美徳のよろめき (1957年)

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感想・レビュー・書評

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    ── 三島 由紀夫《美徳のよろめき 19570400-0600 群像 19570620 講談社 19570915 限定版》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B000JAXWTW
     
    ── 月丘 夢路・主演《美徳のよろめき 19571029 日活》
     
    …… 裏方「お昼すぎの主婦向きとか申すらしいんですが 連続番組の
    テーマソングなどは 好きではありません
    ── 一連の“よろめきドラマ”と称するたぐいですね(笑)
    裏方「まだ モダン・ジャズなどのほうが 親しめますね」
    https://tx696ditjpdl.blog.fc2.com/blog-entry-3370.html
     一聴一席②楽苑二重奏 大谷 光暢・智子御夫妻をたずねて
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%A4%E8%A4%ED%A4%E1%A4%AD%A5%C9%A5%E9%A5%DE
     
     仮面の三筆 ~ 書いた人、書かれた人、読んだ人 ~
     
    ── 猪瀬 直樹《ペルソナ 三島由紀夫伝 19991110 文春文庫》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4167431092
     
    https://twilog.org/awalibrary/search?word=%E7%8C%AA%E7%80%AC%E7%9B%B4%E6%A8%B9&ao=a
     猪瀬 直樹  東京都知事 19461120 長野 /18[20121216-20131224] 1986《ミカドの肖像》
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%C3%F6%C0%A5+%C4%BE%BC%F9
     
    https://twilog.org/awalibrary/search?word=%E4%B8%89%E5%B3%B6%20%E7%94%B1%E7%B4%80%E5%A4%AB&ao=a
     三島 由紀夫    作家 19250114 東京 市ヶ谷 19701125 45 /籍=平岡 公威“憂国忌”
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%BB%B0%C5%E7+%CD%B3%B5%AA%C9%D7
     
     Keene, Donald Lawrence 19220618 America 東京 20190224 96 /日本文学
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%A5%AD%A1%BC%A5%F3
     
    http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20221005
     不徳のよろめき ~ immoral stagger ~
       
    (20221005)
     

  • 官能の代わりになるものは、探究心や理論や洒脱な會話や文學であるという考えの三人称によって物語られるている。
    その考えは、三島のものであるかどうかは分からない。

    [分かりにくい部分]
    第1章 節子は自分が異端者であることを知った。みんなを軽蔑する気もなく、煩わしくもないのに、みんなの関心とどこかづれている。 大人しく、愛らしく、何の野心も、過剰な教養も持たないのに。 これは無智、世間知らずから来ているに過ぎず、節子は他の女たちも自分と同じように感じているといふことが理解できなかったのである。

    [小説の言葉と、実際のふたり]
    第4章 夜の八時の會合にとらわれている節子の心の描写について。
    節子は、遅れてきて怒っている時に八時の會合のことを言わなくてもいいじゃないと言い、土屋の狡さを責めたと語られる。
    言葉が口から出てくる時、小説の会話のカッコの前後に描かれる発言の意図や心は、一瞬であり脳には言葉としては浮かんでこない。
    では、小説の会話のカッコの前後の言葉は、後付けの発話の動機、理由だろうか? 

    第11節 彼女は自分の感情の打算を感じた。土屋が戀している以上に戀してはならないという打算。という部分
    こんな言葉のようには、実際には感じないだろう。
    どうしてもっと寂しがってくれないのよ。 もっと私を欲して感情を乱してよ。と思うのならわかるが。
    かなり言葉にされている。 言葉 言葉

    第11節 色情の裡にひそむあの永遠の、癒しがたい不真面目さに直面した...身を委ねた。
    ここでも、実際を上回り言葉が綴られている。

    [雑記]
    会話のカッコの後には、彼はooと言った。と会話カッコにいれずに語られる会話もある。 

    節子自身は、この小説のように言葉で物語って生きてはいない。 土屋や良人や菊生や街の風景を見て生きている。

    私は、女らしい視点でしか男を見ないと語られる節子よりも、この小説でいう知的な女、男側の判断をする女の方が魅力的だと思うだろう。

    私は、仕事で、人と共に仕事をしている毎日の中でよろめく。
    『火山のふもとで』松家仁之著は、仕事の細かい部分を描写していたなと思い出す。
    たとえば、今日、私が電話して聞くべきなのに、こういうときいつもはどうしていますか?と人に頼り、その人が聞いてくれた。
    それを厳しい人に批判されて、自然と頼ってしまう甘えを認識した。
    しかし、厳しい人がいなければ、人の甘えを批判できずに許す人と自然に甘える私の二人の間では、批判がなく済まされてしまう。
    もう一つ、時間が迫られているわけでもないのに、急ぐ人のペースに乗せられて、そんなに急がなくてもいいと意見を伝えずに、相手に合わせてしまった。
    合わせることが正しいこととなって、合わせる相手の考えがあっているか間違っているかが忘れられている。
    こんなことを思う状況におかれ人の間におかれるから、仕事中にこそ私はよろめく。

    小説を読まされ、文字に溺れるのではなく、読み解いていきたい。
    節子を作られた人物とみなし、どうしてそういう人物に作ったのか?
    節子の思いと、語り手の想いを分けて読む。
    語られる部分と、語られない部分があることを認識し、
    なぜ語らないのかを考える。三島が語らない部分は何か。
    言葉を疑って読む。 悲しいと書かれていたとき、本当にそうなのか、言葉にされてしまって何かが悲しいに吸収されてしまっていないか?
    節が進むとだんだん、認識の論理を追うことだけになり、
    ただの読者となってしまうが。

    第一節 
    節子が優雅な官能的な女で、顔もスタイルも描写されておらず、厳しい躾と階級的に上ということは語られる。
    階級低く、厳しい躾も知らず、働く身としては、節子が魅力的だと思わない。 魅力的な言葉で飾られているだけ。
    語り手の語りが言葉を用いた心の描写に長けているのであって、節子や土屋が良いのではない。

