- Amazon.co.jp ・本
感想・レビュー・書評
-
この本に書かれた言葉はまさに正論。
人に金を与えるのはケチるくせに、自分の時間を与えるとなると皆安売りするように自分の残りの時間を他人に与えている。
地位名誉だけが何も全てというわけではない。
ある目標を達成したい場合、その道のプロを真似する事。大勢の人に踏みならされた道が必ずしも正しいとは言えない。最も多くの人を迷わせた道とも言える。
一時の快楽に身を任せるのではなく、それを制御しコントロールする必要がある。
人生は短いがよく使えば長い。何か自分で誇れることを残りの時間を使って成し遂げたいと思った。
気に入った文
『人生は十分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことをも完成できるほど豊富に与えられている。』p.9
『自分の銭を分けてやりたがる者は見当たらないが、生活となると誰も彼もが、なんと多くの人々に分け与えていることか。』p.13
『諸君は永遠に生きられるかのように生きている。充ち溢れる湯水でも使うように諸君は時間を浪費している。』p.15詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
再読。人生に悩んだとき、つい手に取ってしまう。繰り返し読むことで真意に近づけている気がする。2000年のときを超え残ってきた古典は説得力があり、へたな作者の自己啓発本より勇気づけられる。
-
昔、大学の卒論で扱いました。その時はストア派哲学というアプローチよりは、倫理学としてのアプローチで取り上げました。そういう読みのほうが、セネカのこの本特有の、グサグサ来るほど耳の痛い良い話の持ち味が出ると思ったし、今回改めて読んでそう感じました。
この本は私の人生においては心の支えですね。いつでも側において、何時何度でも繰り返し読むに値する本です。
哲学者というよりは政治家であり、弁論家であるということが、セネカの魅力の理由である気がします。「ワンフレーズポリティクス」なんて言葉もありますが、ワンフレーズにエッセンスを凝縮するような仕方は聴衆に演説で持って説得するのに必須の弁論スキルでして、そのスキルがこの本には遺憾なく発揮されています。だから、名言が多いです。心に刻んで持ち歩きたくなる言葉・知恵が多分に含まれています。
ただ、逆にワンフレーズ集約の為に細かい議論が乱暴になったり、過去の哲学者の引用も手前味噌になったりで、哲学書と呼ぶには親切では無く、受け入れるにしてもすんなりとは受け入れ難い語り口です。むしろ文脈も、何を言っていて何故それが出てくるのかの歴史的背景も読まないと難しいです、この本は。その点、この訳の解説は簡潔かつ丁寧ですね。
ですから、これでセネカやストア派に興味を持ったなら、私はラテン語で読むことをお勧めします。この訳、意訳が多いのも事実でして。。。彼の語り口がより生き生きしてきますから、チャレンジする価値は十分あります。 -
人生は十分に長い。単にその多くを浪費しているだけ。
老後ではなく、いますぐ、道を求めることを始めること。
酒と性のみに熱中する者は恥である。
多忙な人間は、ものごとを成し遂げられない。
死の危険を避けるためなら全財産を投げ出す。それならば将来の安心のために働くのは矛盾している。
よい生活を築こうと多忙を極めるのは生活を築こうとしているのに生活を失っている。
財産を守るための仕事は怠惰な多忙である。
暇になったときにどう使うか、を知らないのは不幸である。
高く上ったものほど落ちやすい。所有するのに多大な努力が必要なものはいらないもの。
徳の愛好と実践、情欲の忘却、生と死の認識、深い安静の生活。 -
「人生の短さについて」「心の平静について」「幸福な人生について」の三篇が収録されている。
セネカ(紀元前4頃〜後65)はストア派の第一人者らしい。
『人生の短さについて』は50年前後にローマで書かれたもので、人生は短いが良く使えば長いという見地から、当時のローマの食料長官であったパウリヌスにあてて、実務を捨てて自然の研究や徳の愛好に進むことを勧めている。
『心の平静について』は友人セレヌスから漠然とした心の不安を打ち明けられて、その平静を保つ道を教えている。
『幸福な人生について』は、ストア派の原則である自然に従う生活が幸福な生活であるとし、外見の善を求めるのではなく、隠れたほうの部分ほど美しい善を求めることを説く。
読んだ感想としては、2000年前の話であっても、それが今にもしっかりあてはまるな、ということと、演説を聞いているようだな、ということでした。
哲学に関する原著の翻訳本の中ではとても読みやすいものだと思います。友人にあてた文章として書かれたものだからか、理解されるように書かれている印象です。ですが、その分やや冗長な印象もありました。しかし、読んでて面白かったです。 -
表題作のみ読了。以下、抜粋。/人生は十分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことをも完成できるほど豊富に与えられている。/「われらが生きる人生は束の間なるぞ」つまり、そのほかの期間は、すべて人生ではなくて時間にすぎない/諸君は今にも死ぬかのようにすべてを恐怖するが、いつまでも死なないかのようにすべてを熱望する。/君はどこを見ているのか。どこに向かって進もうとするのか。将来のことはすべて不確定のうちに存する。今直ちに生きなければならぬ。
-
久々にまた読み直したいと思える本に会えた。
少し気を抜くと「生きる」のではなく「存在している」だけになってしまいがちな私としては、適宜読み返して自分の在り方というものを考えてみたい。