ヒロインズ

制作 : Kate Zambreno  西山 敦子 
  • C.I.P.Books
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レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (424ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784990997106

作品紹介・あらすじ

彼女たちもこの道を、めちゃくちゃになりながら進んでいった —-
すべてのトキシック・ガールのための反逆のマニフェスト  

2009年、ケイト・ザンブレノは数年来取り憑かれてきたモダニズム作家の「妻や愛人たち」についてのブログを始めた。ときに偉大なる男性文学者のミューズになり協力者になるいっぽうで、自らの言葉を奪われ、名前を消されてしまった彼女たち。精神の病と診断されて苦悩の中で生涯を終え、あるいは自分も書きたいと思いながら叶わなかった女性たち。大学で働く夫の「妻」としてオハイオ州のアクロンという小さな町に暮らす無名な作家である自分の孤独や無力感、怒りを重ねつつ、ザンブレノは彼女たちをはじめとする文学史上の書き手とヒロインたちを〈私の見えないコミュニティ〉として描き出す。そうするうち、やがて新たに生成していくもうひとつのコミュニティが、そこに連なる。

文学とは何か、狂気とは? それを決めるのは誰か?

家父長の言葉が支配する枠組みの中で声を抑えられた女性たちに寄り添い、彼女たちの物語を響かせようとする試み。あらゆる引用とパーソナルな記録の断片を無限に重ね、織り合わせることで現れる〈私たち〉の姿とは。

本書で主に取り上げられるヒロインと作品たち

ゼルダ・フィッツジェラルド/ヴィヴィアン・エリオット/ジェイン・ボウルズ/ヴァージニア・ウルフ/エンマ・ボヴァリー(『ボヴァリー夫人』)/アナイス・ニン/ジューン・ミラー/「私」(『黄色い壁紙』シャーロット・パーキンス・ギルマン)エドナ・ポンテリエ(『目覚め』ケイト・ショパン)/ジーン・リース/デューナ・バーンズ/ルイーズ・コレ/コレット・ペニョ(ロール)/ルチア・ジョイス/フランシス・ファーマー/ウニカ・チュルン/アンナ・カヴァン/エリザベス・ハードウィック/メアリー・マッカーシー/シルヴィア・プラス など など … …

装丁:PRETEND Prints & Co. 表紙イラストレーション:カナイフユキ

感想・レビュー・書評

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  • 韓国における『82年生まれ、キム・ジヨン』のヒット同様に、日本でも新たなジェンダーの動きが生まれている。『ヒロインズ』の日本語訳刊行はそんな中で2018年のちょっとした事件だったと思う。
    
    フィッツジェラルドの妻ゼルダ、トム・エリオットの妻ヴィヴィアン、ポール・ボウルズの妻ジェイン……、大作家の影となり、作家としての才能を認められることなく精神を病んだヒロインたち。
    
    無名の作家であり、夫の仕事にともなって移転をくりかえす著者は彼女たちに強く共感し、彼女たちの物語を綴る。
    
    著者の不安定な精神状態を反映するように、ヒロインズの物語と著者の日常が交錯するので、今ここで書かれているのはゼルダのことなのか、著者自身のことなのか、それともさらに別のヒロインのことなのかわからなくなり、さらにあちこちの小説、伝記や手紙からの引用も多く、文体に慣れるまでは読むのに苦労しました。
    
    くりかえし綴られるのは「書くことは生きること」という著者とヒロインたちの魂の叫び。
    
    「才能がない」とされた作家は書く資格がないのか、でも才能のあるなしって誰が決めるの?
    
    現代であれば別の診断が下されたかもしれないヒロインたち。抜歯や馬の血清、電気ショックと当時の治療は彼女たちの精神状態を悪化させたのではと思うものばかり。
    
    フィッツジェラルドとゼルダについては予備知識があったものの、ヴァージニア・ウルフやアンナ・カヴァンなど未読の作家も多く、あらためて読んでいきたいです。
    
    以下引用。
    
    スタインがフィッツジェラルドやヘミングウェイと交流するあいだ、アリス・B・トクラスは隣の部屋で彼らの妻たちとささやかなおしゃべりをした。
    
    「これまで書かれたつまらない本はすべて、この土地にたどり着いて死ぬのです」
    
    「フィッツジェラルド氏は小説家(ノヴェリスト)、フィッツジェラルド夫人は新商品(ノヴェルティ)」
    
    結婚一年目の妻たちを襲うあの実存的疎外感については、これまでじゅうぶんに伝えられてこなかった。
    
    ある意味で、世間から「病気」と認められることによってのみ、厳格な境界を超えたふるまいが彼女に許されたとも言える。
    
    彼女は、一日に四時間のガーデニングを勧められた。
    サイラス・ウェア博士は、神経の張りつめていない幸せな女性になるためには「できるだけ家庭的な生活を送る」こと、「ペン、絵筆、鉛筆の類いを握らない」ことが必要だと確信していた。
    
