山村暮鳥全詩集 (1964年)

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  • 最晩年の、短詩が群を抜いていると思う。いわゆる「悦」とか「童心」にその境地が入っているように思う。新体詩や象徴詩、民衆詩的な形式での模索がいろいろと続いて、もちろんどれにも少なからずの彼のポエジーは表出されているのだろうが、しかしやはり形式と暮鳥の『円滑』というところに目をやれば、「山村暮鳥の詩」というのは、晩年の、やや自由律俳句をも想起させる短詩でしか果たされなかったのだと思う。このことを、例えば高村光太郎の建築性であったり、文語定型の韻律などど比して、詩としてどうこういうのは間違っていると思う。十全にポエジーの湧出を見れば、それで十分だ。

    深刻であるはずの死や不在をなんのこともないことのやうに、ユーモアで包み込んでいる。生きとし生けるものとの交感が、非常に純朴な形で、原初において達成されている

    ----------------

    たつぷりと
    春は
    小さな川々まで
    あふれてゐる
    あふれてゐる




    こどもが
    なき、なき
    かへつてきたよ
    どうしたのかときいたら
    風めに
    ころばされたんだつて
    おう、よしよし
    こんどとうちやんがとつつかまへて
    ひどい目にあはせてやるから



    俄雨は
    ぐつしよりとぬらした
    馬もうまかたも
    おんなじように



    霧深いから
    とほいやうな
    ちかいやうな
    月明りだ
    なんの木の花だらう

    ○★

    くれがたの庭掃除
    それがすむのをまつてゐたのか
    すぐうしろに
    月は音もなく
    のつそりとでてゐた



    自分は森に
    この一枚の木の葉を
    ひろひにきたのではなかつた
    おう、椎の葉である

    ○★

    ほのかな
    深い暗闇である
    どこかに
    どこかに
    梅の木がある
    どうだい
    星がこぼれるやうだ
    白梅だらけの
    どこに
    さいてゐるんだらう




    大竹藪の真昼は
    ひつそりとしてゐる
    この梅の
    小枝を一つ
    もらつてゆきますよ



    まあ、まあ
    どこまで深い霧だらう
    そこにもここにも
    木が人のやうに立つてゐる
    あたまのてつぺんでは




    麦の畝々までもが
    もくもく
    もくもく
    匀いだしさうにみえる
    さあ
    どうしよう



    うす濁つたけむりではあるが
    一すじほそぼそとあがつてゐる
    たかくたかく
    とほくの
    とほくの
    山かげから
    青天をめがけて
    けむりにも心があるのか
    けふは、まあ
    なんといふ静穏な日だらう



    あらしだ
    あらしだ
    花よ、みんな蝶々にでもなつて
    舞ひたつてしまはないか



    松ばやしのうへは
    とつても深い青空で
    一ところ
    大きな牡丹の花のやうなところがある
    こどもらの声がきこえる
    あのなかに
    うちのこどももゐるんだな

    ○★

    木蓮の花が
    ぽたりとおちた
    まあ
    なんといふ
    明るい大きな音だつたらう
    さようなら
    さようなら



    ほのぼのと
    どこまでも明るい海だらう
    それでも溺れようとはせず
    ちりり
    ちりりり
    ちどりはちどりで
    まつぴるまを
    鬼ごつこしてゐる


    ○★

    かうもりが
    地べたにつき刺されて
    たつてゐる
    だあれもいない
    どこかで
    雲雀が鳴いてゐる

    ほんとにだれもゐないのか
    首を廻してみると
    ゐた、ゐた
    いいところをみつけたもんだな
    すぐ土手下の
    あの新緑の
    こんもりした灌木のかげだよ

    ぐるりと尻をまくつて
    しやがんで
    こつちをみてゐる

    ○★

    ほう ほう
    ほう ほう
    山奥のほそみちで
    自分もないてる
    ほうほう鳥もないてる



    宗教などといふものは
    もとよりないのだ
    ひよろりと
    天をさした一本の柴苑よ



    うつとりと
    野糞をたれながら
    みるともなしに
    ながめる青空の深いとこ
    なんにもおもはず
    栗畑のおくにしやがんでごらん
    まつぴるまだが
    五日頃の月がでてゐる
    ぴぴぴ ぴぴ
    ぴぴぴぴ
    ぴぴぴぴ
    どこかに鵜がゐるな