    第二説
    節子はooと思った と節子の気持ちを描き、また、その節子を ooな女だった と節子自身では思わないようなことを、語り手が分かりやすく巧みな表現で描く。
    会話を省いている。
    初めて土屋に電話するところでは、節子の伝えた要点だけ語られ、それを受けて土屋の言葉は一切語られず、ただ、応じた とだけある。 会話にはもっと細かな感情のやりとりがあるというのに。
    その後ふたりで約束して会った時も、会話わ描かれない。
    矛盾言葉
    決して許さなければいい、節子は落胆した土屋の顔は恋をしている男の顔ではなかった、節子は知っていた、この人相手なら私の道徳的な恋愛はうまくいきそうだわ、安全を旨とするなら恋愛でなくても友情であってもいいはず、

    倦怠


    夫が眠っているから倦怠した節子は、性欲的な野性的な男を求めるのかと思いきや、そうではないという。
    それは夫の影響だというが、では眠っている夫が好きなのか? 夫がどういう風に節子をそうさせているんだ?
    ブロンズ像の感覚に興味がある節子。

    第三節
    倦怠の日々が、変わっていく。 化粧下着香水新鮮な楽しみ。
    夫の話に喜ぶ土屋。
    もっと世間を憚ってハラハラしたい節子。
    なんという素晴らしいお行儀の悪さ!
    この純粋な絵空事で満ち足りてくる。土屋に対する恋心らしいものだの憎しみらしいものだのは影も留めぬほどに薄れてくる。人間が恋しいと思ったのは嘘だったのだ。新鮮な幻影が欲しかったのだ。←語り手がうまい。 倦怠な奥様の求めるものがよく言い表されてる。節子がぼんやりと行為に移してしまったことの心を言葉で言ってる。節子はこう言えない。
    幻影に満足してからは、夫が眠る肉があるばかりと語られるよう

    第四節
    心のどこかで、人とは違うと思わせる苦悩の凡庸な性格に気づいていた。それは存在感の希薄が惹き起こす苦悩。
    希薄さを普通の女のように子への愛で濃くしようとはせず、詩のようなものが必要だった。←ふつうのおんなと言っているが、ここでわざと普通と節子を違わせている。普通などないのに。普通と違う私と読者の女性に思わせる仕組みか?
    もし恋だとすると、条件はこれだけ揃っていた、足りないのは嫉妬だけだったといえよう。←ここでも語り手が、恋愛に嫉妬は必須と定義付けしている。 言葉による定義をしておいて、あとは節子が嫉妬すればこの語り手は恋愛と認めてくれるのかな?
    お茶の会に出る時、退屈や沈静を凌いだものを蔵している気がして進んで出席→まだ私以外の女も自分のようなことを考えるとわかっていないんじゃない?
    土屋と映画女優→階級的偏見から女優を蔑んでいたから、胸が痛まなかったんじゃない? 納得できる理由ではないけれど、男が階級の上下関係なく人を好きになるかもしれない濃い親密な関係があることを知らないんじゃないの?

    第五節

    節子のしていることはなんだったらう。節子は自分の官能的な魂を満足させないことが必要であった。そこでいつまでも自分の寛容な美徳にたよったのである。→消して許さなければ良いという道徳的な恋愛(=肉体関係にならない=官能的な魂を満足させない それが節子の寛容な美徳)

    決して許さないようにしたいが、土屋が求めてこない。
    せつこが土屋を促し、そうして拒否したい、それは求め渋った土屋への報復にもなる。

    何よりも土屋の記憶につながった良人の子を受胎していろいろ考えた、節子はこれほど自分の内面に深く錘を下ろしたことはなかった、それにもかかわらず、この真摯、誠実にはどこかしらに遊びの調子があった。この子を生むのは良人への裏切りだという美化された良人思いの感情の底にはある自己弁護の喜びが顔を出していた。→


    その受胎を、夫のために払う犠牲ではなく、土屋のために払う犠牲と考えるのを好んだ。

    誰にも知られない堕胎は、何かしら報いを願う気持ちを育てた。何を望んでいるかはわからなかった→官能を満たしてしまうこと、許してしまうことだろう。→旅に誘う(泊まるのだから許すということ)

    第六節
    街の大停電、噂では爆弾が投げ込まれたとか、そんな革命や暴動を期待し、階級的偏見から自分とと土屋は被害者だと物語る。 そんな思いからの街中でのキス。
    公園で初めて互いの體に觸れた。

    第七節
    節子の婦徳は曖昧に定義されていた、空想は美徳に属し、現実は背徳に属した。
    空想の内では大いに寛大であろうとしてきた。
    邪悪であっても心に留まる限りは美徳であるが、やさしく、愛らしい、無邪気なものであっても現実の行為ならば背徳となる。
    第六節で體に觸れたときのやさしさ無邪気さ自然さは背徳となってしまう。
    感情の価値の混乱が起こった。
    そうだとすれば、冷たい打算や身勝手な計算を美徳とし、やさしさ自然さ無邪気さを悪徳と感じなければならなかった。
    土屋←節子(やさしさ自然な情愛無邪気な愛撫)
    良人←節子(感情の砂漠、空想のみだらさ、果て知れぬ長い午後の無為)→望まれていなくともこれが貞節と美徳。節子自身のための貞節美徳。夫は眠っているのだ
    ←曖昧に定義されていたというのは語り手の言葉で、節子自身が認識できていたのは決して許さなければ良いという考えだけだろう。ここでは語り手が、節子の曖昧な認識を的確な言葉で説明し、節子がこんなに難しく捉える女のように見えるが、そんな節子は実際の節子ではないように思う。自身で自身に起こっていることを言葉でこんなにうまく説明できない。これは小説、作りもの。

    許したが最後、捨てられるのではないか?と土屋の愛が不安になる。
    初めて不道徳をしていると思い、良人に打ち明けようか迷う。


    第八節

    第九節
    最初の一夜を過ごした。→決して許さないとあれだけ書いておきながら、あっさりだなと思ったが、旅行に誘った時から決して許さなければ良いという思いはなくなっていたんだ、堕胎の報いを望んでいたんだ。

    真裸での朝食は、節子が空想したほど淫らなものではなく、むしろ子供らしい無垢なものだった。→みだらな空想の美徳と、無邪気な背徳。

    もしすでに土屋の中に働いているかもしれぬ軽蔑の念を解かそうと試みた→妻の背徳に対する軽蔑?
    本当に好きだったからだわ→体を許したのは。

    叔父がホテルを出た知らせの電話を待ちながら土屋とつながっていた時、節子は何ものかから治った感じがした。

    旅から戻った東京で土屋と恋の映画を見た。
    自分の身をこれほど如実に映画の上に見たことはなかった。経験に富んだものの矜りを感じた。←節子はこういう女に描かれているが、これは誰しもが持つものだろう。この本によろめく女だって、こんなものだろう。
    専門家の楽しみを知った。