    「ここでは私は誰でもない。私には顔がない。このすばらしい仲間たち、みんな茶色のサージの服を着ているこの人たちが、私からアイデンティティを奪いとってしまった。私たちはみな冷酷で、寄る辺ない」
    
    死の翌年、トムはノーベル文学賞を受賞した。(その二年後には、バートランド・ラッセルも。ふたりのノーベル文学賞受賞者とベッドを共にしたのは、あとにも先にもヴィヴィアンだけなのでは)
    
    「女性は絶え間なく自分を見続けねばならない。自分自身についてのイメージが絶えず自分について回るのだ。」
    
    「私は自分自身のことを、舞台であると同時に観客でもあるとよく理解しています。ただし絶対に、著者ではありません。」
    
    女性向け雑誌から依頼されたフラッパーについての記事にはこう書いている。「ここで私が言っているのは、移り気で危なっかしい、明日には死んでしまう人物として自分を実験する権利のことだ」。
    
    「狂気こそが、彼女の選んだ意識のありかたなのだ。この意識を通して、彼女は芸術を生み出している」
    
    ルチア・ジョイスは叫ぶ。「私だって芸術家なの!」
    
    「いまのゼルダはゴーストタウンだ、とても住めない」
    
    「ときどき、ゼルダと僕は現実に存在するのか、僕の小説のなかの登場人物なのか、わからなくなる」
    
    伝説によると、自殺を試みて銃を発砲したけれど失敗し、次の夏にも滞在したければフルタイムの付き添い看護師と一緒に、とホテル側から言い渡された。もちろん、いまやそのホテルは観光名所になっている。彼が泊まったスイートルームは熱狂的ファンの予約で埋まる。ホテルの隣にあるマンション開発会社の名前は〈ザ・フィッツジェラルド〉だ。
    
    書きなさい。とにかく、何がなんでも書きなさい。うまく生きられず自分がめちゃくちゃになってしまったら、それについて書いて。そこから学びなさい。そう伝えた。あなたがこれまでしてきた経験が、文学の題材としてふさわしくないなんていうくだらない言葉を、絶対に、絶対に信じてはだめ、と。
    
    スコットからゼルダへの手紙。「君は狂気におちいりながら、それを天才と呼んでいたんだ」。
    
    「私は書かなければいけません。書くのをやめれば、私の人生そのものが、惨めな失敗だったということになってしまいます。他人の目にはすでにそう映っているでしょうが、自分にとってもそうなってしまう。それでは、死を勝ちとったことにならないでしょう。」
    
    傑作が書けないのなら、なぜ書くんです? 医者たちはゼルダにそう訊いた。

  • この本は一体何なのか。著者ケイト・ザンブレノのログをまとめた書籍だというが、小説におけるフェミニズムを題材とした、「世界女性作家文学ガイド」のように思える。いや、そうではなく、女性作家のリサーチを基にしたフェミニズム論の本だとも言える。読み終えてみると、ザンブレノが執念で描いた骨太の小説という答えも見えてくる。

    また、この本は、ゼルダ・フィッツジェラルド、ヴィヴィアン・エリオット、ジェイン・ボウルズという、偉大な小説家を夫に持っために、その才能を世に放てなかった女性たちの物語でもある。

    長くなるが、ブラックストーンが1765年に説明していた英国の法を引用する。
    “結婚によって、夫と妻は法律上1人の人間になる。つまり女性の存在そのもの、もしくは女性の法律上の存在は、結婚が継続する間は保留となるが、少なくとも夫の存在に組み入れられ、統合されるのである。夫の庇護の下、覆われるようにして守られた状態で、妻はあらゆることを執り行う。それ故我々が使う法律用のフランス語では、既婚女性を「覆われた女性」と呼ぶ。また女性は、貴族や君主のような上位者である夫の保護と影響のもとにある。そうした既婚女性の状態を「覆い」とも言う。こうした理由から、男性は妻には何も譲渡することができないし契約を結ぶこともできない。譲渡と言う行為は、妻が独立した存在であることを前提としているからである。“

