ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション [DVD]

監督 : テリー・ジョージ 
出演 : ドン・チードル  ソフィー・オコネドー  ニック・ノルティ  ホアキン・フェニックス 
  • ジェネオン エンタテインメント (2006年8月25日発売)
4.01
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本棚登録 : 1598
レビュー : 325
  • Amazon.co.jp ・映画
  • / ISBN・EAN: 4988102271138

感想・レビュー・書評

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  • ルワンダ虐殺の話。
    冒頭はきな臭さが漂いつつも平和なシーンが続くのでコメディかとすら思ったが、途中から悲惨極まる物語に変化する。
    主人公のホテル支配人は本当に普通の人で、先進国にならどこにでもいそうな小市民(ただ、国の経済力を考えれば富裕層)。モラルのそれほど高くない体制下、お偉いさんに賄賂を渡しながらしたたかに生きていた。
    周囲にいる人間や取引先の人間も、なんだか危ない思想にかぶれてナタとか買っちゃってるけど、金払いの良い主人公とは仲良くしてくれている。ちょっと危ない知り合いレベルの人々だ。
    それが、フツ族民兵によるツチ族弾圧が始まると、彼らは民兵の資材供給元やスパイに変わってしまう。
    その、普通だった日常、普通だった知り合いが、何かの拍子に凄惨な地獄に、恐ろしい悪魔に変わる様子が妙にリアルに描かれている。

    大量虐殺が始まって西欧諸国がルワンダを一気に見捨てた場面も衝撃的だった。
    日本だって、今でこそアメリカに守られてはいるが、いつ手のひらを返されるかわかったものではない。
    その時、自衛隊や警察機構は信頼できるか? 政府は信頼できるか? 特定思想にかぶれ虐殺に邁進する暴力組織を放置する体制になっていないか? (仮想)敵国の離間工作にかかる土壌は培われていないか?
    これは、遠いアフリカの物語じゃない。この国の物語でもあると感じた。
    ルワンダとかシリア、ロヒンギャといった他所の話も重要だが、それ以前に、まずどうしたら自分と自分の大切な人の身を守れるのか、ということを考えさせられた。

  • ルワンダについては以前『ルワンダ中央銀行総裁日記』を読んだぐらいで、著者がいた独立直後の60年代後半の貧しい状況しか知らなかった。でもその頃にもルワンダ国民と外国人との断絶や政府の無力さ、国民の間に漂う不満感は存在していたし、それが顕著になったのがこの大虐殺なんだろう。
    メディアを使ったプロパガンダというと独裁政権でよく使われる手法だけど、この映画でもフツ族過激派はラジオを使ってツチ族をしきりに「ゴキブリ」呼ばわりしている。相手を人間扱いしないことでフツ族の優越感を煽り、感覚が麻痺した残虐な行為を平気で行う兵士を作り上げていったのだろう。
    映画の主人公は実在の人物であり、話も実話ベース。一介のホテル支配人が多くの人の命を救ったことは立派だ。けれど国連を始めとした海外勢がもっと早く介入していれば、一個人以上のことができたはず。映像では残虐行為はマイルドな表現になっており、家族愛も当然のこととして(私個人としては)さほど心を揺さぶられない。見終わって心に残るのは国連に対するモヤモヤとした気持ちだった。

  • 今の日本だからこそ、見るといい映画だと思う。

    なんだかフツ族だけ一方的に極悪でツチ族は被害一方
    みたいな書き方はやはり気にはなるけど、
    じゃあ、国連が積極的に介入して軍事行動で
    愛国戦線側だけ支持すればよかったのか?となると
    それまた疑問なんだけど、

    でもやっぱり「ひどい…」と思った後
    ご飯食べてTVつけちゃう自分を見つめる事、
    「ルワンダってどういう背景だったっけ?」って
    ググってみること、
    昨日よりほんの少しだけ切実感を持って
    シリアやマリのニュースを見るようになること…