    第十節
    菊夫の共感を、さらには共謀の感情を夢見た。
    自分の逸脱を感ぜず、よみがえった秩序を感じた。

    良人と與志子の関係を疑っても、もちろん嫉妬は感じなかった。
    おっとりした節子が疑いを持つようになったのは、嘘が彼女を淘治したのだとかんがえるほかなかった。
    空想が現実となり、美徳は孤独なのに不道徳は人を同胞のように仲良くさせる。核家族が地下道で繋がっているような気がする。

    第九節で電話を待ちながら土屋とつながったとき治ったと感じたのは、子を堕した不快な記憶から治ったということだった。→堕胎した、報われたい、土屋と繋がってしまいたい、繋がった、報われた、堕胎の不快な記憶から治った。

    仕事関係の接待で節子の社交が申し分なかったため、良人がお礼する。節子が物を欲しがらないので、深読みして体を求めるが、初めて拒まれる、当然の社交をしたまでよと、良人が執拗になっても微笑んで拒んだ、節子自身永いこと考えていた優雅な復讐の言葉を言った、おそばに居るだけで幸福なんだわ。と。→これは節子が土屋にしたかったことでしょ?拒むこと、それが復讐になること。眠る夫を復讐したかったんじゃない。好きなの?

    節子のやさしい優雅な肩が、いかにもなだらかな美しい肩の線を→優雅とか美しいと言ってしまえば小説では美しくなる。でもつまらないよね。もっと描写することはできそうだけれど、そこに主眼を置かないのかな。

    堕胎したあと、報われたいと思い、報われるとは土屋と繋がるということであり、土屋と繋がった時に堕胎の不快な記憶から治ったと感じた、と私は書いたが。なにか中学数学の図形の証明のようだ。 節を読み進めると、与えられたa=b、b=cを利用して解ける節子の考え方があり、それを解いていくことが主になってしまう。
    人の考え方を数学の証明のように説明していくことは、どうなのだろう。
    数学といっても、a=bの=は節子にのみ=や≒となるものである。
    こうして言葉の数学証明に集中するうちに、言葉優位になっていく。 言葉に信用がなくなっていく、言葉が先行する、詩を描く少年の平岡公威少年がこう記していた、

    辞書で知らない言葉に出会い
    違和感を覚え
    意味を知る

    感情感覚を体験して違和感を感じたら
    さっきとは逆に
    その経験はこの言葉か となる
    その経験は未経験では無く すでに経験されていた

    経験したか経験してないかはどうでもよく
    未経験のことを言葉で書くことに矛盾はなかった

    第十一節
    他の登場人物 土屋、菊生、良人について多く語られる。
    誠に道徳的なこの青年、情熱の法則を免れているような、容姿はいいが、感情の動き、反応、行動、情熱...全てが小説的な規則を外れていて、そのあまりの落ち着き用は端倪すべからざるものがあった。知的な女はこの囚われのない無力感に時代の子の特徴を読み取ったかもしれない。

    旅へ行く前に苛んだ道徳感は、実はそうでなく、生活の秩序が変貌しつつあるときの内的違和感だった、新たな秩序が整うと、もう道徳が彼女を脅かすことはなくなった。

    菊生は土屋に向いている節子が好き。

    良人が上機嫌な顔でいるのが気に障る。
    全てを知って打ちひしがれた孤独な淋しい顔をしているところを夢見た、が朗らかなのだ。
    家族で避暑へ行き土屋と会えなくなる。
    エアコンディション人工的な涼しさ感情の真空状態他人の口真似←貞節美徳
    浮気 さあ僕のとやかくいうことぢゃないと思うね
    →節子は物語を欲しているから土屋と会えなくなるのも障害として生涯に対する自分と土屋を楽しむ、良人は障害物になってくれないから気に障る。

    避暑で会えない別れの辛さを表さない土屋に、微妙な自尊心の痛み。 感情の打算(損得勘定すること) 自然な感情よりも芝居の方が楽だった。

    現実の煩雑な、厳粛な問題の数々に残らず目潰しを喰はせてしまう色情の不真面目さ。
    はじめて良人と比較し、誇張も見せびらかしもなく自然に裸だった。 扇風機を厭うた。

    邪魔者を待ち焦がれている、自分を救う邪魔者、しかしそれがいない。 邪魔者がいない自由。

    謎 
    相撲の描写。→二つの体が子犬のように組み合っている(自然?)二人の見分けはつかずどちらが勝ったのかわからない。

    土屋は不真面目な肉の固まり、もしくはそういう自負だけの男であることを、無理にも装っている必要のある人間だった。

    土屋との間になんの邪魔者もないことをそのとき直感した。→ どうしてそのとき? 良人も土屋も不安がない、土屋は全て知っていても不安がないと言ったそのとき。

    エアーコンディション、扇風機 ⇔ 風 人工と自然

    第十二節
    避暑地と東京の間のホテルでのあいびき。
    本物の恋、情熱、気違沙汰を節子は望んだ。
    避妊に関して良人と土屋が比べられる。→避妊のみならず感染症防止のためにも男性側の避妊具はつけた方がいい、未来も考えずに、ただそのときの熱で避妊具をつけずに合わさってしまうのは、本当に困ることかもしれない。
    だが、避妊具をつけているところを見ると、間違った受け止めかもしれないが、あの人は私が妊娠したら困るんだなと思う。妊娠させずに快楽だけを求められてるのかなと思ってしまう。
    妊娠させないことが、子、二人の生活に変化をもたらさない安定であるけれど、ちゃんと子供のこと二人の生活のことを話し合った末のコンドームなしのsexはどんなものかな。
    子ができたら困る、だから好きだけど避妊する、だからこの避妊は正しい、と分かっていても嫌なのだ。


    土屋の無為無策は彼女に並々ならぬ信頼を託しているように思われる。→土屋の無為無策はもし子ができても受け入れるという気があるように受け取れるため、土屋の気持ちをそこに見出すのかと思いきや、ここでは彼女に信頼を託しているという、彼女の月経に託しているということ?
    彼女の避妊に託してるの?

