない厳冬、羊のフンに囲まれる地中の家、果てしない荒野――
過酷な環境とともに描き出されるのは、遊牧民の人間味溢れる暮らしと営み。
クスッと笑うこと間違いなし! 」

中国文学における最高栄誉の魯迅文学賞を受賞した李娟の代表作『冬牧場』がついに日本刊行!
李娟は、他にも上海文学賞、人民文学賞、第二回朱自清散文賞など多くの文学賞を受賞している。

本書は、世界で一番海から遠い都市、新疆ウイグル自治区のウルムチから届いた極上の紀行エッセイ。
著者の李娟と、新疆ウイグル地区アルタイ地方にある冬の牧場で遊牧をしているカザフ族との約三カ月にわたる心温まる交流を綴っている。また、このような遊牧民の生活は、中国の政策によって近いうちに遊牧民たちも定住を選ぶ時代になるかもしれないという時代に、非常に貴重な記録となっている。

感想・レビュー・書評

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  • 著者・李娟(リー ジュエン)の『アルタイの片隅で』がとても印象に残る散文集だったので、続けて彼女の代表作といわれる紀行エッセイ『冬牧場』を手に取った。

    『アルタイの片隅で』では、李娟の母親が営む裁縫店兼雑貨店に訪れるカザフ族の遊牧民たちとのふれあいが描かれている。わたしは彼らの日常を彩る喜びや孤独から「幸せ」について思いを巡らせた。
    対して、この『冬牧場』は、李娟が極寒の荒野に入るカザフ族の遊牧民一家に同行し、彼らと暮らしたひと冬の記録となっている。この作品を通じてわたしが強く感じたのは、「生きる」ということについてだった。それは「幸せ」への問いと同じく、簡単に答えがでるものではなく、今も考え続けている。
    ただ、『アルタイの片隅で』でも思ったのだけれど、「生きる」ことも「幸せ」同様、人それぞれのものであるということ。何を幸せと思うか、生きるために譲れないことはなんなのか。それらを大きくひと括りにして同じ答えを人々に求めるのは、やっぱり違うと思うのだ。

    「序文」で、こんな場面がある。
    李娟が「冬牧場」を去った年の初秋。彼女を受けいれてくれたジーマ一家の息子ザーダの病気が重くなり、父子はアルタイに治療のためにやって来る。
    李娟は彼らのために病院を見つけ、医者は入院して治療するように父子に勧めた。ところが彼らはたった1日入院しただけで、李娟に何も言わずに去っていった。
    ジーマは、「すぐに山に戻って牧場の移動の準備をしなくてはならない。羊たちが南下を始めているから」と言っていたらしく、医者は、父親が「家畜」のことだけ考えて、人命をおろそかにしていると非常に憤った。

    けれども、ジーマ一家とひと冬をともに過ごした李娟には、彼が医者に言った言葉が、何だかわかる気がした。なぜならば、遊牧民の運命と牛や羊たちの運命は深く絡みあっているからだ。
    わたしは遊牧民と生活をした李娟と違い、李娟の記録した彼らの生活を読んだだけではあるのだけれど、それでも少なからず遊牧民をまったく知らない医者よりは、ジーマの言葉がなんとなくわかる気がした。だってそれが彼らの「生きる」ということなんだから。

    その後、李娟とジーマのお互いが携帯電話の番号を変えたということだけで、李娟は彼ら一家との連絡方法を失ってしまう。
    これらのことから浮かび上がってきたのは、遊牧民と、わたしたち遊牧という生活の外側にいるものとの間には、物理的にも心理的にも困難な距離があるということ。
    そしてそれは、遊牧民を少しは理解しているであろう李娟でさえ、一旦彼らの生活から離れてしまえば同じで、遊牧民たちとの間の深い溝、果てない距離を感じずにはいられなかった。

    今、遥か昔から自然と調和し営まれてきた遊牧という生活様式が失われようとしている。遊牧民たちは、中国政府が進める遊牧民の定住プロジェクト(退牧還草政策)により放牧地を放棄し、ウルングル川岸の定住拠点に移り住まなくてはならないのだ。
    遊牧民の生活はとんでもなく過酷で厳しく、決して豊かではないし、温度計も測れない厳寒の荒野では体も悲鳴をあげる。
    そんなことを思えば、遊牧民の定住化は緩やかにでもすすんでいくはずだ。そして定住すれば生活は安定するだろうし、子どもたちもよりよい教育を受けられるようになるだろう。

