さよなら、俺たち

著者 :
  • スタンド・ブックス
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感想 : 31
  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784909048080

作品紹介・あらすじ

1200人を超える女性の恋愛相談に耳を傾けた結果、見えてきたのは男たちの幼稚で狡猾な姿だった。恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表として恋愛と性差の問題を発信してきた著者による、初の本格的ジェンダー・エッセイ集。失恋、家事、性風俗、マンスプレイニングからコロナ離婚まで、様々なテーマに根づく男性問題を掘り下げていく。男たちは今のままでいいのか。これからの時代私たちに必要なことは、甘えや油断、無知や加害者性など、自分の見たくない部分と向き合いながら、「俺たち」にさよならすることだ。

感想・レビュー・書評

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  • 素晴らしい。

    わたしたちが長年感じていた不満を理解しようとしてくれているし、実際してくれているし

    ものすごく頭にくるエピソードもあるけど、それを認めた上で、なぜそういう考えを持ってたかとか、どうして改めなければいけないか、具体的にどう変わるべきか、

    そういうことを考えて(くれて)いる。

    そっか、だから"男の人"って、そういう行動をとってしまっているんだ、って納得できたこともたくさんあった。

    自分のことを"男性"だと思っている人に、繰り返し読んでほしい。

    コミカルだけど、

    日常のジェンダーに関する、バイブル本になるくらい、深い本だと思う。

  • 著者がけっこう赤裸々に自分の恋愛遍歴や女性への思い、女性とのつき合いなどを書き連ね自己開示をしながら、男性というもの女性への対し方を悟っていくような……感じかな。よくぞここまで男性的行動や心理を自分なりに分析しながら(たぶん)正直に書いたと思った。いやはや、男たちって物事や異性をこの程度にとらえているのかと思った。わりと女性的立場で物事を見ているつもりの自分のお株を奪われるような危機感を思った。
    タイトルには、何かと徒党を組んでホモソーシャルな世界で女性とちゃんと向き合わない「俺たち」と別れ、あらたに「私」という個人へ脱皮するような思いが反映されている。読み始めた前半のあたりは、「俺たち」的な話ばかりじゃないかと思った。たとえば、自分の行動の振り返りを「俺たち男は」として論じてしまうような。なーんだ、看板に偽りありかと思っていたら、後ろのほうは見事に「私」になっていった。双子ちゃんの誕生にまつわって書いた文章は「ぶんちゃん」の話も相まってとてもいいなと思った。

  • 著者が男子高生だった時代に「世間からまったく興味を持たれていないことを痛感し、自分はあまり価値のない人間なのだろうという感覚」を持ち、「内面には興味を持ってもらえなかった一方、結果や実績、役割や能力といったもの(=doing)で人間を計られている感覚」だった
    →「そんな中で、自他のbeingに関する観察眼や言語化能力が育たず、知らぬ間に「気づかない男たち」になってしまっていたのではないか」
    という視点が、男の人でないとなかなか気づけないもので、なるほど感じた。

    「doingにしか興味を持たれないし、自分も他者のdoingにしか興味を持てない」男性を作り出さないためには、恋人や家族など近しい人の一人一人に、女性がよく話し、そして、話を聞くべきなのではないかと思った。
    男性の「気づかなさ」が育ち方からくるものから、女性は最初から諦めてはいけないし、男性も歩みよってきてほしい。

  • 今では嫌いなマチズモに適応しようとしたこと、適応できた瞬間に確かに喜びを感じていたことを思い出しました。

  • 秀逸なタイトルと恋バナ収集という特異な活動背景があるからこそ書ける本。自省的な思考を刺激されるが先の変化に繋がる兆し少なく、もう少し見通しの開ける感覚は欲しかった。