    彼の五體の占めている空間と、彼と会わぬあいだに広げていた恋の空間とのあまりの差。 彼の體は小さく、恋の空間は大きいということ?

    目の前の土屋を見れば、自分の愛が決して肉体的な愛だけではないと確信が生じた、その確信から無知がはじまった。

    月経を知って現金に顔を曇らせた→あの平静な人が
    あいびきの日に障りのできた機会に土屋の精神的な愛情の強さを試そうとした。
    彼の屈託はただの礼儀ではないか?という不安。

    共寝、苦しみのまじった息、節子喜びと不憫な思い、土屋に良人に求められても拒んだ愛撫を与えた、それについて抱いていた忌まわしい幻影は消えて清浄無垢になった。

    これは本物の情熱?本物の狂態? 基準がなくわからなかった。今や官能は満ち足りていたのに狂態には程遠く自然な流露のよろこびがあるにすぎない。いつもよりも孤独だった。
    一刷りの血の名残を土屋によって傷つけられて流れた血のように想像した。

    避暑から帰った秋、半年間のあいびき毎の土屋の表情は寸分違わない写真のよう、感情の怪物。
    対して歩一歩深みに入ってゆく節子は、土屋から、土屋の実体から離れて一人で描いた空想の領域に住むようになった。この空想は肉を知る前のとは違う。
    土屋を目の前に置き、触れながら、不在の時は聲のひびきや匂いを追い求めながら夢見ていた。
    彼の目の前にあって、彼を夢見てしかし決して彼を直視する気遣いはない。男は優しい言葉使いで平静な動作で歩く。→彼の平静さとは節子との関係の薄さ、彼を受け入れ彼の内部を開かせる関係にならなかったことを表すのではないの? 節子の一方的な夢見がちな相手をする仮面として土屋が感情の怪物に見えたのではないの?


    土屋が、土屋でなくてはならぬという愛され方をすればするほど、彼の普遍的な男の肉体的な役割は重みを増しますます無名の男になった。
    土屋でなくてはという概念は不明
    他の男と違う点だけを愛していたということはできなかった、個性を愛せるのは友情。→男の普遍的な肉体も愛していた。
    土屋の名前を衍用した。深い忘我の中で、日常のどんな心の動きもそれにふさわしくなるような感覚の中で、その感覚を土屋でなくてはと呼んだ。

    彼の肉はただ節子の喜びの為にだけ生きていた。

    第十三節
    秋、與志子の恋人は狂気の振る舞いで土屋と対照的。
    最初の旅のホテルでの理由のある驚愕の模写。
    模写の機会をつかみ土屋がともにおそれおののいてくれることを期待したが土屋は笑っていた。
    その晩、打ち明けまいと思っていた堕胎(1度目)を打ち明けた。土屋神妙な面持ち。悲劇的に語った。土屋の慰めは、接吻して口をつぐませることだけ。妊娠の予感の秘密が生まれ、その秘密を隠すために抽斗に入っていた過去の秘密を語ってしまった。

    すれ違った奇怪な顔の男が深刻な印象を節子に残した。
    ぞっとする英国の実話。

    月経の潮の干満を司る月の諸力からは見放されていた。
    医者で妊娠疑いのため痛経剤を打って以来、邪魔者を待っていた。ふたりの間に最も欠け、必要だったもの。
    それはまだ形を成さない子供そのまま、はっきり子供だと名指すことはできない或る物。→良人が非難することではなく。

    自分や土屋やその子供を結ぶ絆をはっきりした遠近法で見得るようになった。→ここでの遠近法とは一体?
    一度母としての悩みを悩んだからには、恋人よりもずっと高い見地に立つことができるという誇りを抱いた。
    土屋はただ欲望においてしか、自分と関わりを持たぬように思われた。←節子は土屋をちゃんと認識している、欲望においてしかと、土屋よりも高い見地に立てるとそういうことを考えている。
    殉教的な気持ち、土屋の子の母としての職分を土屋になげうつことに苦痛に満ちた喜び。恋人の役割を超えた自己犠牲の心に媚びるようないたましさと巨きさで土屋を一歩抜きんでたと感じた。

    一向に分析してみない道徳観のうちで、不義の子を堕すことは善と感じていた。その子当人に対しても母のできる最大の善行ではないか、産めばあの奇怪な顔の子が生まれるに違いないと頑なに信じた、ロマンチックな考えと表裏して、自分で裏切った美徳の報いをそこにみて、それを葬り去ろうとしていた。

    堕すと決めた時、菊生が大きくなって非難してくれればいいと思った、このまますべてがゆるされていくのは怖かった。

    ホテルで土屋と葬り去られる子のことを話している時、堕す決心、母性愛の放棄、不幸な子の運命をも抒情的な装飾に使っていた。
    少しも土屋を責めてはいなかった、それを土屋はよく察し黙っているだけで型がついてしまった。→節子の自己完結と自己犠牲の心に浸り哀しく飾った状況で節子が満足するから、土屋は節子をそういう女だと分かっているのか。

    医者で堕胎した。
    引き出しのあの写真、以前は幻想誇張だと思われたものも、そういう陶酔が存在することが今はわかる。
    しかし、沈静な気持ちで考えると、そうした陶酔は一度は自分の体をよぎったが堕した子とともに消え去り、2度と戻ってこないという安堵がある、情欲を乗り越えた、その先は何もない、何もないそこでしか休息できないという気がする。
    何かが終わった、ふたりの間に必要だった待たれていた邪魔者が現れすぐに消え、こうして何かが終わった。

    第十四節
    久々に節子は庭の日ざしを眺めた、こんな物静かな観照の態度こそ一等性に合ったもののように思いなされた。日時計に生まれてくればよかったのだ。
    (観照 ①主観をまじえないで物事を冷静に観察して、意味を明らかに知ること。 ②美学で、対象の美を直接的に感じ取ること。美の直観。)

    人気のない我が家における流謫の境涯、これは生活でない、生きるということではない、しかしそもそも生きることは必要不可欠なことか。
    (流謫 罪によって遠方へ流されること)
    (境涯 身の上)

    美しい肩は孤立して満ち足りているのに、唇が線をなぞって触れていないと美しい肩の存在が信じられない。納得がゆかない。肉体は自足、しかし心は渇く。

    與志子が、堕胎の日に土屋は女優と会っていたと伝える、その後節子は上の空、與志子が帰ると泣いた、一度獲得した優越的な境地も徒らになり、生まれてはじめて嫉妬を知った。