    けれども、それが幸せの全てかと問われれば、わたしは何か違う気がする。
    なぜならば、この本に登場する遊牧民の家族たちの暮らしには、ユーモアたっぷりのジーマを中心に、たくさんの笑顔や楽しいことが溢れていたからだ。
    強かに生きていくために羊や牛たちと向き合う誠実さ。近所の人たちとの賑かな食事。突然の来客にも喜んで盛大におもてなしをする、おおらかさ……
    彼らの心の持ちようは豊かで、そこには彼らの幸せな日常がちゃんと存在した。

    同時に、家畜ブローカーの「定住がいいに決まってるよ。ただ、カザフ族は終わっちゃうね」という言葉に、わたしは今の時代の遊牧民たちの一生を想像すると心情はぶれまくる。
    だとしても、ジーマたちのどんなに過酷な状況であっても笑いと誠実さを忘れず遊牧生活に向き合う姿はやっぱり尊く、タフに「生きる」ということは、どんなにすごいことなのかを、わたしに教えてくれた。

    この本とは全然関係のないエッセイなのだけれど、梨木香歩さんの『ここに物語が』のなかに、塩野米松著『失なわれた手仕事の思想』の一文がある。
    「私たちは手仕事の時代を終焉させてしまったのである。それなのに、今現在、手仕事の時代に代わって進もうとする方向性は指し示されてはいない」
    この一文に、なぜかわたしは失われてゆくカザフ族の遊牧生活が重なったのだ。
    梨木さんはこの「失われてゆく」でも、「失われようとする」でもなく、『失なわれた』としたタイトルに、今ならまだ振り返ることができる、今書き留めて置かねば、という著者の使命感が感じられると綴る。それは、感傷的なものとか、警鐘的なものではなくて……
    李娟もそうだったのかもしれない。

    わたしが遊牧民の愛すべき姿を知り、そこからいろんなことを考えようと思うまでになったのは、李娟の文章によって描かれた彼らだったからだ。それは間違いない。
    彼女の文章は、まるで春の訪れを予感させる雪どけ水のようだった。なんの混じりけもない清らかさと味わいのある深い文章を、わたしはごくごく飲んだのだ。

  • 2023年7月
    この本は著者がカザフ族の中国人の冬の放牧に同行した時のことを書いたエッセイである。現在の中国において放牧をして生活するカザフ族はいなくなりつつある存在らしい。
    自然は厳しく、冬牧場での生活は過酷だ。
    著者の視線は「寄り」で、遊牧民の生活様式のみならず、カザフ族の男であるジーマの内面にまで迫っている。遊牧民の孤独と誇り、ままならない。

  • 失われていく少数民族の暮らしの紀行エッセイ。
    荒野に羊のための牧草を求め、ラクダと砂漠に降る雪を集める。

    いのち。くらし。生活の糧。

  • 真っ赤な光が広がる朝焼け。
    世界が金色に染まる夕焼け。
    キラキラとうつくしい雪解けの水。
    どれも、息を飲むような光景だ。それは、極寒の地で冬を越す民族への、自然からの特別な贈り物。

    本書は、カザフ族と共に羊を放牧しながら、ウルングル川周辺の「冬牧場」でひと冬を越した著者の紀行文である。

    それにしても、と思った。カザフ族の遊牧民たちは、本当にわたしと同じ地球に住んでいるのだろうか。少なくとも、わたしの現在の暮らしとはかけ離れている。そもそも、遊牧民族についてじっくり学んだことはあっただろうか?本の中にはわたしの知らない世界が果てしなく広がっていた。

    早朝三時に起き、一時間以上かけてお茶を飲む。夜明けの光に照らされる頃、馬にまたがり、砂漠を移動し始める。夕方、 次の野営地に到着すると、テントを張る。雪を温めた水を飲み、少しの食事を摂る。家畜の世話をする。砂漠の中で野営する。
    ここまでは、想像の範囲内。

    朝は零下三十五度まで下がる。
    放牧中に、果てしなく広がる礫砂漠で、感じる孤独。
    羊を追って帰る夕方は、頬は数十回ビンタをくらったように痛み、頭はこん棒で殴られたみたいに痛い。
    こういう辛さは、経験した人にしかわからない。

    それでも、遊牧民族たちの暮らしの中には、ささやかな喜びが見つかる。
    辺り一面単調な砂丘では、一粒の小石さえ美しく思われ、心が揺さぶられる。小石は、どんな宝石にも変えがたい輝きを放つ。

