モヤモヤの正体 迷惑とワガママの呪いを解く

著者 :
  • ミシマ社
3.32
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感想 : 17
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784909394316

作品紹介・あらすじ

犯人は、「他者の不可解な行動」や「社会の空気」にあらず……
共感、個性、協調性、正しさ、「みんなが…」
――こうした言葉で、現代人が自らハマる罠を見事に解明!
身体に根ざした、本当の自信を取り戻す!

本書では、多くの人がわだかまりを感じている出来事をそのまま受け止めて、「なんだかなぁ」と違和感を共有するにとどまらず、その手前までさかのぼり、起きていることを「ただ起きている出来事」として捉え、その上で何が私とあなたの間にモヤモヤを生じさせてしまうのか。そういうふうに考えてみることにしました。善い悪いを決めるためでも問題を解決するのでもなく、問題を作り出しているのは何か。モヤモヤの正体に迫っていきたいと思います。――「はじめに」より

感想・レビュー・書評

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  • 作者はプロのインタビューアー。語りかけるような内容で読みやすい美文だなと感じる。なんでベビーカーを満員電車にのせたら迷惑か、身体的な特徴を元に笑いをとることについて、個性と協調性を両面で求めることはなぜか。
    答えのない問いが多く、正直モヤモヤの正体がはっきりしたとは言い切れないが、哲学書やラテラルシンキングの本としても楽しめる。繰り返し読んでもよいし、時代の普遍性のない内容では。

  • 人の目ばっか気にしすぎちゃうよね

  • 「満員電車にベビーカーを広げたまま乗るのは非常識だ」そんな風に暴言を吐く人は実際は、自分を正当化させたいだけなのでは?といったモヤモヤの確信に迫る1冊だった。

    この価値観を知っているかいないかで、今後の社会に対する見方が変わってくる気がする。

  • モヤモヤの正体 迷惑とワガママの呪いを解く。尹 雄大先生の著書。同調する必要なんてない。協調性なんて気にしない。迷惑だと言われてもいい。ワガママだと言われてもいい。他人の評価よりも自分自身を好きになること。迷惑ワガママと言われないために生きているわけではないから。モヤモヤの正体は自分自身の心の弱さなのかな。迷惑とワガママの呪いを解かないとすっきりしないから。

  • 1.5

  • 以下引用

    彼は社会を枠組みのない決まったものでも、何が何でも従うべきものでもなく、あくまで動的なものとして捉えていたこと、いつだって私たちの力で変えることができる、だから現状に対してノーということは、個人が社会を動かしていくうえでの原動力となる

    日本はノーよりもイエスを良しとします。

    厳しく指導し、結果を求めたところで個々の自立があまり望めないのは指導する人の考えや評価基準への依存を学習するから

    自分に厳しくといったところで、ほとんど親や教師から教えられた価値観をなぞっているのが実情

    他人にのぞまれるような自分を演じる


    世間が求めている常識に従って、自分の主張を取り下げ、他人の言動に異を唱えるよりも、まずは受け入れ、共感し、同党にふるまるのをよきこととしてきた

    私が誰かと出会い、言葉を交わし、何か通じ合ったとき、喜びを覚えるのはなぜか。あなたの中にまだ見ぬ「私」を見出すからです。私の中にいる<あなた>という名の他者を通じ、わたしはあなたと出会う

    彼らはできることがある、それ以外に何が必要なのか、と実に堂々たる態度

    身体に自信が備わっている、というより身体が自信なのです。そのため他人がどうあれ、自分の感覚こそが、重要で、あまり人に共感を持ちたいと思っていない

    自分のやり方にこだわって妥協しない態度はみんなと一緒の共同作業には向いていないし、折り合いをつけたい人にとったは迷惑です。気に入ったものが作れなかったからやり直す、納期を守れないのは、発注した側からすれば、わがままです、ものづくりいの仕事を垣間見ての私の感想は、己を徹底してしか行き付けないし、だからこそ見える景色があるのだなということ

    身体に根を張る具体的な生き方を支える技、それがない代償としてコミュニケーションとそこで得られる共感を頼りに、自身の価値を「いいね」をはじめとする他者からの評価で得ようとする

    私のいた施設では、社会復帰に向けた練習は行っていませんでした、かえってそれがものづくりの特徴のひとつになっていました

    健常者は、目的を掲げて結果を求めるための訓練が得意

    ★苦手なことを克服する努力をしないとすれば、どうやって製品をちゃんと作ることができるのか、確かに重い障害のある人が規格品をつくることは難しい、けれども自分のやり方でものをつくることはできる


    ここでいうできないは、健常者の期待する通りにはできないのであって、かれらは独自のやり方とこだわりで作ることはできる。彼らのできると、健常者のできるは違う

    成長や能力の向上をよそに、「いま・ここ」において努力せず、できることをただ表す姿に動揺している

    淡々とただ愉快そうにほっているだけだった。ただひたすら彫ることをしているだけ、その姿はとても自身にあふれているようで、まぶしく見えた

    彼らが自信ありげに見えたのは、そのときにできることをただ行っているだけだからではないか。ただものごとを行っていれば、できなかったらどうしようという不安が入り込む隙がない

    強度は何によってもたらされるでしょうか、自分の外の概念に身をゆだねることで強くなろうとします、けれども彼はどうやら自分を何かの基準に照らし、比較して行動することにあまり関心を払っていない