    心は憎しみに湧き立ちながら土屋の聲を聴きたくてたまらない、
    嫉妬の孤立感、焦燥あてどもない怒りを鎮める方法は一つしかなく、それは嫉妬の当の対象に向かって哀訴の手を差し伸べることなのだ。
    電話をかけるのをよく自制した。
    このことから、繊細な節子の肉体に(精神ではなくあえて肉体)力の自信が生まれた。 これほどの苦しみに耐えられる力が備わっていたんだわと感じること。

    第十五節
    與志子と飯田と節子の三人でラウンジで会う、飯田を見ながら冷たい不実な男の爽やかさを思う、
    ラウンジで金もゆとりもあり間暇を持て余す人々の姿にかつての自分の境涯を見た、しかし今や間暇は飛び去り、間暇の代わりとなる密度のある確かな手応えが生まれたわけではない。
    與志子が授けた秘策
    二、三周間は共寝せず、次の逢瀬では共寝できると口約束をする、約束の日どうあっても頑なに拒みとおすこと。

    散歩
    今では節子の望んでいた精神的な付き合いが始まったように思われた。
    適切ないたわりの言葉、その痛みのとき女優と会っていたのを知っているから生じる怒りを抑えるのに骨が折れた、しかしかえって土屋に哀れみかける。土屋のいたわり傘、こういう礼儀親切の心に触れないようにする、雨に濡れればいい

    ダンス
    明日は契りを呼び返す日
    ここ二週間(堕胎からの)の状況に対する名残惜しさがしきりに湧いた、魂は休戦状態にあった。
    が、明日からはまた戦いが始まる。
    →肉体関係を絶ってあっていた日々の二週間は魂が安まり、肉体のことに関してくる明日から土屋と会うのには魂があるというの?

    約束の日
    今日の自分が手術後の特別な自分でなく、前の自分の連続に過ぎぬという意識、土屋は遅れてくる、節子は拒む、土屋は無邪気な顔つき、罰にお預けを食らった犬が自分の犯した悪事を理解していないような顔つき、本当に拒まれる理由を知らぬげに見えた。
    →手術後の特別な節子(陶酔は一度は自分の体をよぎったが堕した子とともに消え去り、2度と戻ってこないという安堵がある、情欲を乗り越えた、その先は何もない 邪魔者が現れすぐに消え、こうして何かが終わった。) 望んでいた精神的付き合いではなく、また肉体関係を続けることは、堕胎での邪魔者の出現と消失で得たこの先には何もないという思いを無に帰してしまう。

    分からない
    與志子の告げ口が中傷だとすると、節子は無意味に事を好むやり方をしている

    土屋がナイトクラブを事実無根だと言えば許すつもりでいたが、急に不安になった、土屋は節子の予想を裏切った、土屋が認めた、胸がふたがれて自然と涙が出た、土屋は弁解したが、節子は彼の白状の軽薄さ自体が計算済みのものだろうと疑う理由があった。→その理由とは?
    この青年(土屋)は、世にも不機嫌なうんざりした表情で、こんな無礼で露骨な感情を出したことはなかった、その顔は遠くにあり、放っておけば永久に遠くへ行ってしまいそうで、拒む自信をなくした。→土屋に嫌われたくない捨てられたくない、土屋は欲望においてしか自分と関係を持たぬと思うと節子が以前言ったように土屋を放さぬためには
    肉体でつなぎとめておくしかない。

    暖かいところへ向かう車の中で、節子は自分の不甲斐なさのために泣いた、それを察して土屋は慰めの言葉もかけず、腕組みして深くシートにかけて毅然としていた。
    →不甲斐なさとは肉体を拒めなかったから、肉体の欲望を求める土屋は、それを求められ拒めなかった節子を慰めることはできない、自分が求め、それを受けることの不甲斐なさに節子は泣くのだから、毅然とするしかない、それか肉体を求めないか。

    ホテル
    節子は死んだ鶏のよう(吉行淳之介の小説で、娼婦が自分の客の働く男をそう例えていた)
    土屋の荒々しい指先にかつて知らない喜悦の激しさがこもっているのに気づく、落ち着きはらった情人の指ではなかった、節子はよみがえった、何も考えないことにした、次会う約束までした。
    →節子は情欲を乗り越えたが、それでも土屋とつながっているには土屋の情欲を満たさなければならない、だから節子はよみがえった、でも考えたらやってられないから考えないことにした

    自分の欺瞞に気付いた、自分の中に燠ほどしか残っていないように思われたものをまた掻き立て、記憶をまっすぐに過去の習慣へつなぎ、その間に一旦克ち得た筈のものを無に帰してしまった。
    →また情欲を掻き立て、土屋の子の堕胎にあたり土屋の子の母としてものを考えるなど様々考え、土屋よりも優越的になり情欲を乗り越え、邪魔者の現れと消失によって何かが終わったように思ったことを無に帰してしまった。

    分からない
    未来を恐れるのは過去の堆積に照らして、恋が自由になるのは思い出の絆から脱したときだと学んだ。
    繰り返しを恐れる気持ちを堕落を恐れる気持ちだというが、節子が恐れているのはもう堕落などではない
    →土屋の子堕胎の前に戻り肉体関係を繰り返すのを恐れるのを堕落だというが、節子が恐れているのは堕落ではないというが何なの?肉体関係は堕落ではない?

    路上で見た奇怪な顔を思い出し、もう恐れることはなかったのに、それが別の意味を帯び出した。
    はじめに恐怖を抱いたのは、そこに自分の未来と関わりのあるものを思い描いたからであり、目前の恐怖ではなかった。人間の顔が一度変われば、どこまで変貌するかを見極めようとして恐怖にかられたと思われる。
    あの奇怪な顔にも人並みな美しい原型があった、私の今の顔姿はただ原型に好きないのではないかしら?
    →妊娠した土屋の子が、あの奇怪な顔になって生まれる事を想像して恐れたが、堕胎した今では、奇怪の顔のように、節子の顔姿もあれほどに変わってしまう。 遠近法を得た節子の意味がわからなかったが、こういうふたりの子を一時持ったことで、距離ではなく時間の遠くを見るようになった事を遠近法と言ったのかなと思う。 

    第十六節
    恋から抒情や詩がなくなった、感情は物乞いをしていた。
    社交の会には土屋と出なければ楽しみがない。
    素直さが影をひそめ、偽善を忘れ、何事にも真摯になりすぎた。
    肉は土屋とこれまでより深く結ばれているように思えるのに恋しながら孤独になった。
    まだ菊生の弾糾を求めている。

    節子は考えはじめた!

