アブラハムの生涯―森有正講演集 (1980年)

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  • 烏兎の庭 第四部 書評 3.23.13
    http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto04/diary/d1303.html#0323

    森有正エッセー修正 索引
    項目:アブラハム
    http://d.hatena.ne.jp/utorin/20060928/ab

  • 10年近く前に友人から紹介してもらった本。信仰の父アブラハムの生涯を通し語った、ICUチャペルにおける森有正の講演集。「どんなにもっともらしい理屈でも、コンベンション(因習)でも、あるいは過去を支配した常識でも、もし私どもの現実の経験が透明化されたものがそれに合致しないならば、私どもはそれを改めていかなければならない。こういう意味で経験というものは本質的には私どもに完全な自由を保障するものであります」(22-23頁)。
    「アブラハムの出発は、結局本当の内面世界への、人間への、自由への出発だったと私は考えます」(39頁)。
    「何にも保障されない、無の中に何かを求めて出ていくという冒険の思想というものは日本の文明には根本的に欠けております」(43頁)。
    「私どもの知恵でもって一つの理論の体系にしたり、組織したりするということは、間違いです。むしろそういう私ども人間の経験の、限界である地平線の上に立って、その向こうを見ている人が何人かおりますが、その人から私どもはただ謙虚に学ぶ以外には何もできないのです」(72頁)。
    「私は真理を見た、私だけは真理を知っていると言うことができる人は誰もいない。これは、この現代のキリスト教が達した非常に大きな真理です」(80頁)。
    「自分たちの道を定めます時に何らかの形でその契約の関係に入らなければ、私どもはこの社会に、この人生において私どもの本当の生涯を生きることができない。そのために私どもは自由を失わなければ、いわゆる私どもが考えている自由を失わなければ、本当に生きがいのある生涯を送ることはできない」(91頁)。
    「自由を通って今度は自由を捨てるところまでいった人間が現れたなら、そういう時にこの社会というものは初めより健全なものになってくるのです」(94頁)。
    「神に対して責任を持つ、人に対して責任を持つ、それは具体的にはどういうことですか。それは私どもの中にある霊と肉の二つをしっかり握って、霊を裏切らずに肉の生活を全うすることでしょう」(136頁)。
    「私どもは矛盾の論理とか弁証法に苦しまなければならない。また社会実践と信仰との間に引き裂かれなければならない」(138頁)。
    「最も勤勉な、最も確信に満ちた生涯の底に、深く広がる一つの不可知論であります。それがなければ、信仰が冒険であるということは、何の意味もない」(156頁)。
    「アブラハムとは全く違う生涯になるかも知れません。あるいはキリスト教の通念から言ったら、非常に違った生涯になるかもしれません。けれども、神様は無限に大きい。しかも、最後に神様の意志が現れたとき、私どもは私どもの生涯の本当の意味を知ることができる」(162-63頁)。
    友人の生きていた世界が少しは垣間見れた気がする。私も自身の「経験」としてこれから一生かけて咀嚼していくことになるのだろうと思う。精神的に非常な苦難の中にあった彼女とは連絡が取れなくなって久しい……無事でいてくれれば良いのだが。

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