カフェから時代は創られる

著者 :
  • クルミド出版
3.14
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本棚登録 : 166
感想 : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (412ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784990758356

作品紹介・あらすじ

あれやこれやと、悩みが尽きないなら
  ──カフェに行くことさ!
(ペーター・アルテンブルグ)
20世紀初頭、パリ。カフェは異端者たちの避難所だった。
政治、文学、哲学、絵画、あらゆる領域で、それまでの枠組みに収まらない、新しい感性をたぎらせる者たち。ただしそうした時代を先取りした「異端者」たちへの、社会からの風当たりもまた強かった。彼らが自然と集うようになったのがカフェだった。コーヒー代さえ支払えば、身分や社会的立場に関係なく誰でも受け入れてもらえ、何を考え、それをどう表現しようが、誰からも何も言われない──彼らの求める自由が、そこにはあったからだ。
ピカソ、ヘミングウェイ、アンドレ・サルモン、モディリアーニ、藤田嗣治、マン・レイ、サルトル、ボーヴォワール……。
1人、また1人、カフェへと向かう、まだ何者でもない者たち。彼らは、カフェというゆりかごで同志やライヴァルと出会い、刺激し合い、切磋琢磨し、少しずつ自らの力量を超えることで、時代を切り拓く存在となっていった。

「天才は規則的に現れず、集団として現れることは古代から知られている現象である──シルバーノ・アリエティ『創造力』」
時代に力ある<場>が生まれたとき、それは才能を受け止め、育む孵卵器となる。後に生きる我々は、「なぜあれだけの偉大な人物たちがこぞってみな、あの時代、あの場所に集っていたのだろうか」と考えるが、それはむしろ捉え方が逆で、そこに力ある<場>があったからこそ、そこに集った人々が、それぞれ後に名を知られるくらいの偉大な人物へと育っていったとも考えられるのだ。
20世紀前半のパリのカフェはまさにそれだった。

本書は、「天才」たちの残した自伝的記録を中心に、カフェとそこに集った人々の相互作用の記録を丹念かつ克明にたどり、力ある<場>がどのようにして生まれ、変遷し、いかに人、文化、時代を創っていったか、その過程を明らかにするものである。ただしそれは「100年前に起こった出来事」を過去として伝えるものであるだけではない。自由な<場>が、自由な発想を持つ者と出会い、そこで絶妙な相互作用を起こしたときに、途方もない創造を顕現させることがあるのだと、その可能性を未来へと語るものでもある。
カフェをつくる者、カフェに通う者、カフェを愛するすべての者たちへ、100年前のパリから贈られるメッセージ。
「カフェから時代は創られる」のだと、混迷する現代に、一筋の光明を示す一冊。

感想・レビュー・書評

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  • 『ゆっくり、いそげ』を読んですっかりファンになったクルミドコーヒー発のクルミド出版から!

    カフェ研究に並々ならない情熱を注ぎ込んで調べあげた大作。「偉大な人がカフェに集うわけではなく、そこにカフェがあることで、そこに集う人々が後の時代に名を残すような偉大な人物へと育つ」

    藤田嗣治が通ったロトンド、シモーヌ・ド・ボーヴォワールが通ったフロールの二つのカフェを軸に論を展開。新しい時代を創った天才×カフェを一般論的に論じているというよりは、藤田やボーヴォワールとその周辺人物との相互作用をカフェを切り口に詳細に描いている、という感じ。

    目次:
    1 カフェと「天才」たちとの不思議な関係
    2 カフェに通った「天才」たち
    3 カフェに出会う以前の「天才」予備軍の共通点
    4 カフェという避難所
    5 商売人としての主人
    6 カフェと人との相互作用

    個人的には、世界中の人が訪れるパリという都市において、すべての人に開かれた場としてのカフェが存在していた、という組み合わせに大きな意味があったんじゃなかろうかと思った。本に登場する天才たちの多国籍ぶりが見事。

    「パリのカフェやビストロは、他国の大都市のように移民が移民同士のコミュニティに閉じこもることを防いできました。」

    今日のカフェはしかし様変わりしていて、パリでは存続の危機にあり、世界遺産にして残そうという動きがあるらしい。日本ではクルミドコーヒー店主の影山さんの解説によると、SNS 等の普及でつながり疲れた現代人はむしろ人との交流を避けて「一人になること」を求めてカフェに行くという。本書に描かれるカフェにおける人との繋がりといったら大層深く、SNS流の繋がりはカフェを代替しないのではないかと思ってしまう。今の時代、天才たちはどこに集まっているんだろう。

  • アンドレ・サルモンはロトンドのリビオンについて説明する中で「理解すること、それは愛することでる」と述べている。

    才能やひらめきがあっても、作品を残さなければ何を考え何を成し遂げようとしたのか知るすべがない。

  • まず、装丁のセンスがとても良いと思う。この本を知ったきっかけはインスタでフォローしている本屋さんなのだが、直感的に思った。「うむ、買おう。」と 笑

    こういう本を読んだのは初めてなのだが、カフェや喫茶店のような場所、空間に関する研究は近年盛んになっており、大学の卒論テーマとして取り上げられることも珍しくないそう。

    この研究は、ピカソやモディリアーニといった芸術家達が才能を開花させるにあたり、カフェが大きな役割を果たしたのではないかという切り口で着想されている。1900〜1930年くらいのパリのカフェとそこに関わった人々に焦点を当て、カフェの持つポテンシャルについて論じた本である。