    逢瀬のたびに肉の喜びがつのるにつれて、土屋はあからさまに手持ち無沙汰な顔をしたり放心状態を示す、しかし土屋は以前からそうだった、以前は節子を安心させたが今は苦しめる。
    土屋が黙ると、節子は敏活になりもう嫉妬している。
    嫉妬を隠して作り笑いする、どうすることもできない。
    うわずった声で探し出した話をしても、楽しく響かない。
    青年(土屋)は同じ話を2度聞く労力をいとうていた。


    良人は節子のこの苦しみを共にしてくれない赤の他人の資格があると思った、他人ならば全て話してしまいたい、心の底では全てを知った夫の驚愕と苦悩を最後の夢にとっておきたい。
    彼女のために悩んでくれる唯一の友を良人にみいだすかもしれない。
    実は何もかも気づいていて黙っていたとする、そんなことはあるまいと希望的に考えた、しかしもし気づいていて少しも良人が悩んでないとしたら、唯一のともになるという先ほどの夢も救いも崩壊する。
    もし土屋を失うと、帰ってくるのはこの良人と子供のいる家だけしかない。良人は彼女を拒否するかもしれない、別々の心と体を持って夫婦が住むようになるかもしれない。

    孤独の恐ろしさから自分の帰来の場所を確かめようと、良人に挑んだ。
    痛切に娼婦であろうとした、感情に溺れず純粋な男の要素にだけ訴えかけねばならない。
    偽りの高聲を立てた、良人は味をしめ、二、三度続くと、いつまでも娼婦でいられず、波紋は静まり奇妙な習慣は消えた。比較は明らかになった。

    節子は松木を訪問した。
    松木は言った
    土屋はあなたを愛していないが、愛のおしるしはもらっている、あなたに力を揮いその影響を試すことにしか興味がない。
    肉体は嘘だと思いたいが、肉体が習慣となれば、習慣には嘘も本当もない、習慣は精神を凌駕する、節子も土屋も習慣の餌食。
    習慣の治療法
    節子は欲望からは治っているはず、皆治った後は習慣から逃げて暮らす(事業へ政治へ栄光への逃避)
    最低限、物を食う習慣からは逃れられない
    それで道徳を考え出した、松木の言う道徳は、人間がどこへも逃避できないように自分でこしらえた檻、習慣からさえ逃避できないように。
    道徳は習慣からの逃避も認めないが、それ以上に習慣への逃避も認めない。
    道徳は全てのものあらゆる瞬間を決して繰り返さない一回きりのものにしようという力で、檻は二の次。
    世間は檻だけ見て道徳だと思ったりしている。
    自然の物理法則から身を背けることが大切。
    自然はくりかえしている、一度きりは人間の特権。
    私の言う通りにすれば、土屋の体に積極的に快楽を見出すだろう。明日を恐れる快楽は贋物であり恥ずべきもの。
    積極的に快楽を見出せば、それを捨てるか持ち続けるかの自由を得る、習慣から逃れようとする思案は陰惨で卑屈になるが、快楽を捨てようと言う意思は矜りに媚び自尊心に受け入れられやすい。
    あなたに道徳を、もっと自分を追いつめたところに生まれる力を使うようにすすめる。

    松木の教えてくれたのは男の思考だ、欲しいのは女の思考なのに。

    第十七節
    節子は衝動的で気まぐれな激しい態度で土屋を恐れさせた、土屋はだるそうな身のこなしで出てゆけと言うような態度を取る。
    それをわかっていても、横たわる男の体に満ち満ちた官能的魅力を感じる。
    腋窩の毛を引っ張るような行為を迷惑しながら密かに楽しんでいた。
    愛さない女から肉欲に満ちた荒々しい振る舞いに快楽を見出した。

    松木を思い、教訓ではなく風格が残った。
    男の孤独は高い精神領域へ飛び去るともう存在をやめてしまう
    女の孤独は別世界に住むことはできず女としての存在をやめられない

    世故にたけた老婦人に会いに行く
    良人と男は別、女は一頭苦手な男に一等惚れる、つれない殿方が女の鑑になる、情に負け情にに溺れて死ぬほかないと思うとき本来の知恵が湧いてくる、情に逆らい理を立ててはいけない、世間を味方につけておきなさい、女は女の悩みを尊敬せずに笑い草にし、敗北者の女の噂を広げる、勝利者は不道徳な人という一言で片付けられるだけ、だから別れる時はこちらが捨てた形にしなさい、悩みを隠さず耐えづ秘密を守るつもりでいなさい、相手を軽蔑せずに尊敬すればつまらない相手に見えてくる

    病人が日頃の養生の秘訣をきくような傲然たる意識で聞いた、老婦人が勧めることは恋をしていないとにだけ可能。

    節子は盲目を意識しそれを盾にして使う、恋をしているため盲目であり、その結果何者にも目を瞑る権利があるというように、

    節子は痩せた、精神的重荷では物足りず、肉体的代償を払っているのがわかって嬉しかった。

    カクテルドレスは豪華で、土屋は久々に脱がしてやった。

    飯田が家に来る、與志子に合わせるように言われる、
    飯田は節子から見ると他人の情熱であり醜く滑稽だ、自分の鏡のよう。断るとを土屋のことを良人に言うと言われる
    、ぞっとしたが我が身が痩せ衰えて滅んでゆくことを望むこの女には勇気が湧いた、良人は気にしないから言えと返す、飯田は石のように動かない顔に恐れを抱いた、内面からは感情が脱落し、何も考えない口は思いも書けぬことを口にしていた。

    飯田帰って節子散歩へ、店で倦怠の虜になっているのを想像するが、ダメだ、
    自分は今不貞を脅迫の種にされた恐ろしい場面を切り抜けてきた、世界は簡明なわかりやすい形で存在している、かつて住むことのできた自分を信じることができなかった。

