においの歴史: 嗅覚と社会的想像力

  • 藤原書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (390ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784938661168

感想・レビュー・書評

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  • むずいてー

  • 「18,19世紀の西欧近代は、あらゆる意味で「視覚」の時代である【中略】いったい嗅覚の側では何が生起していたのだろうかーコルバンは、嗅覚の変容を通してみた近代史を試みようとする。芳しい香りの悦楽と悪臭の排除という、近代の持つこの二つの顔は・・」
    「嫌悪や快楽という無意識の領域を明るみに出し、これを歴史的出来事としてとらえ返すコルバンの感性の歴史」
    (以上訳者あとがきから)

    あまりに長大かつとてもリーダビリティがあるとは言えないので、まずは訳者あとがきから読んである程度意図と全容を掴むほうがいいかもしれないと思った。
    30年前の本なので現代ではアウトの部分もある。やむなし。

    ちなみに、原題は「瘴気と黄水仙」で訳者もそれを推したが編集の意見で「においの歴史」になったと書かれている。原題のほうがいいように思う。

    P32 壁は臭気を蓄える

    P89 ベッヒャーの見解に依れば、糞便にはまだ生命の火が残っているので治療的な効果があるという。したがって糞便を芳香剤の調合に用いるのはそれほど異常なこととは言えない。

    P90 嗅覚においても、甘美な匂いと強烈な臭気を隔てるのは苦痛閾である。

    P96 香水屋のデジャンは植物性の香水の使用法について書いている。「これをしておけば、私たちは人の集まりの中でも陽気でいることができます。そしてそのおかげで他の人からも好かれるようになるでしょう。社会はこうしてでき上っていくのです。もし不幸にも自分自身のことが好きでなかったら、いったい、私たちは誰に好かれるでしょうか」

    P179 浄化への欲求は当然ながら、選別的なものとならざるを得ない。その場合ブルジョワジーの発展のための空間が消毒されるのは、その不動産的価値を高める目的なのは言うまでもない。だが様々な労働者がひしめき合う賃貸家屋の場合、これを衛生的にすることはさしあたりむしろ逆に家主の負担をとてつもなく増大させる結果になる。

    P183 諸々の感覚は絶えず相互に依存しあっている。バラの匂いがまさにバラの匂いとして感じ取られるのは、同時に他の感覚作用が一緒に働いているおかげでもあるのだ。【中略】嗅覚は多くの期間と「近親関係」にあるから、交換感覚として侮りがたいものである。味覚と密接に結び付いていることはすでに知られているところだが、鼻と腸管の結びつきもあげておくべきだろう。腹部の病気の中には、無嗅覚症をひきおこすものもある。

    → Covid19も腸にある種のダメージ与えるんだろうか

    P185 デリケートな嗅覚は、肉体労働に縁のない人々だけに備わるものだ。諸器官の間に見られる不平等性は、人々の間に存在する不平等性を反映したものにすぎない。

    P226 内的独白にふさわしいこうした密やかな場が確保されてこそ、資質や客間に思うさま好きな香りを漂わせることができる。このような場のおかげで、私的空間のただなかに、香りの美学が生まれてくる。密やかな私生活の場を飾るのにふさわしいにおいの芸術の台頭と軌を一にして、香水店も発達の兆しを見せてゆく。

    P250 かすかな香りを放つ、自然な女―花、というサンボリズムが次第に広まってゆくが、そこには、情動を抑圧しようとする強固な意思が働いている。

    P264 香りの好みや流行には周期の短い波があって、ひたすら奥ゆかしい香りだけが求められる傾向も、時々ふっつりと途絶えることがある。というわけで、半世紀ごとに、麝香と麝涎香がしばらくの間反撃に出ることになる。

    P305 (1880年になると)臭気は病の原因ではなくなり、それにつれて病気の症候研究からも、嗅覚はどんどん姿を消してゆく。

  • [ 内容 ]
    公衆衛生学という身体管理の言説を追いながら、悪臭を嫌悪し芳香を愛でる近代の社会的想像力を鮮やかにうかびあがらせる野心的試み。
    心性の歴史のなかでもっとも未開拓の領野に挑む!

    [ 目次 ]
    序 ジャン=ノエル・アレと悪臭追放の闘争史
    1 知覚革命、あるいは怪しい臭い(空気と腐敗の脅威;嗅覚的警戒心の主要な対象;社会的発散物;耐えがたさの再定義;嗅覚的快楽の新たな計略)
    2 公共空間の浄化(悪臭追放の諸戦略;さまざまな臭いと社会秩序の生理学;政治と公害)
    3 におい、象徴、社会的現象(貧民の悪臭;「家にこもるにおい」;私生活の香り;陶酔と香水壜;「汗くさい笑い」;「パリの悪臭」)

    [ 問題提起 ]


    [ 結論 ]


    [ コメント ]


    [ 読了した日 ]