    人の命を救うには余りに微々たるステップではあるけれど、
    その一歩を踏み出すって大事な事なんじゃないかと
    思った。

  • ルワンダのフツ族とツチ族の民族抗争。それに巻き込まれる善良なホテルマン。一度走り出すと止まらない人間の狂気。全てを塗りこめて正当化し、正義が歪められる様はどの時の戦争、内戦でも変わらない。良心にしたがうことのむずかしさ。しかしそれを行うことの純粋さと強さは人間にはあるのだと信じたい。現在の日本でも、人ごとではない出来事と心に刻む。

  • ルワンダの民族紛争を題材に、ホテルで紛争の被害者を助け、1000人以上の人々を救った感動の実話に基づいています。

    ルワンダでは、植民地支配時の占領政策によって、それまで良好な関係にあったツチ族とフツ族に溝ができるようになりました。植民地時代には、宗主国のベルギーによって、比較的白人に近い容姿をもつツチ族を優遇され、差別的な人種教育が行われました。1994年の大量虐殺では、フツ族の民兵がツチ族の住民を大量に虐殺し、3ヶ月で100万人以上が犠牲になったと言われています。

    この民族紛争時に、フツ族のポール・ルセサバギナは、外資系のホテルのマネージャーをしており、ツチ族の人々をホテルに受け入れて、フツ族の民兵たちから守ります。

    本作は実話を基に作られており、非常にさまざまなメッセージを読み取ることができます。作品のメインとなるメッセージではないと思いますが、個人的に印象的だったのは、日常生活のすぐ隣に目を覆いたくなるような惨劇が潜んでいる可能性があるということ。物理的(空間的)に象徴しているのは、「ホテル・ルワンダ」。ホテルの中では人々の安全がわずかな国連軍によって守られている一方、ホテルの一歩外では住民がナタによって殺され、道路に死体がごろごろと積み重なっている。そして、それまで、ビジネスの相手だったり従業員だったりした人間が、民族の対立をきっかけにポールの前に敵意をもった人間として立ちふさがるのは、人間関係にも同じことが言えるということ。

    日常と非日常の境界は、全くはっきりしたものではなく、何かの弾みで簡単に裏返ってしまうものなのです。(今年の3.11でさらにそれを実感しました。)だからこそ、日常生活における、小さな幸せを大事にして生きていかなければならないのだと。

    主人公のポール・ルセサバギナを演じているドン・チードルは、『クラッシュ』でも悲しみを抱えた警官を巧く演じていましたね。本作でも家族への深い愛情や、虐殺に対するやるせない怒りなどがよく伝わってきます。

    もともと、日本公開の予定がなかった本作は、ネットでの署名活動によって、公開にこぎつけたようです。本作のすばらしさを伝えるために、署名活動を始めてくれた人々に感謝です。

  • ルワンダで起きた大量虐殺下、自らが支配人を務めるホテルに避難民をかくまい、その人々を守り抜いた一人のルワンダ人の実話をベースにした作品。

    支配人・ポールの清濁をあわせもちながらも、一度持った信念を行動的に貫く人間像は、普遍的な魅力を帯びていて、映画化されるにふさわしい素材だったと思う。

    異なる民族(その区分はあいまいで、眉唾もんだけど)同士の権力抗争が、内戦そして虐殺を引き起こすわけだけど、そこに介入する欧米先進国は結局、メリットがないことを理由にルワンダを突き放そうとする。

    一方、そんな中でも引き下がり方に納得できず、ポールと手を携えて避難民救出になんとか力を注ごうとする欧米人たちの姿も描かれており、そこに戦争や抗争というものが、一部の支配する人たちの欲望をかなえる道具と化している現実が透けて見えた。

    日本では各配給会社が関心を示さず、当初公開する予定がなかったということだが、まったく首を傾げざるを得ない。この国で生きているからこそ、一度はみておきたい作品!

