1849年のシベリア流刑の前、46-48年の期間に発表された短編、いわゆる初期の短編をおさめる。以下の作品を所収。
『貧しき人びと』『分身』『九通の手紙にもられた小説』そして
『プロハルチン氏』『家主の妻』『ボルズンコフ』を収録。
※『貧しき人びと』『分身』『九通の手紙にもられた小説』は、他の文庫版で既読。
本巻所収の短編は、こんないびつな人物像ありけり、興味深いでしょ?という感じ。個性的な人物像を造形して読ませます、という作風の小品に留まっている印象。
後期の五大長編のような、大きな構想や、神と人間が対峙する如き深遠な主題の探究、大いなる物語の器はまだ見られない。ただ、破綻寸前のクレージーな人物像を躍動させる、という点は後期へと踏襲され、成熟していった模様である。
斯様な、作家として模索している時期を感じられる作品群である。
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・『プロハルチン氏』
庶民的な下宿屋が舞台。おかみさんがなぜかひいきにして長年世話をやいているのが、プロハルチン氏という中年オヤジ。多年にわたり節約を徹底してきた同氏。だがある日、突然亡くなってしまう。そして、同宿の人びとは、彼の寝台、敷布団の中に隠された多量の貨幣を見いだし、驚くのだった。基本的にそれだけの話。
・『家主の妻』。
青年オルディノフは、ペテルブルグの街で、ある日すごい美人を見掛け、後をつけて住いを特定。すぐにその家を訪ね、間借り下宿を申し込む。美人の娘、その名はカチェリーナ。娘はムーリンという得たいの知れない老人と同居している。その二人の傍ら、簡易な間仕切りで仕切られた隣室で、青年の暮らしが始まる。
カチェリーナの方でも、ほどなくオルディノフ青年に対して好意を抱き始める。ときには熱情を露わに示す。青年は、カチェリーナに翻弄される様子。いわばファムファタルであるカチェリーナを描きたかった作品のようである。それから、人生経験が少なく、直情的に行動してしまう青年、という人物像もまた。
・『ボルズンコフ』。居酒屋のような場で、ポルズンコフという男が、面白い話を聞かせてしんぜましょうや、てな具合に語り始める。そのお話は、自身の経験談。役人・上級官僚の上司の策略に乗せられて、借金の棒引きと辞職を余儀なくされた失敗の顛末を含む身の上話なのであった。