夜なき夜、昼なき昼 (1970年)

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感想・レビュー・書評

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  • シュルレアリスムに興味がない訳ではない。しかし理解が伴っている訳ではないし、その主張に組みする人々を詳しく知っている訳でもない。それでは何故ミシェル・レリスの「夜なき夜、昼なき昼」を読んだのか。1970年に翻訳として出版されたこの本は、今となっては入手するのがそれ程容易ですらない。しかし自分はどうしても読んでみたかった。川上弘美がこの本に言及していたからだ。川上弘美の本に対する審美眼のようなものに寄せる信頼感と呼べるものを自分は持っている。彼女に勧められて(と言っても直接でないことは当たりまえだが)出会った作家は、好き嫌いはあるにせよ、一様に強い印象を残して来た。例えばイタロ・カルヴィーノ。「柔らかな月」を初めて読んで以来、随分と気に入って読んだ作家だ。レリスに強い興味が沸いたのはその時の経験をどこかでまた求めていたからである。

    この夢日誌のようなものが、単純な日誌だとは思わないが、書き手の内側にひどく近づいた感じはする。心臓の鼓動が聞こえて来そうな距離感だ。もちろんこの形で出版された際に、書いた時点とは既に別人格であったであろうレリスの検閲を受け、削られたもの、加えられたもの、修正されたもの、隠されたものはあるだろう。しかし、この記述の開示の動機は何であれ、ここには見せることを前提としない何かが残っているように感じることも事実だ。あとがきを読んでよりその感を強くしたのだが、このあるがままに書き留めておく行為は自分の内面に深く分け入ろうとする行為でもあったのだろう。書き残された自分の夢の内容そのもの、そして夢を書き留める際に意識的、無意識的に介入する自分の何か。それは、良心であったり、隠された欲望であったり、狂気のようなものであったり。言ってみればその部分こそレリスが最も知りたかったことなのではないだろうか。

    これはとても恐ろしい行為である。自分も意識していなかったものを敢えて見てみたいとする意識は、既に狂気の寸前にあるようにも見える。しかし、レリスはきっと自分の中にある根源的なもの、自分の様々考えの基になっているものを見極めたかったのだろうと想像する。自分もまたその気持ちを持つものの一人だ。本を読み、あれこれ考えたことを裏付けるために調べものをしたり、作家について他の参考文献から知識を得たりすることなし、自分の中からむくむくと沸き上がってくるものを淡々と書き残しておきたい、というのがこんな文章を書く最大の動機だ。言葉を連ねることが読み終えた作品を消化するのに役に立つこともある。そこから時々自分でもはっとするような考えが飛び出して来たりする。てっきりその作品を気に入ったのだと思って書き始めると、まるで反対の感想を書き連ねていたりする。その気分の根源をなんとか見極めようと、ある程度の長さのものを書くように自分自身を強いていたりする。そういう自分の中に隠れているものをみたいという動機をエリスも持っていたのではないかと思うのである。

    そうであれば、ここに並べられた言葉をエリス以外の人間が読むことは微妙な問題を含むだろう。エリス自身にとっては了解済みのことは敢えて書き留める必要がない筈だが、その理解の前提が抜けてしまったために起こる一種のレトリックがこの本にはあると思うのだ。シュルレアリスム的な、ミニマルな修辞が。へたをすると、そのレトリックに嵌まってしまい、何かを感じ取ってしまう可能性がある。しかしその構図には、見えないものを見えると信じているような危うさがあることを意識しておく方がよいだろう。飽くまでエリスの側に視点を残しておく必要がある。うっかりナイーブな読者にならない方がよい。

    そう断言したところで、自分もまたそのナイーブな読者になりつつ読んでしまったことを告白しなければならない。この映像的イメージに溢れた記述から何も連想をしないでいられることはあり得ないのだ。しかしもう一度自戒を込めて言うが、自分勝手に膨らませたイメージの世界を、レリスが意図していたものだろうと思ったり、それが何を抽象化したものなのかと想像したり、ということに汲々としてはならないように思う。

    その何かが抜け落ちたことによる普遍性のようなものによって、カルヴィーノの残したテキストと同じ作用をこの本が持っているだろうことは、今の自分にも解る。でもおそらくエリスがこの日誌を書こうとした意図とはずれているのだ。不思議な本である。

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著者プロフィール

詩人・民族誌学者

「2018年 『ゲームの規則Ⅳ 囁音』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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