  •  高校の世界史の授業で、ルワンダで紛争があって100万もの人が虐殺されたというのを学んだのを覚えている。当然、100万人という数に驚き、恐ろしいと思ったが、その授業以来、ルワンダのことについて考えたことはほとんどなかった。100万人というと、莫大な数だが、正直ピンとこなかったし、自分には関係のないことだと無関心な気持ちがあった。そういった事実があったというのを知っただけで、実際のところ、何も学んでいなかったのだ。フツ族とツチ族という民族がいると知っても、似た名前だなとか、その程度でしかなかった。
     私は映画好きなので、よく映画を観るのだが、紛争や戦争の作品はあまり観ないというか、避けていた。『ホテル・ルワンダ』という作品は知っていたが、今まで観ようと思ったことはなかった。しかし、今回の授業をきっかけに、自分の避けていた世界、知っているようで知らない世界を観てみようと思った。全体的な感想としては、目を覆いたくなるようなシーンが多々あったが、非常に辛辣に描かれており、ルワンダの紛争の雰囲気が感じ取ることができた。しかし、これが本当に起きていたことなのかとはまだはっきりと信じられなかった。他のフィクション映画となんら変わりのない無差別な世界が広がっていたのだから。自分が生まれたのが1989年、その少し後、自分が生きていた時代に、同じ地球で、こんなにも酷い争いがあったとは知らなかった。日本は平和である。日本で生活していると、ルワンダのような状況は想像できない。ルワンダで大量虐殺があったと高校のとき習っただけで、何も知らなかった自分が恥ずかしくなった。
     普段は、普通に一緒に生活しているフツ族とツチ族。フツ族の人とツチ族の人の婚姻もある。それが対立が始まると普段とは一転、フツ族がツチ族をゴキブリ扱いし、同じ人間とみなさず、虐殺を繰り返す姿に驚かされた。見た目では判断できない、違いなどほぼないに等しいはずだが、ツチ族というレッテルが張られただけで、殺されていく様は常軌を逸脱する世界だった。女も子どもも関係ない、見境なしに殺していく。それだけでない。フツ族の過激派は、ツチ族だけを虐殺するのではなく、フツ族の穏健派にも虐殺を行ったのだ。ツチ族を守るフツ族の人間も裏切り者だから殺してしまえという、それだけの理由で人が殺せるのか。人とは恐ろしい生き物だと思った。人は一人では生きていくことができない、社会や集団で力を合わせて生きていく動物であるが、集団というのはときには、良い面でも悪い面でも恐ろしいほどの力を発揮する。集団は個人の考えを消し、視野を狭くする。間違っていることでも、集団ならば、いとも簡単にやりとげてしまう。フツ族による大量虐殺で、100万人もの死者が出たのには、集団による力が働き、何を言おうがしようが、止められなくなったことに原因がある。冷静さを失った人間ほど怖いものはない。
     しかし、この大量虐殺が起きた原因は、フツ族とツチ族だけによらない。かつて植民地支配を行っていた国も関わる国際的な問題なのだ。ルワンダはベルギーにより支配されていた。ベルギーの政策で、鼻の大きさなどでツチ族とフツ族が分けられた。またIDカードの導入で、自分がどの民族かというのが、はっきりと固定化された。こういったことがあいまって、次第にフツ族とツチ族の対立は大きくなっていった。西欧によるアフリカの植民地支配も大きな原因なのだ。
     ルワンダの紛争が起きたとき、国連軍は紛争をなんとか鎮めようとしていたが、紛争が激化してくると、ルワンダを見限って、ルワンダには価値がないと撤退するのには、なんとも言いようのないもどかしさがこみあげた。西欧などの国々は、フツ族とツチ族が争うことになった大きな原因の一つを作ったというのに、自分たちの手に負えない、紛争を止める価値が見出せなくなると、足早にルワンダを去っていった。人間の冷たさ、薄情さを感じた。
     人間というのは、ときに恐ろしい存在になる。日本人の自分からすると、なぜ100万人もの死者が出るまで争うのかわからない。罪のない隣人ですら殺してしまう、そんなのおかしいに決まっている。だが、ルワンダでは実際にそれが起きた。しかし、よく考えてみると、日本でも戦時中は虐殺を行ったのである。何もルワンダに限ったことではないのだ。一人ならまずしないようなことを、集団になると人間はすることがある。けれども、日本人の私は、そんなものは、今はもう行われていないと思っていた。それが間違いだと知ったとき恐怖を感じた。虐殺は、過去に行われていたものではなくて、今も起こっているし、これから先も起こるかもしれない。自分がフツ族の人だったら、周りのフツ族の人たちと虐殺を行ってしまう気がする。決して、他人事の問題ではない、自分にも似たような状況がふりかかる可能性だってあるのだ。
     『ホテル・ルワンダ』を観て、世界の現状の知らなさを痛感させられた。どんな出来事があったかを言うことはできるが、細かいことを聞かれると何も答えられない。ルワンダで虐殺が起きたのには、それまでの歴史が深く関わっている。これをきっかけに、他の紛争、戦争についても知りたくなった。