  • ・男はdoing 女はbeing

    ・human being としての多様性を認めること。
     実績としてのdoingの根底にあるもの。

    ・説明したがる男たち。

    ・テレビ番組によるジェンダーの再生産。

    ・個人モデルと社会モデル。熊谷晋一郎
     社会が個人に合わせること。バリアフリーも、生理も。

    ・自民党は、個人ではなく家族を最小単位とする国民を夢想した。それは天皇制の維持につながる、と。

    ・お茶をいっしょにする、で性欲の代替。

    ・性欲があると、女性とのコミュニケーションは誘導的になる。

    ・おっぱいパブ、はホモソーシャルの確認場所。

    ・what I am を意識すること。

    ・家事は、careである。自分以外の人への。

    ●日本の美意識は、emptyness。
     欧米のsimple=ものと機能の最短距離を志向すること。
     空洞があることで、コミュニケーションに余白がある。あらゆる解釈を受容できる。(原研哉)

    けれど、そんなハイコンテクストなものではなく、
    ぶつかり合いながら進む、ローコンテクストなものも必要なのではないか。

    バラバラな個人が、バラバラなまま共存できること。

    ズレを無視することは同調圧力になる。
    「私たちはもしかしたら、すれ違ってすらないのかもしれない」 
     

  • 男性目線から書いたジェンダーエッセイ本。

  • フェミニズムや女性性について興味を持つようになりしばらく経ったのですが、ものごとの片面(※ここでいう私の自認の性である女性について)しか知らないことに恐怖を覚え始めて読んでみたもう片面(男性について)の本です。

    とても興味深いものでした。著者自身が男性であり、男性を俯瞰として見ているスタイルです。
    女が男を研究して書いたものよりも、より相手の気持ちに近いのでよかったです。

  • わかりやすい言葉で記してくれている教科書のような本。
    時代は変わっても、今まさに起こっているだろう
    事例。
    男の特権。。。言い得て妙でした!!

  • 清田さんが、高校生の頃や大学生の頃の自分を振り返り、客観的にみて今の社会構造と結びつけて考えていることに、上から目線かもしれないが偉いなと思った。人は、誰かを傷つけたりした思い出などは、触れたくないし思い出したくもないのに。
    でも、男性の清田さんだけでなく、女性である私も、似たようなことで人を傷つけてきたのではと、居心地の悪さを感じながら読んだ部分もある。
    自分がかっこいいと思った人は全て恋愛対象としてみたり、男友達と仲良くなればすぐに恋愛と結びつけて、友達として信頼関係を深めようとかそんな発想がほとんどなかった。それによって傷つけたり、失礼なことをしてしまったことは、きっといっぱいあったし、同性の友達を嫌な気持ちにさせたこともたくさんあったはずだ。
    それを思い出すととても嫌な気持ちになるけど、清田さんはそれを言語化して活字にしているのだからすごい。
    著者は何度か、今の社会はbeingではなく、doingに人の価値を置いているという。私自身も、そんな風にしか自分を評価できなくなっていて、それが生きづらさなんだろうなと気付かされた。何もなし得ていない自分に、何も持っていないじゃんって思う。
    ただ、ちびまる子の話は、ここ数年のまる子は、やたらといい話にされている。お母さんは優しいし、ひろしも娘思い。まる子以外にも、最近のアニメは、友情、家族愛、感動をやたらと強調する内容になっている。それももしかしたらdoingに偏っている傾向の一つなのかもしれない。

    と、気付かされたことたくさんあった。私も本を読み、自分の感情や日常を言語化する訓練をしたいと思う。

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著者プロフィール

1980年東京都生まれ。文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。『cakes』『WEZZY』『QJWeb』『an・an』『精神看護』『すばる』『現代思想』『yom yom』など幅広いメディアに寄稿。朝日新聞be「悩みのるつぼ」では回答者を務める。桃山商事としての著書に『二軍男子が恋バナはじめました。』(原書房)『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(共にイースト・プレス)、トミヤマユキコ氏との共著に『大学1年生の歩き方』(左右社)、単著に『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(晶文社)がある。

「2020年 『さよなら、俺たち』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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