    ○★

    まづしさを
    よろこべ
    よろこべ
    冬のひなたの寒菊よ
    ひとりぼつちの暮鳥よ、蠅よ


    ○★

    まよなか
    尿に立つておもつたこと
    まあ、いつみても
    星の綺麗な
    子どもらに
    一掴みほしいの



    いつともなく
    めつきりと
    うれしいこともなくなり
    かなしいこともなくなつた
    それにしても野菊よ
    真実に生きようとすることは
    かうも寂しいものだらう

    ○★

    沼の真瓜の
    冬枯れである
    むぐつちよに
    ものをたづねよう
    ほい
    どこいつたな


    ○★

    おや、おや
    ほんとにころげでた
    地震だ
    地震だ
    赤い林檎が逃げ出した
    りんごだつて
    地震はきらひなんだよう、きつと



    こどもはいふ
    赤い林檎のゆめをみたと
    いいゆめをみたもんだな
    ほんとにいい
    いつまでも
    わすれないがいいよ
    大人になつてしまへば
    もうにどど
    そんないい夢は見られないんだ




    ふなばらを
    まつ青にぬりたてられて
    うれしさうな漁船だ
    ー鮪をとりにでかけるところか

    ああ、春だの





    かへるでも
    とびこんだのか
    ぽちやんと
    水の音がした



    まつくろな
    ほんとにまつくろな
    晩だな
    あ、蛙だ
    地の底でくくくく・・



    ぼたんだ
    ぼたんだ
    月夜のぼたんだ

    ごろごろ
    ごろごろ
    石臼の音が
    また馬鹿にいいんだ


    ○★

    ぼたん
    一輪

    真昼でもいい
    月の夜でもいい
    どうせ
    此の世のものではない

    ○★

    朝、起きてみたら
    しつとりと
    土がぬれてゐる
    ちつてもしらなかつたが
    やつぱり雨が落ちたんだな
    すくすくと
    一晩の中にいつてもいいほど
    まあ、雑草が
    不思議ではないか
    こんなにもゐるんだ



    地震だ
    地震だ
    ぼたんの花を
    どうしたもんだろ



    朝、起きてみたら
    しつとりと
    土がぬれている
    ちつともしらなかつたが
    やつぱり雨が落ちたんだな
    すくすくと
    一晩の中にといつてもいいほど
    まあ、雑草が
    不思議ではないか
    こんなにものびてゐるんだ




    すくすくと
    一心にのびる筍
    どこまでのびるつもりだらう
    きのふは
    子どもの肩より低く
    けふはわたしをつらぬいた



    一きは明るい
    娘達の上あたり
    なにがそんなにうれしいか
    麦刈笠といつしよに
    ゆらゆら
    かげらうのゆれてゐる


    ○★

    するすると
    野棘はのびた
    庭の一隅のことである
    松の小枝が
    邪魔になったので
    そこまでゆくと
    ほどよく曲つて
    また、するするとのびつづけている