  • あらゆる民族紛争は宗主国の統治政策が深く関わっているケースが多く、一方的に虐殺側が悪いと言えない状況にある。恐ろしいが、社会的な人間の心理っていうのはこういうものだろうなぁという感じもする。まさに狂気。
    また、劇中のジャーナリストが言った「世界の人々はこの映像を見て、“怖いね”と言うだけで、ディナーを続ける」というセリフもその通りで、民族紛争の事実は連日放送されているけど、僕らが実際に行動に出ることはない。僕らにできるのは、こういう事実(歴史)を知って、そこから学ぶことしかできない。(学んだところで役に立つかはわからないが。)

    <あらすじ>
    フツ族の過激派が巻き起こした混乱状態の中で、ホテルの副支配人だったポールは自分の家族を救うことだけを考えた。しかし、虐殺が始まったことを知り、その重大さに気がついた彼はホテルにツチ族やフツ族の難民をともに受け入れることを決断する。
    無力ながらも踏みとどまり続ける国連軍や有名ホテルとしてのステータスを盾に人々を過激派からかばい続ける一方で、ホテルの支配人として培った人間関係を利用して彼は1268人の難民の命を救うことに成功する。
    ルセサバギナ一家とホテルの難民たちがルワンダ愛国戦線の前線を越えて難民キャンプにたどり着き、そこからタンザニアへと出発するところで映画は終わる。

    ルワンダの旧宗主国ベルギーによる人種分別政策(背の高さや鼻の形などでツチ族とフツ族が分けられた)や、虐殺に対する国際社会の無関心(「世界の人々はこの映像を見て、“怖いね”と言うだけで、ディナーを続ける」)を強く批判している。

  • 紛争下で大虐殺が始まったルワンダ。
    家族を守るため、1268人の人々をホテルに匿い救ったホテル支配人ポール・ルセサバギナを主人公に
    ルワンダで起きた凄惨で悲惨な出来事を描く。

    いつ暴徒が襲って来て家族諸共殺されるか判らない極度の不安。
    頼りにしていた国連平和維持軍が撤退していく絶望。
    共に暮らしていた隣人が暴徒となり、隣人を殺していく地獄。
    1994年に起きた事実。

    ツチ族が悪いのではない。フツ族が悪いのではない。
    悪いのは虐殺へ人々を扇動する人間だ。
    悪いのは暴徒と化し殺人を行う人間だ。
    悪いのは不満のはけ口を他人に向ける人間だ。

    “ 悪いひとたちがやって来て みんなを殺した
    理由なんて簡単さ そこに弱いひとたちがいたから
    女たちは犯され 老人と子供は燃やされた
    若者は奴隷に 歯向かう物は一人残らず 皮を剥がされた “
    (BLANKEY JET CITY 「悪いひとたち」)

    目を背けてはならないのは、この悲惨な出来事が、他人に不満のはけ口を向ける行為の延長線上にあることだ。
    感情に流されやすい人間の弱さや愚かさだから、いつどこで起きるか判らないということだ。
    自分の住む町で同じことが起きたとき、自分はどうするだろう。
    多勢に身を委ねるだろうか、圧倒的な暴徒から身の危険に晒されたら戦えるだろうか。
    最善の策は、悪いことを起こさせないように、起こさないように、普段から小さなことでも出来ることをすることだろう。

    そのようなことを改めて考えさせられる映画だった。

  • ツチとフツ
    歴史と史実
    民族と国家
    狂気と凶器
    憎悪と信愛

    エンディングの詩と曲が素敵。

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