    第十八節
    節子は土屋の情婦になった。
    機械的な逢瀬の別れ際にもう会うまいと思う習慣、別れはずっと前から考え続けつひに実行に移せない重大な決心のようで自分の力の及ばぬように誇張して虚しく時を移していることの口実にした、別れはすごく簡単なことかもしれないがそう思うのは怖い、指先だけで重大事が片付いてしまうなんて、指先だけで片付くほど重大事でないということになるのが何より恐ろしい。

    来る春の予感、予感させる自然に嫌悪、こちらの意思に斟酌なくやってくるものは敵だった。
    すぐる夏は自然と和解していた、肉欲と一つものになっていた、今では敵にまわった

    土屋の子を妊娠(2)
    予期しないものではなかった、自分の肉体の正直さに呆れ果て人口を憎み自然の法則に忠実であったことが正しかったのか疑われた、肚は決まった、心だけではどうにもならないことを肉体(自然)が一見冷酷な仕打ちで片付けてくれるかもしれない、心が物を言い尽くしても甲斐なかった末に、自然が強く物を言い出した、節子はこれを聴く。

    今までにない激烈な悪阻、夫の仕事関係のパーティーで、赤い蠟燭と焰にやられた、良人は仕事の交際の不首尾についての心配を隠すために妻の身体を親身に心配する、節子はこの良人になんら好悪を抱かない。

    2度目の堕胎で行った女医で堕胎、衰弱により麻酔はなし、手足を固く縛られた、私は汚名と不名誉の中で死ぬだろうと思った、良人は過ちに気付かぬだろう、菊生は許すだろう。
    土屋を思うまいとしても一等鮮明に浮かんでくる、しかし泣く彼は想像できない、悲嘆や苦悩は似合わない。
    死ねば屈辱は灰に帰する、灰は私は自然に受け入れられるだろう。
    堕胎が済んで、全てが元に復して健康が回復して、その先を考えることがどうしてもできない。

    「消毒をいたしますからね」
    苦痛の明晰さはどんな思考や感覚をも凌ぎ世界を直視させる、苦痛に耐えることにより自分の久しい悩みの凡庸な性格を払拭して非凡な女になった。
    「さあ、2度目の消毒をいたしますよ」
    苦痛とそれに耐えている自分との関係は、何か光り輝くほど充実していてそれがそのまま死の虚脱へ続いているとは思へなかった、節子がいて苦痛があるそれだけで満たされている。
    子も浮かばぬ、土屋の名をさえ呼ばなかった。

    堕胎の苦痛で得た力こそ、別れの決心を促す力だと悟った。力と意識されているが、実は酷使に耐えきれなくなった生命の自衛の本能かもしれなかった、死を通り抜けると死は怖かった。
    しかしあの痛みの鮮明さは未練の種になった、土屋と別れることは、土屋に起因する秘密の甘い暗い記憶の最も鮮明な部分あの誇らしい記憶とも別れることになるから。
    無意識にすりかえていた、別れにくくしている土屋との快楽の絆を苦痛の絆に。

    松木が堕胎の日に死んだ、身代わりに死んだように思う、別れの決心に駆り立てる
    乱脈な家庭の内部をあばかれた世にときめく人の自殺という新聞記事
    瑕瑾(きず。特に、全体としてすぐれている中にあって惜しむべき小さな傷。また、短所。欠点)

    父と二人の午餐
    たまさかの安息の裡に忽ち疲労とだるさの滲んでくるあの病気の感じも今日はなかった。今日の安息には身を引き締める何か生き生きしたものがあった
    景安の唯一の欠点はユーモアと機知のないことだった、節子はわかった、情事に揉まれて私は機知に疲れたのだと。
    語り手 節子は機知に馴染まぬ生まれつきではなかったか?
    なんの変哲もない食欲を新鮮に感じ、第一義を失ったって生き抜いてゆくことができそうだと思った。

    自殺の記事の話題
    急に激しい衝撃、自分の恋と父の職業上の良心を糸でつないだ、恐怖に打たれた。
    もし身内に...と聞くと、自分身内にはそういうものがいないので仕合わせだ と言下に答えた。
    むしろ感謝の言葉だった、さまざまの感慨を巻き起こした
    感慨 (心に深く感じてしみじみとした気持ちになること)
    矩 (模範となるもの)
    藤井家の平明な、道徳的な、矩を超えようともせず、欲望に煩わされもしない、退屈に苦しめられない、不真面目なことに身を賭けたりしない堅実さ、そういうものは節子のものであった、恋をする前はなんの抵抗も感じていなかった。

    はっきり別れる決心がついた、既に偽善を意識し愛し選んでいた、偽善の裡に住みさえすれば人が美徳と呼ぶものに対して心の渇きを覚えたりすることはなくなる、望むらくはそれがまたあらゆる渇きを止めて...。
    →意識し、選んでというのは、恋する前の節子からの変化だ。偽善を知り、そして偽善の偽りに納得できないのではなく、偽りであってもそれを選んだんだ。

    第十九節
    ただいたわり合うために会ってもはじまらない、ものわかりのいい言い方を土屋は節子の進歩と受けとった。

    前日
    苦痛と死と快楽の思い出とのなまなましい類似を知った節子は、死を前にした最後の快楽だとか、快楽のただなかの死とだとかの観念に熱中し、最後と知った土屋が一気に節子の情熱の高みにまで登ってきて同じ感激と涙に身を浸し長らく夢見てきた夢を共にしてくれるだろう、別れたがらないのじゃないか、私は振り切って別れる力があるだろうか。

    当日
    狭い部屋、習慣的にはじめようとする土屋、数週間忘れていた感覚が呼び覚まされると記憶は直線的に過去へとつながれすべてを等しなみにならしてしまう、我に返る、このままではいけない、
    「お話があるのよ」溢れ出た涙、胸にもたれて語った、「今夜でおしまいにしましょうね」土屋は泣いていないこと、沈黙の意味に気づかず、自分の語ったことに満ち足りていた。
    「わかるよ...わかるよ...」 いつかのように涙の女を寝室に運んでいくだろうと思った、が動かなかった、聲の性的魅力を自覚して「こんな話のあとではそんなことは出来やしないさ、せっかくここまで決心したのにそんなことをしたら元の木阿弥になってしまうじゃないか」別れを既定の事実にすりかえている、別れに黙って判を押し、別れという言葉は使わない、
    昨夜描いた情熱の幻影が裏切られてもなんの失望も感じないおどろき、一つのことをし遂げた後の満足、別れとはこれだけのことか。
    土屋の用意周到ないたわり、節子の踏み出した軌道を2度と外れぬよう見張った、綿密で注意深く未練を残している風情をさえ見せた、別れを言い出したのが節子自身であることを節子が忘れぬよう取り計らった、恋を告げ旅に誘ったのが節子であることを忘れさせないのと同じやり口で。
    これらのことが節子にありありと見えた。

