高倉健 藤純子の任侠映画と日本情念

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  • 文化科学高等研究院出版局
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784938710941

作品紹介・あらすじ

「健さん」こと高倉健、藤純子そして鶴田浩二による東映任侠映画の映像言語表現は、井原西鶴の義理、近松浄瑠璃や長谷川伸の人情をこえる、憤怒と情愛の日本"情念"表出による文化遺産である。折口信夫による「ごろつき」の乱暴の美をポジティブに考えることなしに、侠客・じんぎの心意伝承論をふまえた任侠映画理解はありえない。ドゥールズ、ラカン、フーコーの哲学視座をもって、義理・人情の擬制概念を打破し、日本で、はじめて任侠映画の文化精髄を本格的に論じた映画文化論。なぜ高倉健は前科者を演じ続けたのか、なぜ藤純子は女侠客として生きたのか。「いき」を超える「いなせ」な健さん・藤の表象、そして悪が真実を語ること、その悪を諸肌脱いで叩き斬る「死へのシニフィアン」をもって、倫理の本質へと迫るとともに、男女の情愛の哀切の極限を描く任侠映画の深さに迫る。昭和残侠伝、50周年を記念しての刊行。

感想・レビュー・書評

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  • 限定400部の、しかもAB変形の大判の本。おそらく、高倉健・藤純子解説書では最も詳しい本のひとつではないかと思う。1960年代の任侠映画については、総てのセリフは流石に無いが、主要な作品のひとつひとつの物語と解説と分析がついている。もちろん、資料的な本では無いから、出演者やスタッフのデータはあまり書かれていない。しかし、著者の気になる場面の分析は、豊富な場面写真と共に付されていて、資料的価値はあるだろう。

    一言で言えば、当時の新左翼系の学生が、なぜ任侠映画をあれほどまでに「支持した」のか、その思想的分析をしてみようという、著者の 思い入れたっぷり詰まった378pなのである。1人の哲学徒が、映画の中の「情念」の止揚に何を観たか、一生懸命書いている。

    と、ここまで書いてはっきり言うが、正直私にはどうでもいい。80年代に、学生運動の残滓に迷惑蒙った者として、70年代の学生運動を誠実に総括してこなかった世代の呟きに、付き合う義理は無い。だから、この本の資料的な価値だけを認めるだろう。

    2019年2月読了

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著者プロフィール

1948年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程修了。文学修士、教育学博士。政治社会学、ホスピタリティ環境設計学。信州大学教授、東京芸術大学客員教授をへて、文化科学高等研究院ジェネラル・ディレクター。2016年、web intelligence university(web-uni.com)をたちあげる。
著書に『文化資本論』(新曜社)、『新版・ホスピタリティ原論』『哲学の政治 政治の哲学』『哲学する日本』『国つ神論:古事記の逆解読』『フーコー国家論』(すべて文化科学高等研究院出版局)、『吉本隆明の思想』(三交社)、ほか多数。吉本隆明との対談として『教育・学校・思想』(日本エディター出版部)、『思想を読む 世界を読む』(文化科学高等研究院出版局)。著者・編著は50冊以上、編集雑誌は140冊以上におよび、超領域的専門研究の学問設計をなしつづけている。

「2016年 『吉本隆明と『共同幻想論』』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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