シンドローム(キノブックス文庫) (キノブックス文庫 さ 2-1)
- キノブックス (2019年4月9日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (275ページ)
- / ISBN・EAN: 9784909689337
作品紹介・あらすじ
八幡山に落下し、深く巨大な穴を残して消えた謎の火球。ほどなくして、ぼくの住む町のあちこちで、大規模な陥没が起こる。破滅の気配がする。それでもぼくは、中間試験のことが、そして、久保田との距離が気になって仕方がない。ゆるやかに彼女と距離を縮めながら、この状況を制御し、迷妄を乗りこなそうとしている。静かに迫る危機を前に、高校生のぼくが送る日々を圧倒的なリアリティで描く、未だかつてない青春小説。
待望の文庫化!
感想・レビュー・書評
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寡作だし、ほぼ文庫化もされないから『イラハイ』と『ぬかるんでから』しか読んでいなかった佐藤哲也。久しぶりに文庫が出てたので手に取ったらなんとジュヴナイル!? 意外に想いつつ読み進めるうちに、騙されたことに気づく(苦笑)これはあれだ、鹿島田真希の『来たれ、野球部』と同じジャンルだ。ライトノベルに擬態した、なんか別のもの。
主人公「ぼく」は精神的な人間であることを自負し、恋に落ちることを「迷妄の奴隷」と呼んで、それに足をとられまいと必死でもがいているが、実は後ろの席の久保田葉子が気になって仕方がない。久保田葉子は少々クセの強い謎めいた女子ながら、「ぼく」には打ち解けているように思える。
ある日、近所の山に謎の隕石らしきものが落下してきて一帯は大騒ぎに。「ぼく」も、友人の平岩(直情的単細胞型)、倉石(B級SF映画にとても詳しい)と、久保田葉子と一緒に野次馬に出かけるが、平岩はホームページを作ってまで真相を追求しようとし、しかもどうやらそれは久保田葉子の気を惹くためでもあるようだ。やがて隕石問題は思わぬSF的急展開、学校はパニック映画状態に。
普通ならここで、少年少女たちの成長や友情、危難に立ち向かう勇気、冒険などが描かれることを予想するけれど、佐藤哲也なのでそうはいかない。まるで『ミスト』みたいな状況でありながらも、主人公はその状況の「愚劣さ」について観念的に考えを巡らし、そしてヒロイズムに酔う平岩が久保田葉子と接近することについて葛藤しつづける。現実は実はもっと単純で裏もないものかもしれず、観念のストーリーは「ぼく」の頭の中でだけ繰り広げられ完結する。
SF的な部分は何も解決しないし、内気な男子が好きな女子を守るために勇気を出して戦い成長する、といったベタな展開もない。個人的には「ぼく」の理屈っぽい脳内のあれこれはいっそ笑えてきて面白かった。あと映画通の倉石くんは好きなタイプだった。気持ち悪い触手のある謎の生物はいかにも佐藤哲也らしい。解説は森見登美彦。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
シンドローム(症候群) 凡ゆる雄に共通する期待と願望があからさまに浮かんでいて 予鈴のチャイムが鳴っていた 宗旨替えした? 乙女からのなんということもないメールを熟読玩味し 微に入り細に穿って浮き彫りにしていく 恋心=迷妄に囚われることは「非精神的」であり、愚劣なこととして嫌悪の対象となる。 幻影を巡って幻影と争う この恋の鞘当てに於ける局所的勝利も局所的敗北も、全ては主人公の頭の中だけで起こっている。 一人相撲とは内なる迷妄との戦争である 言葉によって堅固な城壁を築こうとも、非精神的なものは精神的なものの領域を浸し、非日常的なものは日常を侵していく。 押し隠していたものたちが跳躍跋扈し ヒーロー的活躍を見せる平岩君への軽侮はあまりにも無力な自分への怒りの裏返しだが 圧倒的な災厄は容赦なく全てを押し流していく 「青春の光と影」なんていうのは恥ずかしいけれど、ここにはやはり光がある。
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これは久しぶりの言いたいことはラップで言う系だ。いやむしろ念仏かもしれない、と思った。念仏とはこういうことなんだ、とぼくは思った。念仏なんだ、とぼくは心の中で繰り返した。
なんだかちょっとウザいなと言う気持ちと、ぼくは精神的な存在だとかそうじゃないとかどうでも良いなさすが中学生ていうか高校せいかしかし面倒なことを考えても最終的には恋愛とか気になってて普通じゃないかおまえ、というそのループと言うか、モヤモヤとスピード感のコラボレーションというか、恋をした林檎と蜂蜜みたいな絶妙さに心を打たれて結局ラストの読後感まで含めてじんわりと幸せな気分になるのは年のせいか。 -
自分にも思い当たる節があり、恥ずかしい
結論を得るためには、実際に行動しなくてはいけない -
青春とは『ひとり相撲』である。
たとえばひとりの黒髪の乙女に恋をしたとしよう。
その恋を成就させるためには乙女との距離を縮め、しかるべき地点で自分の思いを相手に伝えなければならない。恋愛成就の可能性を見きわめるべく、我々の精神は目まぐるしく活動する。乙女からのなんということもないメールを熟読玩味し、その一挙手一投足から膨大な仮説を組み立て、希望的観測と絶望的観測によって揉みくちゃにされる。しかし実地に検証する勇気のないかぎり、意中の乙女の胸の内は推測するしかなく、自分で作りだした幻影との駆け引きが続く。そこに「恋のライバル」が現れようものならもうメチャメチャである。我々は幻影をめぐって幻影と争う。
これをひとり相撲と言わずしてなんと言おう。 -
自分の事ばっかりだな、君は
若さってすごい -
解説の「凄まじくハイレベルなひとり相撲」に笑う。
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とてもよい小説だ。恋愛と異生物の侵入が同じ構造をもって並行する。体育教師が「た、助けて!」と叫ぶところは爆笑した。物語の必然性や愚劣さを嘲弄するメタ的観点もあざといけどたのしい。