    このように妻は夫の一部であるという考えは法として存在していた。才能を妻が持っていたとしてもそれは夫の一部なのだ。

    その古い慣習や考えに対してNOを唱えるのが、フェミニズムであり、ゼルダやヴィヴィアンやジェインの戦ってきたことでもある。それを病気や狂気だといって抑圧するのが権利側であり男の側である。いま2018年においても、まだまだそれは根強く残り(とくに我が国では後退すらしていることは言うまでもない!)、ザンブレノのこの本はインターネット時代の新しい戦いの話でもある。「誰がなんと言おうと、私たちこそ私たちの物語のヒロインなんだから」という最後の一文は、自身へのそして次の世代へのエールであり、ザンブレノ流のシンプルで力強いマニフェストだ。

    凄まじい熱量で書かれた本作は、本文に登場する小説を知っていればいるほど感情移入度があがるだろうし(私は半分くらいしか読んでない!)、読んでないとしても、この本の面白さが減るなんて事はないだろう。ヴァージニア・ウルフ、アナイス・ニン、ジーン・リースの未読作品をどんどん読みたくなる読書沼のスタート本でもある。一つ前に紹介した、ソルニットの新作とのシンクロ度合いも半端ではないので合わせて読むことをおすすめする。

  • 『小説トリッパー』春季号で、母である井上郁子や父井上光晴のことについて井上荒野さんが、インタビューに応えている。
    井上さんは、井上光晴名義で発表されている小説の中に「自分が書いた短編が」入っていることを、母郁子さんから直接聞いたのだそうだ。

    記事をよんだとき、本書に取り上げられている、妻ゼルダ――スコット・フィッツジェラルドの作品の中に書いた文章を残すことになったヒロインズ――のことを思いださずにはいられなかった。前によんだ本だけれど、レビューを書きたくなった――ヒロインズの一人のことをまた知ることができたから。(但し井上さんは、井上郁子が「ヒロインズ」だとは一言も言っていない。「母」が「ヒロインズ」かどうかは、「私にはまだわからない。」)

  • ゼルダ・フィッツジェラルドが、大作家スコットの、「可哀想に狂気に陥った妻」と知っていても彼女がものを書いていたとは知らなかった。ヴィヴィアン・エリオットが、ジェイン・ボールズも、「狂気の妻」。その他数知れぬウルフのいった「シェークスピアの妹」。
    才能があり創作しようとしたが、女性だから不在のもの、狂ったものというレッテルを貼られる。「妻」という属性で呼ばれる。男の天才作家がアル中や躁鬱で執筆しようが自分語りをしようが未完の作品を吐き出そうが、創作となる。「多くの作家が、感性が鋭くて才能のある、優秀な侍女を求めているらしい。(中略)その存在こそが創作の源で、題材が引き出される源である」byハードウィック 女性は搾り取られ、精神病の烙印を押され、ドアの後ろに押し込められる。
    映画「天才作家の妻」が連想される。夫のゴーストライターとして書き続けた妻。彼女も同じ仲間の一人だ。「女性作家が売れないなんて設定が古い」という感想(もちろん男性による)を読んだが、現代のケイト・ザンブレノは彼女らに自分を重ねている。
    私自身は創作とは無縁だが、女性の痛みに深く共感する。「自分を消してしまいたいという欲望と、どうか闘って。自分を生贄にすることを拒んで。(中略)あなたの内なる声と社会の決めたタブーに、全力でノーといわなければならない」
    このように優れたフェミニズム本が続いて出版されるのは心強い。

  • 読了!!すごかった、いろんなことを考えた。感想はまた今度ゆっくり書きたい。

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著者プロフィール

2009年に作家リディア・ユクナヴィッチの出版社キアスムス・プレスが主催した「Undoing the Novel」コンテストで見出され、0Fallen Angel で小説家デビュー。ほかの主な著作にGreen Girl (2011)、Book of Mutter (2017)など。新作小説や、エッセイと講演を収録した作品集など近刊の予定多数。2018年現在コロンビア大学などで教鞭をとる。ニューヨーク在住。

「2018年 『ヒロインズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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