    様々な切り口でカフェの場としての特徴が述べられており、例えば、

    ・生まれ育ちが異なる多様な人物が集まる場所である(特に当時のパリのカフェはそうだった)

    ・飲み物の料金さえ払えば身分に関係なく誰でも平等にその場に入ること、いることが許される。

    ・その場で何時間でも自由に語り合ったり、思索や創作に打ち込める(店が許せばだが、当時のパリのカフェはこの辺にかなり寛容だったそう。)

    ・家庭や職場、広く言えば社会に居場所を見いだせていない人々の避難所になりうる
    ※パリのカフェは早朝から深夜まで長時間営業しており、ほぼ一日中いられる。

    ・全て外向きに並んでいるテラス席、カフェの主人を中心にしたカウンター席、常連向けのフロアなど、偶発的な出会いが起こりやすい工夫がなされている(当時のパリの一部のカフェの特徴だそう)

    よく、多様性と寛容性がイノベーションの鍵だと言われるが、まさに当時のカフェにはこのような土壌があったといえる。この点、いわゆる現代のカフェ、特に身近な日本を例にとると、インスタ映えする小洒落たメニューがウリだったり、SNSをはじめとした人間関係に疲れた人が一人でリラックスするための場所になったりすることが多く、カフェが本来持っているはずのポテンシャルを発揮できていないと著者は指摘する。

    カフェがよく例に出される「サードプレイス」という言葉も、日本では「家庭でも職場でもない第三の場所」という側面だけが強調されているが、本来の概念はこれだけでなく、「そこで誰かと落ち合い会話することができる場所、気軽に行けて、予期せぬ誰かに会うことができる、リラックスした雰囲気のある場所」というものらしい。新型コロナの流行でリアルな空間での交流が少なくなった現代におちめは、この本で述べられていることは、なおさら心に響く。

    仕事でも趣味でもweb会議システムを使って円滑なコミュニケーションはできているものの、一方で、やはりリアルな触れ合いとは異なる感じがする。それは、カフェのような「場」の持つ力の有無が大きいのだと思う。リアルな空間で場を共有しにくい今だからこそ多くの人に読んでほしい。そして、場の持つ可能性について多くの人が考えるきっかけになればと思う。

  • 主に二十世紀前半のパリのカフェを舞台に、サルトル、ボーヴォワール、藤田嗣治、ピカソ、モディリアーニ、ブルトンなどなど綺羅星のような才能あふれる者たちが、カフェに集い、カフェでつちかったネットワークを活かし、またそれを後から来る者に与え、カフェでインスピレーションを得て、作品を生み出していく…そんな場としてのカフェを多くのエピソードと考察で生き生きと描き出してくれ、また著者自身のカフェ通い、カフェ経営の知見ももりこまれ、読んでてわくわくした。好きだったエピソード。モディリアーニの絵が高額で売れたお祝いの宴会に、ロトンドのリビオンをまねくが、調度はほぼすべてナイフもグラスもお皿も円卓もロトンドから盗んだものだった。黙ってでていくリビオン。次にもどってきたとき「うちの店から来てないものはワインだけだったからね」とかかえてもってくるなんて、どんだけ寛大でおおらかでいい人なんだろう、と(p.206より)/詩人のペーター・アルテンブルグはカフェの効用をこう述べている。…あれやこれやと、悩みが尽きないならーカフェに行くことさ! といった調子でカフェに行くことさ!と続々とつづられていくところ(p.220より)。しかし、何故サン=ジェルマン・デュ・プレを最後にカフェの時代は終わってしまったのか(1.)カフェに行く必要性の低下。暖房等の住環境の改善。(2.)珈琲を始めとする飲料が手軽に自宅でとれる (3.)通信手段の発達。(4.)カフェ側のプロ意識の低下 (5.)カフェ店内の環境の変化 BGMありがデフォルトに。(6.)通える値段のカフェの減少 (7.)長居できるようなカフェの減少(p.389-393)と今の時代におけるカフェの困難さも語られる。ただ、著者自身の体験として、”こうして私はパリのカフェで勇気を出して自己表現し、急速に世界が開ける体験をすることになったのである。(p.257)" と語られる一連のエピソードでまだまだ可能性を秘めていることも示唆されており、希望が見える。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/744454

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著者プロフィール

カフェ文化、パブリック・ライフ研究家
学生時代、環境活動をしている若者が集う場づくりを通じて、社会が変わる場とは何かに深い関心を抱く。大学3年の時パリ政治学院に留学し、1日3回カフェに通う。パリのカフェには芸術家が集っただけでなく、フランス革命も関係していたと知り、研究を開始。帰国後、大学院に通い、「天才たちがカフェに集ったのではなく、カフェという場が天才を育てたのでは」という視点で研究をすすめ、2008年に『caféから時代は創られる』を出版。現在は、街なかでリラックスした時を過ごせるインフォーマル・パブリック・ライフの重要性と、オープンカフェがいかに街の活性化に役立つかという視点で2冊目の本を執筆中。かつてのカフェのように世界の先端の知に出会い、議論し、つながれる場を創ろうと、オンラインで”World News Café”を主催している。
Paris-Bistro.com日本版代表
東京大学情報学環 特任助教
https://www.la-terrasse-de-cafe.com/

「2020年 『カフェから時代は創られる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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