ピアノ・レッスン [DVD]

監督 : ジェーン・カンピオン 
出演 : ホリー・ハンター  ハーヴェイ・カイテル  サム・ニール  アンナ・パキン 
  • 紀伊國屋書店
3.71
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感想 : 80
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本 ・映画 / ISBN・EAN: 4523215008655

感想・レビュー・書評

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  • 私の基準として「人生に影響を与えた映画」を星5つにしています。だから、単純に「素晴らしい」「ものすごい好き」という映画は、4.9。
    本作は若い時に観て、影響を受けたので星5つ。

    主人公エイダにホリー・ハンター、相手役にハーヴェイ・カイテル、夫役のサム・ニールもいい。
    娘役のアナ・パキンはアカデミー助演女優賞では史上二番目に若い。
    高校時代に、影響を受けたというか、「映画を分析的に見る」ということを意識させた作品。
    そのときには「なぜ人差し指を切り落としたか?」という単純な見方。
    「ふつうは切り落としやすい親指だろう」(斧で正確に人差し指を狙えないはず)。
    当時の答えとして「ピアノを象徴する指だから」。
    まぁそりゃそうだな、と今になって思う。
    あと映像的に人差し指が美しかっただけだと思うが。

    それはさておき、エイダが浮気している様子を夫は覗いているのだが、その時点で夫は妻を裁こうとしない。
    その後、エイダが娘にメッセージを書いたピアノの鍵盤を相手に送り届けさせる。
    そのとき、娘は夫にそれを持っていく。
    これにより夫は逆上し、妻の指を切り落とす。
    しかし夫はエイダからテレパシーのような意志「私はあの男のもとへいく」を感じ、すべてを許す。

    船で娘と男と共に旅立つエイダ。
    「ピアノを捨てる」と言うが、海にピアノを捨てた時、そのロープに敢えて自分の足をもっていき、自身も水中へ。
    しかしロープをほどき、助かる。
    その後、エイダは男と暮らし、少しずつ喋る練習を始める。
    夜になると、ピアノにつながれて浮かぶエイダ自身の夢を見る。

    冒頭のシーンで、エイダは「五歳のときに喋るのを止めた」と語られる。
    原作ではもっと詳しく書いているらしく、父親から「今日一日中しゃべるな」と叱られ、その後、喋らなくなった。
    エイダは夫にテレパシーみたいな能力で「自分の意志の強さが怖い。あの人(ハーヴェイ・カイテル)なら私を救える」と伝える。
    エイダは異常に意志が強く、相手が字を読めないことをわかっていて、メッセージ入りの鍵盤を贈っている。
    おそらく夫にばれることを意識しており、自傷行為にも思える。
    ここをどう解釈すればいいのか。

    ピアノ(エイダの死んだ母親から譲られた)自体に意志があるかもしれない。
    暗闇の海の中で、エイダと共にいたいのだと思う。
    エイダの自傷行為はそこにつながっていて、最終的にピアノを振り払ったとき、母親との強い結びつきを断ち切ることができた。
    冒頭の幼い少女の声は、大人の声に移り変わることで、ようやく少女から大人になれたのだろう。
    こう解釈していくと、『テルマ』『ピアニスト』のような、支配的親からの脱却のストーリー。
    両作品同様、性への強い接点により、支配脱却が進む。
    だが『ピアノ・レッスン』は主人公エイダの母親は出てこないので、その点、かなり巧妙に隠されている。

  • どれほど大切なものを持っているにせよ、そして、どれほど安泰な地位を祝福を受けて築いたにせよ、ひとたび押されてしまえばそれらをいとも簡単に投げ擲つことができる——できてしまう——スイッチがある。誰もが隠し持っているとは思わない。私には、ある。だから、本作について、「主人公の振る舞いに母性や責任感が欠如しており、共感できない」と非難する向きには、そうかもしれないねと力なく頷きつつも、心の底からは同調しきれない。身体に傷害を加えられようが、また、時間をかけて目を逸らさせる工夫をされたからといって、スイッチは失効しない。恋とは人間を頑なにならしめる因子。「頑な」は、頑強・頑健とあるようにへこたれず一直線に進むに足る強みともとれるし、頑固・頑迷とあるように、固執するがゆえの暴力をさえ帯び、弱点や限界をも設定するという意味で両義性をもっている。私には主人公が進む生き方を非難することもできないかわりに、口をきわめて礼賛することもできない。スイッチは厳然として存在するという事実に重い沈黙をもって応えるのが最善だと思えるが、冗舌をもってしてもあえて次善の策に出たくなり、ここに話し始めた。

  • 浜辺に捨て置かれたピアノとマイケル・ナイマンの美しい音楽。それだけで星五つの説得力、胸に迫るものがあった。
    自分の愛するものを不要なものとして捨て置く男と、君の好きなものは俺も受け入れようという男、どちらがいいかは言うまでもないと思うのだが。
    確かに主人公の我が子に対する母性のなさは首を捻りたくなる。だがやはり、冒頭の、海辺のピアノとナイマンの音楽には、感性を撃ち抜かれてしまった。

  • 昨日、ジェーン・カンピオン監督の「コーダ」を映画館で観て、嗚咽が出るくらい泣いてしまいました。同じ監督ということで、大昔に観たこの映画を再鑑賞。結末とかすっかり忘れていたので、新鮮な気持ちで観れました。
    年を重ねた今だからこそわかる感情のひだというのでしょうか。登場人物それぞれの想いや意志の表現方法が巧みだなあと感じました。
    30年前の映画なのに古さを感じさせない、素晴らしい作品です。

  • 再婚相手はピアノに興味無く仕事で手一杯でも、新しい妻には愛されたい。ピアノを理解してもらえない主人公は毎日別の男の元へ弾きに行く内に男女の仲に。

  • エイダが孤独なベインズに共感をしたのか同情をしたのか、急に心と体をゆるしたのが分からなかった。子どものフローラは、新天地でたくましく順応していっているのに、外で待たされて中を覗いたときに母の淫らな姿を見てしまうとか、自分が善しとして父に恋文を持っていったことがキッカケで母の指が落とされるとか、母の都合でまた生活を変えねばならないこととか、子ども目線では辛い展開。フローラの幸せを願う!

  • 映画ならではのダイナミックで上品で斬新なカメラワーク。本当に素敵な映像美だった。写欲がかきたてられます。^^b 内容的にはありふれたお話かもしれないけど、感性の強い女性なら共感できることが多々あると思います。ネットにあふれている映画評はあてにならないと思った。一般の方レビューを信じて良かった♪

  • 1993

  • エイダやりたい放題やんけ。子供ちゃん可哀想だ。
    誰にも感情移入でけんかった。フリンはいかん!

  • 「悲しみの生む美しさ」の集大成。望まぬことに耐える表情を映し続ける映画なので、かわいそうで、捉えようによっては悪趣味な気もする。でも「泣き顔が美しい」って言葉のように、人が悲しみに包まれている状況に美を感じてしまうことってあるし、そういう美しさの琴線に触れた映画だったと思っています。感情移入はしなかったけれど、良いと思えた不思議な感覚の映画でした。

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