    酒場で第三者に打ち明けさせた、マダムはこんな男と別れるのはいいことと慰め土屋を悪党呼ばわりした、褒められた慰められ励まされている子供のように感じ類型化されて扱われることに一等慰めを感じた。
    土屋の目、頬、唇は悉く習慣と元套を脱ぎ捨てて見知らぬ男の目頬唇になっていた、誠実そのものにさえ見える

    公園
    もっと早く気づくべきだった疑い、『私の苦しみは私一人きりのものだったのではないか、私一人の上に起こった出来事だったのではないかしら』 この疑いは、表現を薄められ曲げられて一見別の問ひかけと言うよりは独り言のようになった「ねえ、私たちは、本当に愛し合っていたんだとお思いにならない?」
    遅い返事には精一杯の誠実さがあって、本音と受け止めることに吝かでなかった。
    「たしかに僕も愛していた。君はおそらく信じないだろうが、...そうして後になるほど、ますます信じなくなるだろうが、...それでも僕流には、愛せるだけのぎりぎりのところまで愛したつもりだ」
    最後の短い接吻をした、節子はタクシーに乗って帰った。

    第二十節
    節子は待っていた、すべてが癒えて新しい眼界がひらけるだろうと、力が感じられず無力感に支えられている待つ苦役。
    良人が無害で希薄な存在に見えた、大切な瞬間にはいつも眠っていてくれる、これからは私も眠れること眠らなくては!
    苦悩などと云ふ言葉をもう信じないようにしなくてはいけない、昨日までは生活に必須だった、今のこの空虚を何と名付けよう苦悩痛み悲しみ歓喜苦悩の燠ではない、感情はなお確実に動いている、それはあらゆる意味を失った純粋な感情裸で鋭敏で傷つきやすくわなないていたずらに正確に動いている
    突然理由なく菊生や召使に当たる

    反響のない世界、永い午後、窓辺の籐椅子、彫像の真似、日差しの満干をはかる、彫像に小鳥がとまりに来て勝手に囀りあって勝手に糞をして飛び去っていくのをみてそこまで彫像になり切れたらどんなにいいだろう

    手紙のやり取りも数ヶ月やめるという約束、手紙を書いて捨てる
    手紙
    あなたをここまで愛せた大きな幸福へつながる苦しみでもあります、あと一目でいいからあなたのお顔が見たい、5分でもよいからあなたとお会いしたいと願います、こうして手紙を書き続けていきたい、あなたのところへ飛びこんてゆきたい、それは周囲の秩序を壊さなければできぬこと、二人のためにあまりに多くの犠牲を出す結果になる、人々を不幸にしての幸福はないかもしれない、すべてを諦めわたぢが犠牲になれば、自分に正直になれば何も知らぬ人たちの不幸が大きく、耐えてゆかねばならない、ペンを走らせることがあなたと繋がること、最後のお願い、あなたから手紙をいただけたら
    →手紙の内容は決心に負けたものであり、周囲のことを思って自分が犠牲になるという綺麗な物語を語る、美徳を語る、この手紙を出せば決心に負けたんだと思うが、出さずに捨て、耐えて耐えている自分を見てもらうこともしなかった。

    読み終えて
    全体を捉えるのが大変、細部が蓄積されて出来上がっている、その細部が記憶に残る、全体とは何だろう、細部を初めからじっくり読んでいくこと、細部の繋がり流れを捉えることなのかもしれない。
    その細部のつながり、どのようにしてここまできたのかを思い出せるくらい読み込まなければ、つながりを忘れ脈絡のない細部のみが記憶されてしまう。
    細部しか残っていない、言葉が流水のようにざるの網目を抜け落ちる、2度目にはざるの網目が自然と細かくなるのでざるに残る言葉が増える、ざるの上に残った言葉が鮮明に見える、何度も何度もざるに流してみる。

    節子も土屋も実在せず、三島の意図により作るあげられた架空の人物なのだから、こんなのあり得ないとか、どうしてこうするんだという反応はいらないのか?
    なぜそうしたか、三島の意図を読み取るべきなのか。
    何のために、三島は。
    私が絵を描いているときには、美しいもの醜いものを可愛らしくせずにありありと描きたかった、伝えたいことを明確にもたなかった、知らないかもしれない妖艶な美しさ荒廃した魅力があることを表したかった。
    表現者にもいろいろな表現者がいて会田誠は、自分がどうのこうのはどうでもよくこの世のバランスを考えると言っている、作品に鑑賞者がどういう反応を示しその反応がメディアに取り上げられたりsnsで広まる中で世の中がどうなるか罠を仕掛けるような作品を作っている、これを表現したいというものではないよねこれは。
    三島はどういう表現者なんだろう。

    小説を読んでこう思ったという感想は何だろう。
    自分が思うことが大切なのか分からない。

    個性が大事とされて自分の思うことは大切と言われるが、
    思いさえも矯正する必要があると最近思う。
    思いと意見と批評と感想、思いと意見が混ざる、理論的な意見が正しい、思いならば理論などどうでも良くどんな思いも抱くことができ発することができるのか?そしてその思いは大切にされるべきものなのか?


    https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/3/34338/20141016201802286396/HiroshimaUniv-StudGradSchLett_72_v93.pdf 中本さおりの論


    https://rikkyo.repo.nii.ac.jp/index.php?action=repository_action_common_download&item_id=18862&item_no=1&attribute_id=18&file_no=1&page_id=13&block_id=49 高沼利樹の論

    http://ryo1618.blog54.fc2.com/blog-entry-36.html
    ↑誰かの文章

    美徳のよろめき の他の人の感想を探しても、読み込まれた感想が少なく、上に載せたような大学でなされた文章や、作家志望の人が読み解いたものが少しあっただけだ。

  • 装丁が素敵で購入。S32年初版。

    今となっては姦通する妻なんて悪徳でもエロスでもないんだろか。

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