    自由気ままなラクダ、わざと別々の方向に走っていく三頭の子牛、いちばん自由でどこでも走り回る馬、群れるのが好きな羊たち。そして個性豊かな人々。

    孤立した生活を営む遊牧民族たちの、寂しさや貧しさを描きつつ、クスッと笑える話や心が温まる話も織り込まれ、まるで様々な感情の糸で美しく編まれたタペストリーのような物語だった。

  • カザフ族の冬の遊牧生活を描いたエッセイ。
    定住化によってこのような遊牧生活がいつまで続けることができるのか分からないので、貴重な資料にもなるだろう。
    マイナス30度をも下回る過酷な環境下において、遊牧民の家族が活き活きと生活を営んでいる様子を興味深かった。

  • ノンフィクション
    冬の遊牧の同行した記録
    読んでいるだけで痛い寒さが伝わってくる。

    地下穴の家 地窩子 ディウォーズ
    太陽が昇る前、世界はまるで一つの夢のようで、月だけが真実だった。太陽が昇った後はすべての世界が現実となり、月だけが一つの夢のようだった。
    一人でラクダのキャラバンを引いていくのは孤独で、とぼとぼと砂漠を行くと、前にも後ろにも人影はなく、ただ果てしなく広がる荒野…静けさだった。千何百年もの間、どれだけの遊牧民たちが同じような孤独をかんじながらこの大地を移動していったのだろう。
    六ヶ月も続く長い冬と痩せた土地は、カザフの祖先たちに遊牧という厳しい生産方式を選ばせた。

  • 2010年、私が体験したのは遊牧民の寒くて寒くて寒い冬ー

    著者・李娟が新疆ウイグル自治区アルタイ南部のカザフ族の遊牧民の一家と共に旅をして暮らしたノンフィクション。

    バタバタとした(主に服装の)準備から始まり、遊牧民との旅、生活、出会いと別れ、何事もとにかく寒さをしのぎ、水を得るため戦いであり、困難の連続。それが今を生きる人の目で丁寧にかつ軽やかに描かれている。これは李娟の筆致によるもので、彼女は私が持っていた強い中国人女性とは異なり、なんともほわほわとしたところもあるごく普通の女性だ。

    彼女と生活を共にする人たちも、ごく普通の、それぞれに素敵な能力を持つ人たち。彼らは黙々と日々の暮らしを営んでいる。少ない食料と単調な仕事。テレビは大好きでみんなで噛り付いて観る。子供はどこにいても元気。ごくありきたりの生活なんだろう。でも読んでいると、地窩子(地下穴の家)で彼らと一緒に極上のミルクティーを飲んでいるような、温かくほのかな幸せを感じられる。

    遊牧民の彼らはその後は政府のプロジェクトにより、定住しなければならなかった。その記憶を残すために李娟により書き留められた記録。日本を含めた世界中で起きていることだろうけど、古くから伝わってきたものが失われていくのは寂しいかぎりだが、李娟が書くことによって日本にいる私がこの牧場に立ち寄ることができたのは貴重な体験だ。

    #冬牧場 #NetGalleyJP

  • 2段で、分量多め。

  • 副題は『カザフ族 遊牧民と旅をして』
     夏には夏の牧場に移動し、寒くなれば少し南の冬牧場に移動をする。

     厳しい自然、厳しい遊牧の仕事、厳しい経済状況、とにかく「厳しい」と形容詞がつく中で見せる美しい暮らしぶり。心に残る表現や情景に出合うたびにエフを付けて読み進めた。
     読み終えた今、素晴らしい世界に触れあえた感慨に浸っている。

  • 河崎みゆき(翻訳):國學院大學非常勤講師。

    ※國學院大學図書館
     所蔵なし

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著者プロフィール

【著者プロフィール】

李娟(リー・ジュエン)

作家。1979年、中国新疆生まれ。1999年ごろから、新疆北部のアルタイ遊牧地域で、母親が営む雑貨店を手伝いながら散文を書き始め、「南方週末(Southern Weekly)」紙などにコラムを持つようになる。2018年『遥遠的向日葵地』で中国文学最高栄誉である魯迅文学賞を受賞。他にも上海文学賞、人民文学賞、第二回朱自清散文賞など多くの文学賞を受賞している。代表作は『冬牧場』『羊道』三部作など。新疆在住。

「2021年 『冬牧場 カザフ族遊牧民と旅をして』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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