    ぐつたりと野茨が一茎
    花のまんましほれてゐた
    磯の小山に・・

    そのこどものやうなのも
    すぐそばで
    おなじやうに
    小さな首をたれてゐた

    ○★

    しののめの
    渚の
    海月が一つ
    ぽつかりと
    うちあげられてあつた
    ゆふべの浪の
     いたづらのやうにー

    ○★

    浪どんど
    浪どんど
    四羽五羽六羽
    あれは
    千鳥といふ鳥である

    口笛をふきながら

    ときにはぽろりと一羽
    わたしのゆめと
    磯との間を
    いつたりきたりしてゐる
    いつたりきたりしてゐる

    ○★

    しつとりと
    ぬれた渚
    小さくかはゆく
    のこされたあしあと
    鮮やかな
    その一つ一つ

    ふと、そのあしあとの
    途絶えたところから
    飛びたつた千鳥をおもへ・・


    ○★

    水をのみにきて
    水をしみじみのんでゐた
    蜂が一ぴき
    なんにおどろいたのか
    飛びたつた

    草深い、ここは
    水かげらふの宿なのにー

    ○★

    一塊の夕立雲は
    まるでふざけてゐるやうにみえた
    そのたかいところで
    そしてすういと
    あとかたもなくなつて
       しまつた


    ○★

    朝顔のつぼみを
    そのふくらみに
    夜明けの
    遠い天をかんじてゐるか
    すべてに昼の深さがある

    ○★

    ぱら ぱら
    ぱら ぱら
    わたしのかほへも
    それが三ッ松
    通り雨だ
    竹藪の雀が
    大騒ぎをやつてゐる

    ○★

    あたまのうへは
    とつても澄んだ蒼空である
    まあ、御覧
    そのあおぞらが
    蟋蟀を
    一ぴきながしてゐる


    ○★★

    一ばんぢう
    自分は小さな蜻蛉であつた
    そしてとろとろゆめをみたゐたのは
    どこかの丘の
    穂にでてゆれてる
       芒であつた

    ○★

    蟷螂の子どもが
    三角頭をまげこんで
      しあんしている
    まさか
    野の花でもあるまい
    何が、そんなに
    おもひしづませてゐるのか



    とうもろこしの花が
    つまらなさうにさいてゐる
    砂つぼ畑の
    ひるひなかだ
    つまらなさうな
    その陰影が
    ながながと土を這つてゐる



    森ふかく
    きえいる草の
    一本の細道
    をんながそこへはいつていつた
    蝶がそこから舞ひだしてきた

    ○★

    妻よ
    こんな朝である
    海を
    掌にのせてみるのは

    妻よ
    どうだらう
    あんなに沢山の小舟が
    靄にかくれてゐたんだ
    まあ、みてゐて御覧
    一つ私が吹き飛ばしてみせるから



    いい月だ
    道端にたつてゐる石まで
    しみじみ
    撫でてでもやりたいやうな

    ○★

    ないてゐるのは
    桧の梢のてつぺんだ
    だが、それは
    蠅でもない
    月でもない

    ○★

    ああ、もつたいなし
    もつたいなし
    この掌は
    どちらにあはせたものか
    いま日がはいる
    うしろには
    月がでてゐる



    大きな沼だ
    そのまんなかに
    舟が一つ
    魚を釣つてゐるのか
    それとも月をながめてゐるのか



    とうちやん
    とうちやん
    暴風は
    お月さんをわすれていつたよ

    ○★★

    こどもでも
    さがしまわつてゐるんぢや
        あるまいか
    一羽の山雀ふぁ
    いい声だが
    いかにもさびしく
    かなしさうだ
    まつたく
    ゆふべのあらしときたら
    めつぽうひどく強かつたからな

    ○★

    静かな晩秋である
    やみあがりの自分は
    蒲団の上にきちんとすはつて
    読書してゐる

    いやに冷え冷えする日だ
    こほろぎが
    壁に錐でももみこむやうな
    すがれた声で啼いてゐる

    おや、いつのまにか
    自分のこころは




    ほほづき
    ほほづき
    はやく、いろづけ
    雪ふり蟲がすぐ
        とぶぞ



    ほおづきよ
    干柿よ
    おまへたちもまた
    そこで
    その軒端で
    お正月をまつてゐるんか
    子どもらといつしよに

    ーいい日和だ
        なあ




    まづしさを
    きよくせよ

    松のみどり

    ○★

    雀がこどもに
    いろはにほへとでも
       をしえているのか
    大竹藪のまひるだ
    竹と竹とが
    それを
    ぢいつと聞いてゐる

    ○★

    あのうみは
    だれの海なの
    そしてあの千鳥は
    おう
    子どもよ
    そればつかりはきいてくれるな
    自分もだれかに
    きいてみようと
    おもつてゐたんだ



    大木の幹をなでつつ
    ふと手をとめ
    しみじみと
    みみをすました
    なんの気もなく、何の気もなく
    ちやうど脈でもみるやうに

    なんといふ自分であらう

    ○★★

    雨は一粒一粒
    よふけてきけ
    遠い
    遠い
    むかしのことを
      ものがたるよ

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