    自分がただ自分でいることを禁じられ、それはおかしいといわれ、教え込まれるとやんだり弱くなって、本人も気づかないうちに自信を失ってしまう

    同町圧力で才能をつぶしにかかる

    この社会はわかりあうことへの期待が異様に高い。それは自身のなさに由来している。私の抱く不安への共感を
    示しほしい。

    常識という名で語られる了見の狭さをうたがうべき

    客観性によってものごとを理解するはやさ

    客観とは、対象と自分との関係を捉えてものごとを考えること、主観なくして存立しない

    思っていた通りの出来事のおとづれは、変化の否定を意味します。永遠の美が実現しないのは、概念だから

    私たちが安全に生きていくために採用した方法は、社会の価値に合わせることでした、それをよしとするようになったのは、自分の感じていることが正当に扱われず、また感じていることと社会の価値との違いを肯定されなかった数多くの体験があったから

    感じていることを率直にただ表現することは、迷惑、わがままと価値づけされる。本当はそのように判断されて却下される前に、あなたの率直な表現に対して肯定や否定や様々な反応がありえたhがず、全面肯定でも、全面否定でもなく、他人とのせめぎあいの中で生まれる新たな独自の価値観

    あなたはそうなのですね、で済ませればいい。

    自分が手にしている信念を疑うには勇気が必要。他人と異なる行いをしては抵抗と摩擦が起きる。この社会では集合意識みたいな思い込みが空気としてある

    自信を持つというよりは、信じるという根拠のない感覚、感覚は言葉に比べると確認するにも手ごたえが薄く、つかみどころがありません。

    自分が無視してきた体感にフォーカスしていくと、長年かけて育てた感性が実は社会に合わせていたことや、分かってほしかったけれど、理解されなかった経験があったのだと気づかされる

    感じることはわかりやすい理解に至らないため、とても弱く頼りなく思える。ところが弱さを認めることが結果として強さに結びつく

    この社会に適応していないと非難されたとしても、適応していないのは、ただ適応していないだけで、そこに善いも悪いもない。社会性がないから、真っ当ではないという表現は直ちにあなたが常識外れなことをしており、それが反社会的な行為のように扱われる、しかし逸脱は反社会ではなく、非社会的な行為なのだと視点をずらしてみる、単に現状の社会の中には見当たらないだけ

    誰かの言った正しさを受け入れ、それにかなうように努めてきた

  • 全賛同というわけではないけれど、色んな意見が読める本。頷くところ多々あります。

  • “冷静に話すことを重視する人たちが強調するのは「怒りは何も生まない」です。怒りは当たり前ですが、個人的なものです。しかし、「何も生まない」という考えは、怒りの発露をワガママであるかのように扱いかねません。(中略)
    怒りでわなわなと震えるような、もっともらしい理屈では言いようもない怒りは、そのまま「怒っている状態」として表すほかないわけです。「感情的に話す」ことが怒っている状態を伝える上でもっともストレートな表現です。であれぱ、「それは良くない」などと他人に自分の怒りを奪われる筋合いはありません。”(p.99)

  • 仕事をめぐるモヤモヤ
    「何を選んでいいのかわからない」
    ・ハズレクジを引きたくない、や不満があるのに自ら選べないは、よく分かると思った。
    自分1人の責任で解決出来る事なら、すすんで失敗しても良いと思うけど、状況によって「不利・ハイリスク」が予想されると途端に自信がなくなり動きが鈍くなる。
    責任持てないから他力本願・効率的でリスクの少ない方法を考える・手を出さないとか。

    他、「協調性と個性を求められる」や「いじる」等、かなり痛い所を突いてるな〜と思う一冊。

  • はじめて読んだ時は、求めている内容と違うことと内容が難しくて、一旦断念。再度読んでみると、日常のよくある出来事を深すぎる部分まで掘り下げていることに気付いた。内容は2回読んでも私には難しかったので、理解したいのならば何度も読み込む必要があると思う。章によっては、モヤモヤしたことがない或いは経験すらないので、内容がわからないという部分もあった。
    ここまで一つのことに対して深く考察できるのはすごい。
    同調圧力、自信のなさ、常識、周囲の目、これらが原因です、で終わらずにそこから更に深掘りしていく、インタビュアーならではの内容。

    五章の障害者施設の話が一番良かった。健常者は「できないことをできること」に重きを置く。しかしそれでは個性がなくなる。偏りがあるから個性的であれる。施設の人は正解を求めずできることをし他人と比べない。規格外の製品ができるから個性になり自信もある。教育、勉強、働き方、更にいえば生きるとはなんなのかを考えさせられる部分だった。

    褒められた時、人は謙遜するが、私はいつも「人がせっかく褒めてくれたのになぜ否定するのだろう」と思っていた。私が相手を褒めた時に謙遜された時も傷付いた経験がある。その部分にも言及してあり、その裏にある心理を知ることができ納得。
    怒りについても、自分を見直すきっかけになった。自分と同じ境遇に遭って理解してもらいたいという本当の気持ちがある。それは長年蓄積されてきたものなので変えるのは容易ではない。怒りは「腹」にあるものでだからこそ表現される必要があり、現代では「胸」「頭」ひいては「体の外」で示される。それは本来の怒りではなく、周りに作られたものでコントロールできるのであれば違うもの。条件反射としての怒り。怒りを「腹」に移動させて感じるのであれば、自分にとって必要なもの。という解釈をした。

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著者プロフィール

1970年神戸市生まれ。インタビュアー&ライター。政財界人やアスリート、アーティストなど約1000人に取材し、その経験と様々な武術を稽古した 体験をもとに身体論を展開している。
主な著書に『さよなら、男社会』(亜紀書房)、『異聞風土記 1975-2017』『親指が行方不明』(以上、晶文社)、『モヤモヤの正体』(ミシマ社)、『脇道にそれる』(春秋社)など。

「2022年 『つながり過ぎないでいい』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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