  • コルバンの本は4冊目。読んだ順とページ数,値段を示してみましょう。
    『浜辺の誕生――海と人間の系譜学』752p.,8800円
    『人喰いの村』261p.,2800円
    『音の風景』460p.,7200円
    まあ,『人喰いの村』は小さい版で薄いのですが,とにかくコルバンの本は分厚い。なので,まずは購入するまでに勇気がいります。藤原書店の本は装丁も素敵なのでその分割高なんです。そして,本棚の肥やしになってから,ようやく意を決して読み始めるという感じです。まあ,長距離走を走り出す感じですか。
    コルバンの本には毎回驚かされるのですが,この本は本当に素晴らしいです。読み物としても面白いし,学問的にも刺激的です。原題「瘴気と黄水仙」を「におい」と平仮名表記で別の表題にしたのは,「臭い」と「匂い」,つまり臭い匂いといい香りの双方を扱っているからだ。といっても,前者の方が強いのはいうまでもない。ヨーロッパで香水が生まれたのは,白人の体臭の強さを隠すためだ,と日本人はよくいいますが,まあ正しくはあるけど精確ではない。まあ,その辺の事情を詳しく書くことはできませんが,最近映画化された『パフューム』の原作が本書をネタにしているといわれるくらいですから,あの映画を観れば本書のエッセンスがいくつか出てきます。
    もちろん,本書にはこのフィクションに含まれない要素が他にも沢山。本書が私にとって魅力的なのは,なにか一つのテーマに絞って議論を集中していくようなスタイルではなく,「におい」という一つの事柄を出発点に,さまざまなテーマが発掘されて論じられていくということ。一応,舞台はヨーロッパで,しかも英国とフランを中心にそれほど範囲は広くない。そして時代的には18世紀と19世紀に限っている。しかし,においに関する資料は膨大にあるのでしょう。それらを前に,本書自体も日本語で400ページに近い内容がどのように,コルバンの頭のなかで作られていくのか。歴史小説とは違って時代順に事柄を並べていけばいいのではない。上に書いたように,いくつものテーマに沿って資料を集め,そのテーマ同士の関連がなくては話になりません。もちろん,フィクションではありませんが,ストーリー性たっぷり。
    しかも,コルバンの著作が地理学者の私にも興味を持って読めるのは,彼の研究がいつも地理学的テーマに直接関連しているから。『浜辺の誕生』はまさに海浜リゾートが成立する過程の調査だから,ある種の美的風景を,そしてその土地での経験を求めて人々が地理的移動を行う。『音の風景』で中心的に扱われるのは鐘の音ですが,その音は空間的な広がりを持っている。『人喰いの村』は人類学的調査ともいえますが,もちろん地理学的なモノグラフともいえる。
    それらはタイトルから地理学的テーマを予想できますが,さすがに本書『においの歴史』まで,こんなに地理学的だとは思いませんでした。音と同様ににおいも空間的な広がりを持つものですが,特に本書で話題となっているのが,都市中心部の悪臭。コルバンが目指す歴史学は「感性の歴史」といわれ,上記の作品でも視覚や聴覚がテーマになっているのが分かりますが,本書ではもっとも歴史学者が取り組んでこなかった臭覚。しかし,それを生理学や心理学の立場からのみ接近するわけではない。感性そのものというよりも,感性を規準に人々が何かを決定して,それが物質的な実行に移されたり,社会的な制度が成立したり,ということです。なので,においをめぐる言説は『浜辺の誕生』に引き続きまずは医学。医学の一般化された言説ってのはいつでも大衆に強い影響力を持っているんですよね。最近でも,水を常温で大量に飲むことは美容にいいとかいって,皆ペットボトルで飲んでいますが,一昔前には運動中でも水分を摂ることは身体に悪いとか考えられていたんですから,いい加減なものです。
    そして,この時代に急展開を遂げた科学としての,ラボワジェの化学やパルトゥールの免疫学なども,においというものの正体が科学的に解明され,それが身体に及ぼす影響に対する人々の恐怖。それを除去しようという権力者の意図。差別される人種,階級。衛生思想の普及。刑務所や病院で人々の規律=訓練。それは後に学校に普及する。ブルジョアの衛生観と,行政の政策に抵抗する民衆たち。
    まあ,ともかくこんなところじゃ語りつくせません。こんな面白い歴史地理学の本を読んでみたいなあ。地理学者頑張れ!

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著者プロフィール

●アラン・コルバン(Alain Corbin)
1936年フランス・オルヌ県生。カーン大学卒業後、歴史の教授資格取得(1959年)。リモージュのリセで教えた後、トゥールのフランソワ・ラブレー大学教授として現代史を担当(1972-1986)。1987年よりパリ第1(パンテオン=ソルボンヌ)大学教授として、モーリス・アギュロンの跡を継いで19世紀史の講座を担当。著書に『娼婦』『においの歴史』『浜辺の誕生』『時間・欲望・恐怖』『人喰いの村』『感性の歴史』(フェーヴル、デュビイ共著)『音の風景』『記録を残さなかった男の歴史』『感性の歴史家 アラン・コルバン』『風景と人間』『空と海』『快楽の歴史』(いずれも藤原書店刊)。叢書『身体の歴史』(全3巻)のうち第2巻『Ⅱ――19世紀 フランス革命から第1次世界大戦まで』を編集(藤原書店刊)。本叢書『男らしさの歴史』(全3巻)のうち第2巻『男らしさの勝利――19世紀』(2011年)を編集。


「2017年 『男らしさの歴史 Ⅱ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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